2013年2月28日

 本日、「ダム検証のあり方を問う科学者の会」は文化庁長官に、八ッ場ダム予定地の遺跡保存に関して、以下の要請書を提出しました。
 また、同様の要請書を国交大臣に提出しました。

 2013年2月28日

 文化庁長官 近 藤 誠 一 様
                          
 八ッ場ダム予定地域における遺跡群の保存に関する要望書

 八ッ場ダムの建設が予定されている吾妻川流域には、約2万3000年前の浅間山の噴火にともなって、黒斑(くろふ)火山の山体が大崩壊を起こし、その岩屑(がんせつ)流が応桑(おうくわ)泥流と呼ばれる泥流となって、当時の河床を数十mの厚さで埋めました。この応桑泥流の堆積が、その後の吾妻川の浸食で削られて、上から順に最上位段丘面、上位段丘面、中位段丘面、下位段丘面の四つの平坦地を形成しました。そして、この平坦地は、その後、背後の急峻な山地から流出する小支谷による扇状地形、さらには山地からの崩落などが複雑に重なって、吾妻川にむかって傾く傾斜地となっています。また、この平坦地には湧水をともなう小谷川も多く、水場にも恵まれています。

 このように、吾妻川沿いの平坦地とその背後に急峻な山地をもち、豊かな水場に恵まれた箱庭的な小世界こそが、人びとが生活するうえでの好条件を提供してきたのです。それは八ッ場ダムの建設予定地という限定された一地域のなかで、縄文時代から弥生・古墳時代、古代、中世、近世、近現代までの集落の変遷とそこでの人びとの営みを系統的にたどることができるという、全国的にも類例のない貴重な遺跡群を形成しています。そうした遺跡群のなかでも、質量ともに豊富なのが縄文時代と江戸時代の天明浅間災害遺跡です。

 縄文時代でまず特筆されることは、その成立から終末まで、すべての時期の遺跡が残されており、世界史でも類をみない日本列島独自の縄文文化の発展と推移を跡づけることができるという、これだけでも第一級の遺跡群といえます。その縄文時代にあって、汎列島的に最盛期とされる中期には、吾妻川の左岸で長野原一本松遺跡と林中原Ⅱ遺跡で大規模な拠点集落が検出されています。さらに、川原畑地区でも東宮(ひがしみや)遺跡や西宮(にしみや)遺跡などの発掘調査が進めば、この地区からも縄文時代中期の拠点集落が発見される可能性が高いのです。そうしてみると、吾妻川の左岸には、約2㎞の間隔をもって拠点集落が営まれていたことになります。ということは、比較的広い一つの平坦地といくつかの狭隘な平坦地、それと背後の山地を組み合わせた範囲を生活領域として、三つの集団が日々の生業と生活を営んでいたことになります。そして、吾妻川の左岸で集落が拡大する中期に、日照時間が短く、それまで縄文人が生活の拠点としてこなかった右岸でも、新たに横壁中村遺跡で大規模な集落が形成されるようになるということは、それぞれの集団での生活領域がきちっと守られていたことを示しています。つまり縄文時代の集団が生活領域とした、そのモデルとなる遺跡群が八ッ場ダムの建設予定地には残されているということです。

 一方の天明浅間災害遺跡とは、天明3年(1783年)の浅間山の噴火にともなって発生した天明泥流の堆積物に埋もれている遺跡のことです。火山災害遺跡といえば、世界的に有名なのが南イタリアのポンペイ遺跡です。ポンペイ遺跡を有名にしたのが、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火によって、古代のローマ都市がそのままの姿で埋もれていたことで、浅間山の噴火による天明泥流の堆積物に埋もれた天明浅間災害遺跡を「日本のポンペイ」と例える理由でもあります。その天明浅間災害遺跡のなかでも、とりわけ八ッ場ダムの建設予定地の遺跡には、ほかの遺跡にはない二つの大きな特徴があります。

 一つは、八ッ場ダムの建設予定地では、吾妻渓谷の入り口近くで泥流が一旦せき止められ、勢いを弱めて逆流するように堆積物が埋まったことから、遺構が泥流に押し流されることなく、現状のまま埋もれているということです。そして、もう一つは、当該地が湧水に恵まれていることから、普通の遺跡では腐朽してしまう有機質の遺構・遺物が良好に保存されているということです。たとえば東宮遺跡では、現在までに主屋建物7棟、酒蔵1棟など、全部で15棟の建物が調査されていますが、当時の礎石に据えられた土台や建築部材だけでなく、主屋の1号と5号建物、それと1号建物に付属する4号建物からは板の間まで腐朽せずに残されていました。また、これらの遺構にともなって、陶磁器・漆器・団扇・下駄・煙管などの生活用具だけでなく、木栓・蚕繭・麻の実など酒造業や養蚕、麻栽培に関する遺物などが出土しています。これらの遺構・遺物からは、当時の川原畑地区では酒造業や養蚕、麻栽培などがおこなわれ、活気にあふれた豊かな村であったことが明らかとなり、江戸時代の山村は貧しかったという、それまでの常識を覆す発見として注目されています。

 さらに、久々(くく)戸(ど)遺跡などの被災した田畑では、大噴火の前兆である軽石や灰が降るなかでも、農事暦にのっとった農作業が続けられていただけでなく、人びとは災害直後から田畑を造り直すなど懸命に復興に努めていたことを明らかにしています。こうした天明浅間災害遺跡は、2011年3月11日の東日本大震災を経験し、その復興に努めている今だからこそ、私たちに学ぶべき多くのものを残してくれています。

 このように、八ッ場ダム予定地域は貴重な遺跡の宝庫であります。こうした文化遺産に、吾妻渓谷などの自然遺産を加えれば、当該地域一帯は優れたフィールド・ミュージアム(野外博物館)となることは間違いなく、ダムに頼らない真の地域振興を図ることができるものと考えます。
 以上の点から、別紙のことを要望いたします。

ダム検証のあり方を問う科学者の会
代表 今本 博健(京都大学名誉教授)  
代表 川村 晃生(慶応義塾大学名誉教授)
呼びかけ人 宇沢弘文(東京大学名誉教授)
       牛山積(早稲田大学名誉教授)
       大熊孝(新潟大学名誉教授)
       奥西一夫(京都大学名誉教授)
       関良基(拓殖大学准教授)
       冨永靖徳(お茶の水女子大学名誉教授)
       西薗大実(群馬大学教授)
       原科幸彦(東京工業大学教授)
       湯浅欽史(元都立大学教授)
                         賛同者128名(別紙)

  記

1. 八ッ場ダムの本体工事は中止し、当該地域一帯を文化遺産と自然遺産を生かしたフィールド・ミュージアムなど、ダムに頼らない真の地域振興を図る計画に改めるよう、関係機関に対して適切な指導と助言を行うこと。

2. 生活関連工事にともなう発掘調査については、調査事業者である公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団が十分な予算、期間、人員を確保して実施できるよう、関係機関に対して適切な指導と助言を行うこと。

3. 八ッ場ダムの本体工事を急ぐあまりに、遺跡をランク付けするなどして、貴重な遺跡を無用に破壊したり、調査費用や期間などを不当に縮小することのないよう、関係機関に対して適切な指導と助言を行うこと。

4. 貴庁は、本遺跡群に関し、私たちが上記の文章に記述した遺跡への評価について、どのようにお考えか、明らかにすること。

5.上記について、後ほど貴庁のご見解を文書にてお示しいただくこと。

賛同人128名(2013年2月28日現在)
青山貞一(東京都市大学教授名誉教授・環境政策)、浅見和彦(成蹊大学・環境日本学)、足立久男(東京農業大学・地質学)、池田こみち(環境総合研究所・環境政策)、泉桂子(都留文科大学・森林計画学)、礒野弥生(東京経済大学・環境法)、市野和夫(元愛知大学・生物・地域環境)、井野博満(東京大学名誉教授・金属材料学)、井上祥一郎(国土問題研究会・流域環境修復実学)、井上真(東京大学・森林社会学)、岩松研吉郎(慶応大学名誉教授・日本文学)、上田邦夫(滋賀県立大学・土壌学)、上野鉄男(国土問題研究会・河川工学)、植村振作(元大阪大学・応用物理学)、宇民正(元和歌山大学・河川防災)、大塚泰介(琵琶湖博物館・水産生物学)、大野智彦(阪南大学・河川政策)、岡本尚(元横浜市立大学・植物生理学)、荻野芳彦(大阪府立大学名誉教授・農業水利)、奥田進一(拓殖大学・民法・環境法)、小野有五(北海道大学名誉教授・地理学)、風見正三(宮城大学・地域計画)、春日正伸(山梨大学名誉教授・応用物理学)、片岡直樹(東京経済大学・環境法)、加藤久和(帝京大学・国際関係論)、川瀬光義(京都府立大学・公共政策学)、神田順司(慶応大学・ドイツ思想史)、北尾邦伸(京都学園大学・森林政策学)、鬼頭秀一(東京大学・環境倫理学)、小島 剛(京都大学・社会学)、小島望(川口短期大学・ビジネス実務学)、小島延夫(立教大学・法学)、小貫雅男(滋賀県立大学名誉教授・地域研究)、五味渕典嗣(大妻女子大学・日本語文学)、紺谷吉弘(国土問題研究会・地質学)、坂口洋一(上智大学名誉教授・環境法)、坂巻幸雄(元通商産業省地質調査所・地質学)、佐々木克之(元中央水産研究所・海洋物質循環学)、椎名慎太郎(山梨学院大学名誉教授・行政法学)、志岐常正(京都大学名誉教授・防災環境地質学)、柴田裕希 (滋賀県立大・環境政策)、嶋津暉之(元東京都環境科学研究所・衛生工学)、島本美保子(法政大学・経済学)、関耕平(島根大学・地方財政論)、瀬戸昌之(東京農工大学名誉教授・環境学)、瀬野忠愛(静岡大学・環境工学)、瀬山士郎(群馬大学名誉教授・数学)、高木竜輔(いわき明星大学・社会学)、高田直俊(大阪市立大学名誉教授・土木工学)、鷹取 敦(環境総合研究所・環境予測)、高野 庸(群馬大学名誉教授・物理学)、高橋満(東京大学名誉教授・経済学)、滝沢俊治(群馬大学名誉教授・物理学)、竹内智(山梨大学・環境科学)、竹本弘幸(拓殖大学・地質学)、田中学(東京大学名誉教授・農業経済学)、田中哲夫(兵庫県立大学・河川生態学)、辻野兼範(佐鳴湖シジミプロジェクト協議会・地学)、辻本利雄(明治薬科大学・基礎化学)、津田敏秀(岡山大学・環境医学)、勅使河原 彰(文化財保存全国協議会・考古学)、寺井久慈(元中部大学・陸水学)、寺尾光身(名古屋工業大学名誉教授・応用物理学)、寺田武彦(龍谷大学・法学)、暉峻淑子(埼玉大学名誉教授・経済学)、寺西俊一(一橋大学・環境経済学)、戸田三津夫(静岡大学・化学)、富山和子(日本福祉大学客員教授・環境社会学)、直野敦(東京大学名誉教授・言語学)、中川鮮(元京都大学防災研究所・砂防工学)、中川武夫(中京大学・公衆衛生)、中下裕子(中央大学・法学)、中嶋信(徳島大学・地域経済論)、中根周歩(広島大学・生態学)、中村徳三(国土問題研究会・土木)、永橋為介(立命館大学・コミュニティデザイン論)、中村剛次郎(横浜国立大学・国際社会科学)、中村庄八(地学団体研究会・地質学)、中山俊雄(応用地質研究会・応用地質)、中山弘正(元明治学院大学学院長・経済学)、新津隆士(創価大学・有機分析化学)、西川伸一(明治大学・政治学)、錦澤滋雄(東京工業大学・環境影響評価・環境政策)、野田浩二(武蔵野大学・経済学)、野村伸一(慶応大学・東アジア民族文化)、濱田篤信(霞ヶ浦生態系研究所・水圏生態学)、畑明郎(元大阪市立大学・環境影響評価・環境政策)、深澤英隆(一橋大学・宗教学)、橋山禮治郎(千葉商科大学・公共計画)、藤原猛爾(立命館大学・法学)、淵野雄二郎(東京農工大学・農業経済学)、舟山俊明(慶応大学・教育学)、古沢広祐(國學院大学・環境社会経済学)、細川弘明(京都精華大学・文化人類学)、保母武彦(島根大学名誉教授・経済学)、町村敬志(一橋大学・社会学)、松田 智(静岡大学・化学環境工学)、松本武祝(東京大学・農業史)、松本泰子(京都大学・環境政策)、三俣延子(同志社大学・経済学)、三俣学(兵庫県立大学・経済学)、宮入興一(愛知大学・経済学)、宮内泰介(北海道大学・環境社会学)、宮川潤次(静岡文化芸術大学・建築・環境デザイン)、宮本憲一(元滋賀大学学長・経済学)、室田武(同志社大学・経済学)、村上勝彦(元東京経済大学学長・経済史)、村上興正(京都精華大学・保全生態学)、村上修一(滋賀県立大学・造園学)、村上哲生(名古屋女子大学・陸水学)、村松昭夫(京都大学・法学)、村山武彦(早稲田大学・社会工学)、森聰明(元弘前大学・触媒化学)、森川雅博(お茶の水女子大学・物理学)、森下英治(愛知学院大学・環境政策)、柳下登(東京農工大学名誉教授・農業生物学)、安田利枝(嘉悦大学・政治学)、矢吹晋(横浜市立大学名誉教授・中国経済論)、山口幸夫(原子力資料情報室・物理学)、山村恒年(元神戸大学・法学)、柳沢遊(慶応大学・経済史)、山本早苗(富士常葉大学・社会学)、吉川成美(早稲田大学・農業経済学)、吉田充夫(東京工業大学・環境・廃棄物)、除本理史(大阪市立大学 環境経済学)、渡邉拓美(地学団体研究会・地質学)、和田秀樹(静岡大学・地球化学)、和田喜彦(同志社大学・経済学)

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 国交大臣宛て要望書

 2013年2月28日

 国土交通大臣 太田昭宏 様

 八ッ場ダム予定地域における遺跡群の保存に関する要望書

 (本文ー上記、文化庁長官宛て要請書と同文)

 要望項目

 記

1.八ッ場ダムの本体工事は中止し、当該地域一帯を文化遺産と自然遺産を生かしたフィールド・ミュージアムなど、ダムに頼らない真の地域振興を図る計画に改めること。

2.生活関連工事にともなう発掘調査については、調査事業者である公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団などの意見を尊重し、十分な予算、期間、人員を確保して実施すること。

3.八ッ場ダムの本体工事を急ぐあまりに、遺跡をランク付けするなどして、貴重な遺跡を無用に破壊したり、調査費用や期間などを不当に縮小しないこと。

4.上記について、後ほど貴省のご見解を文書にてお示しいただくこと。