国道閉鎖箇所全体shuku ダム予定地の国道は、本体工事専用ルートとするという国交省の説明によって、11月18日に封鎖されました。
 これに伴い、通行止め区間の上流側と下流側には柵が設けられ、水没予定地の町道から国道への出入口にも全てしきりが設けられました。
 右写真は、吾妻渓谷の下流側に設けられたしきりです。車両通行止めとなった11月18日以降も、徒歩では通行可能でしたが、それも12月1日より不可となりました。

 閉鎖箇所の鎖しきりには鉄の鎖が何重にも巻きつけてあり、脇の石垣に鎖の端が取り付けてあります。
 国道封鎖を強行した国交省と群馬県は、国道使用の継続を求める八ッ場ダムの水没予定地住民らに、救急車や消防車などの緊急車両が必要な時は、国道を使えるようにする、と説明してきましたが、これでは緊急時、しきりを簡単に外せません。

 水没予定地の町道から廃道手続きが取られた元・国道への出入り口にも、頑丈なガードレールが設けられていました。重機でもなければ持ち上げられそうにありません。

町道と国道の仕切りshuku

 「関係者以外立ち入り禁止」shuku 吾妻線の小さな鉄橋の下のこじんまりとした出入り口にまで、頑丈なガードレールが設けられています。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれています。

 「地元車優先」 (2)shuku 道端に「地元車優先」の看板が落ちていました。
 八ッ場ダム事業では、ダム本体工事以外の関連工事が1994年から延々と続けられてきました。住民の生活圏や川原湯温泉という観光地での工事ですから、住民にとって工事車両は迷惑この上ないもので、工事関係者もそれなりに気を使ってきました。ですから、これまでは「地元車優先」という看板があちこちに掲げてありました。
 国道封鎖はダム事業者がこれまでの住民への気遣いをかなぐり捨てたもので、住民を水没予定地から追い出すための嫌がらせと受け止められています。

 国道封鎖によって、住民らは車での通行はもちろん、歩道を歩くことすら許されなくなってしまいました。住民の中には、国道沿いに土地を持っている人もいます。国交省は住民が国道沿いの自分の土地に行きたい時は、事前に知らせてくれれば行かれるようにする、と説明してきましたが、簡単に外せないガードレールを住民が希望するたびに移動させるのでしょうか?

 国道閉鎖箇所(上流側)shuku 国交省の説明によれば、住民らに国道の使用を禁止するのは、工事用の25トンダンプトラックが通行するので、普通車では危険だからということでした。けれども実際には、封鎖された国道を普通車がよく走っています。出前を運ぶ食堂やガソリンスタンド、国交省や群馬県の職員などなど。また、群馬県の埋蔵文化財調査事業団の事務所は、今でも廃線になった国道沿いにあり、職員は廃線区間を通らなければ事務所に行かれません。
 これら廃線区間を利用している人々には、「通行証」が配布されています。
(写真右=上流側の国道通行止め箇所。林地区久森。不動大橋の橋脚の下)

川原湯温泉街のアーケード入口shuku 町道から国道封鎖区間への出口の至る所に頑丈なガードレールが設けられている中、川原湯温泉街のアーケードは、簡単に動かせる仕切りが置いてあるだけです。なぜ、他の出口と違う扱いなのでしょう。どこもこうした仕切りなら、緊急時に対応できますし、住民が国道沿いの私有地に気軽に行くことができます。
 写真は、川原湯温泉街から国道への出口となるアーケード方向を撮った写真です。アーケードよりかなり手前にしきりが設けられています。仕切りの向こうの右側の駐車場には普通車がとまっていました。これらの車には通行証が出されているのでしょう。
 写真より手前の温泉街には、12月22日まで営業する川原湯郵便局があります。

 http://www.post.japanpost.jp/notification/storeinformation/detail/index.php?id=2193 
 日本郵便公式サイトー川原湯郵便局(群馬県)

 廃線区間の上流端には、吾妻渓谷の下流端と同様、柵が設けられていますが、日中、ここには警備員がいて、通行証の有無を確認しています。夜は柵に鍵がかけられます。
 
国道閉鎖箇所の警備員shuku

 12月に入り、ダム予定地では雪が降り始めました。国道を封鎖された水没予定地住民らは、曲がりくねった細い町道を使って水没線より上に造られた幹線道路に行かなければなりません。住民らは冬期の融雪対策を県に要望し、県もちゃんと対応すると答えましたが、町道が凍結し始めた今も、県の対策は行われていません。
 ダム事業を無理やり進めるために、国も県も住民を欺き続けてきました。川原湯温泉の住民から、「国民不信の国策」という言葉を聞きました。