昨日、八ッ場ダム予定地の見学会を開きました。
 午前中は、吾妻渓谷のダム予定地直下の新緑の中を、ネイチャーガイドの解説を聞きながら自然観察。午後はダム水没予定地や住民の移転代替地、ダム本体予定地の吾妻渓谷を見学しました。

 以下に関連記事を転載します。
 なお、記事中に「川原湯地域の二百世帯の四分の一は、まだ移転に踏み切れないでいる」とありますが、正しくは「地元がダム計画を受け入れる前は、川原湯地区は約200世帯あったが、ダム事業受け入れ後、四分の三は地区外に転出し、地区内に残っているのは四分の一」です。四分の一の中には、代替地へ移転した世帯が含まれます。

 また、当会が「移転した住民に必要なインフラを整える事業と、ダム本体工事は別。住民のためにも本体工事だけを中止すべきだ」と力説したと書かれていますが、正しくは、「これまでに整備された道路などのインフラは、地域住民が今後も使うことができるものもあるが、ダム本体は別。関連事業がここまで進んだのだから、今さらダムを造らないわけにはいかないという声があるが、様々な危険性や完成後の維持管理が将来大きな負担になることを考えると、八ッ場ダムの本体工事だけは中止すべきだ」です。

◆2014年5月19日 東京新聞群馬版
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20140519/CK2014051902000162.html

ー変わりゆく風景 八ッ場ダム水没予定地を見学 市民グループ 「美観損なわれる」-

 
国が今秋にも本体工事の着工を目指す八ッ場(やんば)ダム(長野原町)の水没予定地の見学会が十八日開かれた。工事の準備で国の名勝、吾妻渓谷の一部は底が見える状態に。早くも変わりゆく風景を目にした参加者からは、ため息も漏れた。 (伊藤弘喜)

 ダム建設に反対する市民グループ「八ッ場あしたの会」が、県内外から参加した五十人を案内した。

 一行は、ダムが完成すると水に沈む川原湯温泉街へ。かつて二十軒ほどあった旅館は一軒に。数百メートル上の斜面を切り開いて造った代替地に二軒が移転し、営業を再開していた。ただ、川原湯地域の二百世帯の四分の一は、まだ移転に踏み切れないでいるという。

 案内役を務めた渡辺洋子事務局長は「移転した住民に必要なインフラを整える事業と、ダム本体工事は別。住民のためにも本体工事だけを中止すべきだ」などと力説した。

 ダムで水没する国道145号に沿って、新緑の吾妻渓谷に向かうと、ダム本体工事の準備で水がせき止められたため、干上がって底が見える所もあった。

 国土交通省関東地方整備局は「吾妻峡の象徴的な景観を形成する区間は保全される」と説明しているが、あしたの会は「美観が大幅に損なわれる」と懸念している。

 さいたま市から参加した健康運動指導士の竹森茂子さん(68)は「素晴らしい自然のためにも、住民のためにも工事はやらないほうがいい」と話していた。

~~~転載終わり~~~

 以下に、現地見学会の配布資料のポイントを掲載します。

◇現在の川原湯の状況ー営業を継続している宿、川原湯温泉の移転により発生する維持管理の問題、人口減少(地区内に残っている世帯数は、ダム事業受け入れ前の四分の一)

◇JR川原湯温泉の新駅周辺ー
・駅前の整備事業の遅れ(駅前広場、町道ほかアクセス道)
・付け替え県道の工事の遅れ
・川原湯神社の移転

◇打越代替地ー
・国と群馬県が進めてきた「現地再建ずり上がり方式」の抱える問題
・2001年の補償基準と2004年の代替地分譲基準(工事の遅れ、分譲地価の異常な高さ、地権者と借地人の補償の格差)
・盛り土と切り土による大規模人工造成地の安全性など
・温泉街ゾーンのメーンロードとなる筈の町道建設の遅れ
・ダム事業に含まれていない代替地の造成費用
・代替地の安全対策、地すべり対策を行うための地質調査(国交省は民主党政権下では対策費用を約150億円と見積もったが、自公政権復活後、白紙に戻された。しかし、対策費用の発生は必至であるので、ダム事業費の増額も必至)

◇吾妻渓谷(ダム本体予定地)-
・国の名勝指定 昭和10年
・仮締切工事、本体左岸・本体右岸での工事による吾妻川の締切、山の大規模掘削、樹木の伐採
・ダム本体準備工事による観光への影響
・若山牧水は大正7年11月に吾妻渓谷を訪れ、景観の美しさに深く感動し、大正9年5月、再びこの地を訪れ、川原湯温泉に十泊逗留。牧水が着目した自然林の価値、自然保護の重要性
・八ッ場ダムによって沈められる吾妻渓谷沿いの道路の開通(明治27年)、鉄道(現在のJR吾妻線)の開通(昭和20年)
・八ッ場ダムの名称の由来(大字・川原畑 字・八ッ場)
・本体工事費は八ッ場ダム建設事業費の1割以下(道路などの関連事業費が9割以上)

◇地域振興施設ー
・下流都県の負担金によって長野原町の水没関係五地区、東吾妻町に建設。維持管理は地元負担。
・長野原町の「道の駅 八ッ場ふるさと館」(林地区)、クラインガルテン(川原畑地区)、天狗の湯(東吾妻町)

◇川原畑地区の代替地
・付け替え国道の安全性ーのり面崩落、落石事故
・基盤の安全性ー熱水変質帯が広く分布
・諏訪神社、三ッ堂石仏群の移転

◇水没予定地の発掘調査
・東宮遺跡・西宮遺跡(川原畑地区)、石川原遺跡(川原湯地区)
・浅間山の大爆発(1783年)によって被災した天明の集落 当時の川原畑村
・天明泥流が到達したとき、住民はどのように避難したのか 災害後の村の再建
・八ヶ岳山麓の”縄文王国”に匹敵する縄文遺跡の豊富さ