2013年4月12日撮影

2013年4月12日撮影


 今朝の上毛新聞一面に、八ッ場大橋の開通時期を伝える記事が載っていました。
 水没予定地のJR川原湯温泉駅の前に聳え立っているのが八ッ場大橋です。
 八ッ場大橋はもともとは吾妻渓谷入口の国道の橋の名称です。水没予定地の八ッ場大橋は、橋の左岸の字の名をとっています。湖面橋として新たに造られつつある八ッ場大橋の左岸は八ッ場という字より上流になりますが、八ッ場大橋がダムに沈んでしまうので、その名を引き継ぐことになったのでしょう。
 
◆2014年8月20日 上毛新聞一面(ネット記事では、紙面記事の前半部のみ掲載されています。)
http://www.jomo-news.co.jp/ns/7514084631482348/news.html
ー八ツ場大橋 10月1日開通ー

 長野原町の八ツ場ダム建設に伴う生活再建事業で、群馬県は19日、ダム湖の両岸を結ぶ八ツ場大橋(湖面1号橋、494メートル)について10月1日午後3時に開通すると発表した。これに伴いダム周辺の基幹道路となる国道145号と県道の付け替え工事の大部分が完了。同日にはJR吾妻線の新設区間での運行も始まる予定で、交通インフラの整備が一区切りする。

 県によると、大橋は県道川原畑大戸線の一部で、川原畑、川原湯両地区の代替地を結ぶ。開通すれば145号八ツ場バイパスから新たな川原湯温泉街へのアクセスが向上する。

 大橋は民主党政権のダム本体中止方針により、建設継続の是非が議論になった経緯がある。片側1車線で、現在はアスファルトの舗装作業に入っている。10月1日は開通式を予定している。

 ダム建設に伴う145号と県道の付け替え区間は24.4㌔。3月時点で92%だった供用率は、大橋の開通で96%まで上昇する。残る主な未開通区間は長野原草津口駅近くの白砂川橋などとなる。

 ダム本体工事は清水建設を中心とする共同企業体が今月7日に落札。近く国と契約を結び、10月にも着工される見通し。

—転載終わり—

2012年11月18日撮影

2012年11月18日撮影


 湖面橋の中で最後の建設となった八ッ場大橋は、当初は湖面1号橋と呼ばれました。県道川原畑大戸線の一部区間になります。(右の写真をクリックすると拡大します。)

 2009年、八ッ場ダム中止を政権公約(マニフェスト)に掲げた民主党は、政権獲得後、八ッ場ダムの本体工事の中止を表明しましたが、予算の大半を使うダム関連事業については、国交省の方針により、関連事業に既に着手していることを理由に継続を決定しました。全国のダム事業で同じ措置がとられ、ダムの見直しを行いつつ、ダムを前提とした関連事業が全国で進められました。
 政権交代前に一本の橋脚のみ着工されていた湖面1号橋(八ッ場大橋)の建設については、民主党群馬県連、八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会などの強い反対があり、当初は中止が検討されました。土建業者が地域経済の中で大きな勢力を占めている地元では、事業推進の声が大きく、国交省八ッ場ダム工事事務所によるアンケートでは、川原湯・川原畑の52世帯の内、38世帯が湖面橋の建設に賛成と回答しましたが、ダムを造らないのであれば、湖面橋の建設予算を新の生活再建に振り向けるべきだとの意見もありました。こうした状況を背景に、前原国交大臣は2010年1月27日の参議院予算委員会において、「必ずしもダムを前提としたインフラ整備を続けることが生活再建ではない」と答弁しました。
 しかし、事業主である群馬県は2009年12月1日、湖面1号橋の橋脚二基の入札公告を出し、翌2010年2月1日に入札を強行。これに引きずられるように、3月、前原国交大臣は湖面1号橋の建設継続を表明しました。

 湖面1号橋(八ッ場大橋)をめぐる当時の状況については、こちらに詳しい解説を載せています。
 http://yamba-net.org/genjou/genchi/genchi-20091209/

八ッ場ダム事業では、ダム湖の両岸に水没する国道と県道の補償という形で付け替えの国道と県道を造り、両岸の道路を往来するために四つの湖面橋が造られることになっています。
 これらのインフラ整備は、八ッ場ダム事業の潤沢な予算を投じることによって、水没予定地の道路や橋よりはるかに巨大なスケールで計画され、ダム予定地の景観を一変させました。

 湖面1号橋の橋台の建設 橋台の背後に、川原湯温泉の代替地が見える。 2012年11月14日撮影

 湖面1号橋の橋台の建設 橋台の背後に、川原湯温泉の代替地が見える。 2012年11月14日撮影


 八ッ場ダムの本体工事より高額な700億円以上が投じられた付け替え国道は、地域高規格道路として整備され、4車線分の用地を買収しましたが、2車線ですでに予算を使い切ってしまっており、買収した二車線分の用地はあまっています。
 現在、関東平野から上流の草津温泉などへ行く車は、ほとんどがこの付け替え国道を利用しています。水没予定地の国道は吾妻川沿いを走っており、吾妻渓谷では川原畑(かわらはた)地区を通っていますが、渓谷最上流部の八ッ場大橋で川原湯地区に渡ります。水没予定地の八ッ場大橋は、川原湯温泉にとって車の流れを川原湯に向ける重要な橋でした。

 八ッ場ダム事業で造られた付け替え国道は、川原湯地区の対岸を走るため、現状では代替地に再建しつつある川原湯温泉は、交通の流れから取り残された形です。水没予定地の八ッ場大橋と同じように、新たな八ッ場大橋が川原湯温泉への人の流れを作ってくれることを川原湯の人々は願っています。

 八ッ場ダムの湖面橋は上流側から、JR長野原・草津口駅前の「めがね橋」、長野原町の林地区と横壁地区を結ぶ「丸岩大橋」(湖面3号橋)、川原湯地区と林地区を結ぶ「不動大橋」(湖面2号橋」、川原湯地区と川原畑地区それぞれの代替地を結ぶ「八ッ場大橋」(湖面1号橋脚」となります。
 湖面橋の建設は、上流側から始められました。最上流のめがね橋が開通したのは2001年、丸岩大橋は2010年、不動大橋は2011年に完成しています。

 JR川原湯温泉駅前、八ッ場大橋の橋脚が建っている所は、川原湯温泉街のアーケードの入り口の脇です。かつてここには、「ふるさと」という郷土料理店がありました。
  対岸の川原畑側の工事現場では、三平遺跡が発掘されました。
 

三平遺跡と湖面1号橋の工事 2012年11月28日撮影

三平遺跡と湖面1号橋の工事 2012年11月28日撮影


 http://www.gunmaibun.org/remain/iseki/hakkutu/2013/20131211-1.html

 三平遺跡(群馬県埋蔵文化財調査事業団ホームページ)
 

川原畑地区の工事現場。レンガ色の土は、約2万4,000年前の浅間山大噴火によって流れてきた応桑泥流の痕跡。左側の白い部分は、約1万5800年前の嬬恋軽石。

川原畑地区の工事現場。レンガ色の土は、約2万4,000年前の浅間山大噴火によって流れてきた応桑泥流の痕跡。左側の白い部分は、約1万5800年前の嬬恋軽石。


 工事現場の河岸段丘には、浅間山の過去の噴火物が堆積しており、工事は難航しました。
 八ッ場大橋が開通するとされる10月1日は、JR吾妻線の新線が開通し、川原湯温泉の新駅が開業する日に当たります。鉄道と湖面橋の開通セレモニーによって、八ッ場ダム事業の進捗がアピールされ、八ッ場ダム本体着工へ向けて祝賀ムードを高めることになるのでしょう

 関連記事を転載します。

◆2014年8月20日 毎日新聞群馬版
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20140820ddlk10010175000c.html
ー八ッ場ダム建設:八ッ場大橋が10月1日開通 ダム建設で造成、代替地同士直結ー

 県は19日、八ッ場ダム建設に伴い工事を進めてきた「八ッ場大橋」(湖面1号橋、長さ494メートル)が10月1日に開通すると発表した。ダム建設で造成された長野原町の川原湯と川原畑両地区の代替地同士が直結され、地域住民の利便性や川原湯温泉へのアクセス向上が期待される。

 県は2009年6月に着工し、総工費は約49億円。名称は両地区の住民にアンケートして決めた。幅は13・5メートルで片側1車線。両側に歩道がある。橋脚の高さは最大で77・5メートル。西側には湖面2号、3号橋が既に完成している。ダム本体工事は今秋着工する予定。【吉田勝】

◆2014年8月20日 朝日新聞群馬版
ー八ツ場大橋、10月1日に開通ー
http://www.asahi.com/area/gunma/articles/MTW20140820100580001.html

 県は19日、八ツ場ダム建設で水没する川原湯、川原畑両地区の移転代替地を結ぶ八ツ場大橋(湖面1号橋)が10月1日開通見通しになったと発表した。

 長さ494メートル、幅13・5メートルのダム湖に架かる橋で、2009年6月に着工し、総事業費は約49億円。吾妻川沿いから川原畑地区に付け替えられた国道145号と川原湯地区を結ぶほか、移転前に川の両岸にあった両地区を結ぶ生活道路の役割も果たすとしている。