2013年3月9日

 昨日、第10回利根川・江戸川有識者会議が開かれました。
 この有識者会議において、森林政策学を専門とする関良基委員が国土交通大臣、関東地方整備局長宛てに意見書を提出しました。

  グラフも含む文書画像はこちらです。↓
 流域治水に関する意見書 ―流域全体で雨水の浸透・貯留機能を高め水害を緩和する

 わが国の河川行政では、治水政策においてダム事業が優先されます。しかし、八ッ場ダム事業に見られるように、ダム建設は巨額の予算と時間がかかり、ダム予定地に取り返しのつかない犠牲を強いながら、実際の治水効果は国土交通省のPRよりはるかに小さいという問題があります。

 関委員は昨日の有識者会議において、意見書で提案したダム事業に代わる様々な治水対策について説明しました。これに対して、国土交通省の方針を支持する虫明巧臣東京大学名誉教授は、治水対策は「ダム」と「河川改修」と「遊水地」によって行うものであり、行政の現在の枠組みを崩さなければ実現しない関委員の提案には無理があると批判しました。虫明委員の発言後、傍聴席の利根川流域住民からは溜息や批判の声が数多く聞かれました。縦割り行政の弊害を取り除き、真の治水対策はどうあるべきかを提言するのが本来の有識者の役割である筈なのに、行政への配慮ばかりが感じられる発言内容だったからです。

 また、関委員が提案する「田んぼダム」については、小池俊雄東京大学大学院教授が、「利根川上流には田んぼはあまりない。田んぼダムは治水効果などない」と批判しました。これに対して関委員は、利根川の治水点とされる八斗島(群馬県伊勢崎市)上流には広大な田んぼがあることや、これらの田んぼの面積と八ッ場ダムの面積を比べれば、八ッ場ダムの方が明らかにはるかに小さいという事実を説明して反論しました。

 2013年3月8日

 国土交通大臣 太田 昭宏 様
 国土交通省関東地方整備局長 森北 佳昭 様

 流域治水に関する意見書―流域全体で雨水の浸透・貯留機能を高め水害を緩和する
                          
 関 良基(拓殖大学准教授)

 はじめに
 上流に建設されたダム群は、河川の本川の洪水流量を引き下げるという外水氾濫対策としての効果はあっても、近年深刻化している内水氾濫を抑えることはできません。いわゆる「ゲリラ豪雨」の頻発化にともなって、市街地に降った雨を排水できずに氾濫するという内水氾濫が起きやすくなっています。内水氾濫をどう抑制するのかは喫緊の課題です。

 都市部でコンクリートを減らし、雨水の浸透能を高めていくことは、雨水の地中への浸透を促進し内水氾濫の被害を軽減する適応策でもあると同時に、ヒートアイランド効果そのものを抑制し都市の気温を下げます。つまりゲリラ豪雨の強度そのものを緩和させることにもつながるのです。

 以下、ダムに頼る「点の治水」ではなく、流域で展開する「面の治水」という観点で、いくつか提案をさせていただきます。雨水浸透桝、ウッドチップ舗装、田んぼダム、そして森林整備の四つです。他にも透水性アスファルトなどさまざまな施策が必要でしょう。本意見書では、とりあえず上記四つを提案させていただきます。

 これを実行する上で最大の問題は、いわゆる「縦割り行政」の弊害によって、道路局や農水省や林野庁などが管轄する分野と競合し、水管理・国土保全局は手を出しにくい点と思われます。しかし、いずれの提案も「水管理」および「国土保全」にかかわる領域です。地方自治体および他部局、他省庁などとの共同実施という形で展開できないでしょうか。既に、複数省庁の横断的組織として「健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議」が設置されています。省庁で横断的に予算を融通し合って共同プロジェクトとして推進すれば、流域単位でのクリエイティブな治水が可能になるでしょう。

 水管理・国土保全局は治水行政の幅を河道の外側へと積極的に広げるべきでしょう。既に2000年12月19日の河川審議会において、ダムを頼りにした治水から、洪水に強い街づくりを目指すという趣旨の答申がなされています。水管理・国土保全局として、河道に限定した治水から、流域全体での治水へと、政策の視野を広げることを目指していただきたいと思います。

 以下の提案を実行に移すためには、国政のレベルで動く必要があろうかと存じます。利根川・江戸川有識者会議で議論しても限界がある課題です。しかし、「こういう意見が出た」ということを関東地整から国土交通大臣、そして大臣から首相にも伝えていただき、真剣に検討していただきたいと思います。「国土強靭化」という政権公約と合致する取り組みです。

(1)住宅に雨水浸透枡の設置
 流域の住宅に雨水浸透桝を設置し、屋根に降った雨を集めて雨水浸透桝に誘導し、地下に浸透させていけば、内水氾濫を抑制し、河川への流出も遅らせる。本川でのピーク流量のカットにも寄与する。現在、雨水浸透桝は、自治体レベルで設置補助金を出す制度はあるが、利根川・江戸川本川のピーク流量の低減にも寄与することを考えれば、利根川流域の住民に対して、国も補助金制度を設けてもよいであろう。

(2)ウッドチップ舗装 
 都市部においてコンクリート舗装の比率を減少させることは、集中豪雨による内水氾濫への適応策であると同時に、ヒートアイランド現象による気温上昇を抑制し雨量強度そのものを減少させる緩和策にもなる。
一般に都市のヒートアイランド効果は、コンクリートやアスファルトの被覆率が高くなればなるほど大きくなり、それにともなって都市型ゲリラ豪雨の発生頻度も増大する。既に屋上緑化などさまざまな取り組みがなされているが、ヒートアイランド効果を緩和しつつ、雨水の浸透能も高める方策として、歩道や駐車場などを、アスファルト舗装から透水性の高いウッドチップ舗装に変えていくことを提案したい。

 アスファルトは透水性が低いので内水氾濫の原因となる。また熱を溜めやすくヒートアイランド効果を強める原因の一つであり、ゲリラ豪雨の発生原因そのものとなっている。ウッドチップ舗装の場合、雨水の透水性が高く、熱を溜めにくい。内水氾濫を抑制し、またヒートアイランドそのものを緩和させる効果がある。

 東京都の羽村市が駅前の歩道を一部ウッドチップ化して行った実証実験によれば、アスファルトの場合は透水性舗装でも雨水の透水係数は0.01cm/Sであるのに対し、ウッドチップ舗装の透水係数は0.125cm/Sとなっている。透水性アスファルトのさらに10倍以上である。また、ウッドチップ舗装は、アスファルト舗装に比べて温まりやすいが、同時に気化熱を多く奪うために冷めやすく、熱帯夜の緩和につながる。

 ウッドチップ舗装は、アスファルト舗装に比べて費用は高いので自治体からは敬遠されるだろう。しかし、ヒートアイランドを緩和し、内水氾濫対策になるのであれば、その費用を補う効果が期待できよう。治水対策として水管理・国土保全局の予算も使用できれば、財政的にも実行可能ではないだろうか。

 新規の道路建設の必要性が低下していくにともない、地方の建設業界も苦境に陥ることが懸念されている。ウッドチップ舗装など、既存インフラの質を高めていくという新しい公共事業は、地域に永続的な雇用の場を生み出す手段となろう。

 ウッドチップ舗装は耐久性に劣り、車の通行には耐えられないが、歩行者や自転車程度の負荷には十分に耐えられる。劣化した後には、定期的に貼り換えていく。その際に出る廃材は、可能であれば熱や発電など再生可能エネルギー源として活用していくことが望まれる。

 その効果は、水害対策、ヒートアイランド対策のみではない。材質が柔らかく、歩いても疲れにくいため、超高齢化社会を迎える日本にとっては歩行者の安全と健康の増進のためにも歓迎される。さらに森林整備の促進にもつながる。まさに一石四鳥の策といえる。

(3)水田の貯留機能の向上
 流域における流出抑制対策の一つに水田貯留がある。降雨時に雨水を一時的に水田に貯留し、河川への流出を抑制するという「田んぼダム」の整備である。

 水田という緑のダムは、現実に2000年にわたって持続しており、100年程度で堆砂容量が埋まるコンクリート製のダムよりも持続性可能性は高い。人間の家族労働で定常的に補修・修築され維持・管理されている水田というダムは、1000年のあいだ、政体が変わろうが、戦国乱世になろうが持続してきた。

 新潟県では2002年より「田んぼダム」に取り組みはじめ、2012年現在で県内の11市村にまたがる合計9,539haの面積で取り組まれている。

 新潟県が実施している方式は、水田から農業用水路への排水マスに調整板を設置して降雨のピーク時における流出量をカットし、水田への雨水の流入量よりも排水溝からの流出量を少なくすることによって、ピーク時の流出を時間的に遅らせ、遅延効果によりピーク流量を削減しようというものである。この新潟県の方式は、畦畔のかさ上げなど大掛かりな土木工事もともなわず、排水溝を調整するだけで実施可能であり、きわめて安価な水害対策となる。

 田んぼダムによるピーク時の流量の削減効果は、吉川・長尾・三沢(2009)の実証研究によれば、下図のように大きい。とくに短期の集中豪雨型であるとさらに高い効果を発揮し、下図の観測降雨波形を100年に1度確率に引き伸ばした場合、ピーク時の田んぼからの流出量を80%程度カットできると計算されている。

 水田への雨水貯留が適切になされていることを条件に、水田所有者へ所得補償をしていけば、農業への支援策としても有効であり、流域の環境保全にも貢献する。さらに、水田所有者が中心になって「地域防災組合」を組織するなどして、防災訓練等を実施していけば、常日頃の住民の防災意識の向上にも役立つであろう。これも自治体と農水省と水管理・国土保全局の共同事業のような形で実施できないだろうか。

 図  ピーク時の流出量を大幅にカットする田んぼダム
 出所)吉川 夏樹, 長尾 直樹, 三沢 眞一、2009「水田耕区における落水量調整板のピーク流出抑制機能の評価」『農業農村工学会論文集』Vol.77, No.3、pp.263-271. 

(4)森林保水力の向上
 一般に、森林が生長し、土壌が発達するほど雨水の貯留機能は高まり、洪水流量の低減に寄与する。日本では、戦後、いわゆる拡大造林と呼ばれる政策によって、広葉樹林からスギ、ヒノキ、カラマツ等の針葉樹人工林への樹種転換が行われた。その後、日本の木材市場が外材に席巻され、植えたまま放置されたモヤシ状の人工林が国土を広く覆うようになってしまったのは周知の通りである。
人工林は本来、繰り返し間伐を行って、日光を林床に入れ、下草の繁茂した状態にしなければならない。放置されたモヤシ状人工林は、日光が差し込まないため昼間も真っ暗で、下草もなく、土壌動物もほとんど棲息できない。土壌の団粒構造が発達せず、保水機能も低下する。根の張りも弱く、木も光を求めて上へ上へと細長く伸びていくため、台風が襲来した際には倒れやすく、それが土石流災害や斜面崩壊の発生原因になりやすい。近年の台風災害を見ても、死者の多くは、河川の氾濫によって発生しているのではなく、土石流等の土砂災害によって生じている。人命を守るという観点からは、土砂災害対策こそが喫緊の課題である。
放置された人工林の間伐を丁寧に行い、広葉樹の混ざった針広混交林に転換するという森林整備を進めることは、流域の保水機能を高め、土砂災害の発生リスクを低下させることになろう。

 間伐作業によって出てきた木材は、災害・減災対策として、公共事業現場で積極的に活用していくべきであろう。間伐材を崩壊の危険性がある斜面に打設すれば斜面を安定化させ、表層崩壊の防止に寄与するだろう。また、間伐材を利用した丸太杭を、軟弱な地盤に打設すれば、地盤が安定し液状化被害を緩和することが可能になる。これらは防災対策であると同時に、炭素を地中に固定することにより炭素の安定貯留源として機能し、懸念される気候変動の緩和策にもなる。 

 おわりに
 以上の施策を流域全体で実施していけば、八ッ場ダムの何倍もの治水効果を生むことは間違いないでしょう。

 八ッ場ダムに関しては、貴重な遺跡の全容が未解明であること、また本体工事を行うことによって地すべり災害を誘発する可能性も懸念されていることから、どうか中止して下さるようお願いします。最低でも、遺跡の全容解明や、地すべりの問題に関する科学的に十分な検討がなされるまで、本体工事を凍結するべきだと思われます。ダム建設が新たな災害を生み出すことだけは避けねばなりません。

 治水対策として優先順位を付ければ、堤防の強化や上述の流域対策の方が緊急性は高く、ダムという選択肢は最後の最後の手段であると思われます。予算に限りがある中で、河川整備計画の中でも、対策の各項目に優先順位をつけ、低リスク・低コストの事業から取り組んで下さるようお願いいたします。