昨年12月9日に東京高等裁判所で開かれた八ッ場ダム住民訴訟・群馬の控訴審では、地質を専門とする坂巻幸雄氏(元工業技術院地質調査所 主任研究官・技術士)の証言が行われました。

 坂巻氏は、八ッ場ダムの検証で示された地すべり対策が実施されても、ダムの貯水位を上下させると深刻な地すべりが起きる危険性をはらんでいることを証言しました。災害を誘発する危険性を最小限にするためには、国交省関東地方整備局によって2011年の検証で示された150億円よりはるかに多くの地すべり対策費が必要になることを証言するものでした。
 けれども、昨年の八ッ場ダム基本計画変更(四回目)では、事業費増額に拒否反応を示している東京都など下流都県の同意を容易に得られないからか、検証で示された地すべり対策さえ盛り込まれませんでした。現計画の地すべり対策費はわずか6億円弱です。国土交通省は安全の確保を二の次にして事業を進めようとしています。

 地質が脆弱なところにダムをつくったために、試験湛水で地すべりが頻発した最近の例としては滝沢ダム(埼玉県秩父市)があります。しかし、滝沢ダムの場合は、貯水池周辺に人家がありません。八ッ場ダム予定地はもともと人口の多い地域である上、八ッ場ダム事業では湛水域より標高の高い山の中腹に水没予定地住民の移転代替地を造成する「現地再建ずり上がり方式」が採用されたため、ダム湖予定地周辺には多くの人家があります。したがって地すべりが起きれば他のダムよりはるかに深刻な被害をもたらすことになります。

 2004年から始まった八ッ場ダム住民訴訟では、違法性が認められないとして原告敗訴の判決が続いており、原告が提起する問題の中身に踏み込んだ判断を裁判所が示さずにきました。しかし災害誘発の危険性は今後の八ッ場ダム事業に影を落とす重要な問題です。今回の坂巻証言は大きな意味をもつものといえるでしょう。

坂巻氏の証言の速記録を以下に転載します。右下の画像をクリックすると証人調書の原文が開きます。)
キャプチャ

 (わかりやすいように坂巻氏の証言部分を太字にし、(注)をつけました。)
速 記 録(平成25年12月9日第2回口頭弁論)
事件番号 平成21年(行コ)第261号
証人氏名 坂 巻 幸 雄
控訴人ら代理人(嶋田)
甲第D36号証を示す

これは証人が作成された意見書ですね。
はい,そのとおりです。
   
この意見書は,国土交通省が平成23年11月に八ッ場ダムの地すべりの対策について新たな対策を公表しましたが,その基礎資料となった日本工営というところが作成した「H22八ッ場ダム周辺地状況検討業務報告書」、これを検討して新たな対策の問題点を指摘した書面ということでよろしいですね。
はい,そのとおりです。
   (中略)
ところで,証人は,本件で問題となっている八ッ場ダムの現地を訪れたことがありますね。
あります。

何回くらい今まで訪れたことがありますか。
そうですね,5回は確実に超しておりまして,おそらく10回近くにはなると思います。
   
かなりの回数現地を調査して,本件八ッ場ダム周辺地について印象に残っている場所というのはどこかあるでしょうか。
前から地形図などでもって地すべりの多いところだという認識はあったんですが,その中でも下流側の二社平(注:川原畑地区。じしゃだいら),吾妻川の左岸側にある地すべり地ですが,そこを訪れたときに非常に強い印象を受けました。山の尾根を登っていった途端に,尾根の先が切れて断崖絶壁になって深く落ち込んでいると。いわば氷山のクレパスみたいな構造を示しているわけですが,これが地すべりの1つのはっきりした兆候でして。これを見たときには本当に足がすくむ思いがしました。

   
甲第D35号証として提出されている,日本工営が作成した報告書を検討した結論として,新たな対策がとられているわけですけれども,八ッ場ダムがこの後建設されて,ダムの貯水池が造られそこに水がためられると,周辺地にどのような影響が出るとお考えですか。
水をためることによって周辺の地下水環境が変わりまして,それによって地すべりがますます活発化すると思われます。

   
その検討結果を意見書,甲第D36号証にまとめてもらっているわけですけれども,この中で全部で16点について問題点が掲げられていますけれども,時間の関係上重要なポイントに絞ってお聞きしたいと思います。まず第1に,地すべりの危険性との関係で大きな問題点として取り上げているのが甲第D36号証の5ページの[検証8]のところで,「土石流堆積物は水絞めを経験していることから湛水の影響を受けないとして,対象から外している」という点を挙げていますね。
そうですね。

甲第D35号証を示す
2. 3-3 1ページの下から3行目,「なお,土石流堆積物は,」というところで,こういうふうに報告書の中で記載されているということですね。
そうです。

同じく甲第D35号証の2. 3-4 3ページ,図2.3.3 3,「未固結堆積物斜面精査優先度評価図」を示します。ここに未固結堆積物という言葉が出てきますけれども,これはどういうものを指しているんですか。
字のとおり読めば固まっていない岩石のことを言いますけれども,本当はこういうような言葉を使うときには,学問的にきちんと定義しないといけないですね。その定義が,日本工営さんの報告書を見てもはっきりしないと。よく読んでみますと,この未固結堆積物というのは大体3種類に分かれていまして,1つは土石流堆積物ですね,もう1つは崖錘堆積物,それからもう1つは応桑の砕屑岩という3つに分かれていることがその文脈の中から読み取れます。

この図の左上の四角で囲まれたところ,ここに応桑岩屑流堆積物,崖錘堆積物,土石流堆積物と3つの種類の堆積物が表示されているということから,未固結堆積物としてその3つのものを対象として考えているということが分かるわけですね。
はい。

その中の応桑岩屑流堆積物というのは,どういう堆積物を言うんでしょうか。
これは,この地域特有の堆積物で,日本のほかの地域のどこにもないものですけれども,これは今の浅間山の前身の黒斑火山というのが昔ありました,それが約2万4000年前になりますが,大爆発を起こしまして,山の山体の主要部分が吹っ飛んだと。その吹っ飛んだ岩石や土砂が吾妻川の谷を埋めてできたのがこの応桑の砕屑岩層です。

応桑岩屑流堆積物というのは,どのような特色を持っているんでしょうか。
1つは火山帯を構成していたわけですから,溶岩とか溶解岩とか火山灰とかそういうものが主体になっていますけれども,とにかく,大爆発で一気に吹っ飛んだもんですから,その上下前後関係がめちゃくちやになって,非常に不均質な堆積物になりました。そのために,我々はパッチワーク状というんですけれども,1つのパッチを見まして,ここは花柄だからと思っていると,その隣のパッチがチェックであったりなんかするわけですね。そういう面で見ますと,つい近くにあっても、岩の性質は様々まちまちでもって変わるという特徴がありますので,この扱いには非常に注意を払わなくてはいけない堆積物です。

水通しがいいという特色はあるんでしょうか。
水通しのいい部分もありますし悪い部分もあると。その両方がきちんと規則性を持って隣り合っているような状態ではないというところに間題があるので,なかなか水通しの判定が全体として一様にはなっていないということですね。

それから,河川の水の流れる作用に浸食される度合いとかいうのは,特色がありますか。
やはり未固結堆積物ですから,これは今の吾妻川のような川の流れ,あるいはダム湖になった場合の水の動き,そういうようなものに対しては非常に弱いと。それで,洗い流されたり掘られたりということはしょっちゅう起こって,現にその2万4000年前の堆積物の中を今の吾妻川がまた掘り下げて今の河道を作っているという形です。

それから次の崖錐堆積物ですか,これはどういう堆積物を言うんでしょうか。
崖錐というのは,これは専門用語ですけれども,普通一般の崖ですね、その崖から崩れ落ちた岩石が土砂と交ざって,その崖の裾野の部分にたまったものを崖錐と言います。

土石流堆積物ですね,これは水に土砂が流されてきて積もったものだということでいいですか。
そうですね,大雨なんかのときによく見かけますけれども,泥水の中に岩石が浮かんで流されてくるような形のものですね。

先ほど示しました甲第D35号証の2. 3-3 1ページ,下から3行目のところですけれども,「未固結堆積物の中でも一度水絞めを経験していることから,湛水の影響が小さいと推定されるので,評価対象から除外した。」という点が問題だということなんですが,どのような問題があるんでしょうか。
1つは,これは事実をちゃんと実験やサンプリングによって確かめたということではなくて,全部推定なんですね。その推定でもってものを言って,実際のデータに基づいてものを言っていないという,これは1つ大きなポイントです。それからもう1つは,水絞めということですが,これは土木屋さんがよく使う方法で,例えば砂がちの土でもって盛土をすると,そうするとなかなか落ち着いてくれないでずるずると崩れるわけですね,そのときにその上から水をまいて,その水の浸透力でもって砂粒の間を押し固めて,そして地盤を安定させるというのが水絞めです。ただ,この土石流はそういうような静かな環境でもって砂を押し固めたのではなくて,大洪水のときに見られるように,それこそ濁流がいろんな固形物の粒子を押し流しているというようなもんですので,それが水が引いた後,その固形物がどういうような状態にあるかということは,これも先ほどの応桑の例と同じように,その局所,局所でもって大きな違いがあります。そういうことの検証をやらないで,推定でもって,とにかくこれは水を通さないと一概に片付けたところに,これは非常に大きな問題があると思います。

それから,今示しているところですけれども,そのほかの記載について問題点がございますか。
1つは,先ほど現実を確かめないで推定でものを言っていると言いましたけれども,これは水を通すか通さないかという性質だけの問題ではなくて,こういうような土石流堆積物の分布もそうなんですね。先ほどの地図に分布がありましたけれども,この中でもって土石流堆積物,それから崖錐堆積物,それから応桑の砕屑岩,こういうものが一応区分けはされていますが,どれだけの正確なものでもって区分けされているかということが,まだはっきりしない。そのため相互間でもって誤まった認識が行われている部分があります。

証人が作成された意見書の中では,土石流堆積物とされているんだけれども,本当は崖錐堆積物と見るべきではないかというふうに記載されていますね。
はい。

この点はどうなんでしょうか。
典型的な例が,吾妻川の右岸の中腹にある上湯原(注:川原湯地区。JR吾妻線の新しい「川原湯温泉駅」予定地周辺)というところの造成地なんですが,ここを造成のために重機でもって掘ったわけですね,そうしたら土石流堆積物とされているものが,実際新しい岩石の面を出してみたらこれが崖錐堆積物であることが分かったと。そういう意味では崖錐堆積物はちゃんと水の影響を受けますので,これは評価しなくてはいけないんですが,それを土石流堆積物だと誤認して,誤認されたまま対象から除外されていたというような問題がありました。

意見書の5ページ[検証8]のところでも,「特に,上湯原の地すべり地形では土石流堆積物とされ調査対象から外されているが,ここは土石流堆積物ではなく崖錐堆積物から構成されていると見るべきである。」と記載されていますね。
はい,そうです。

崖錐堆積物と見るべきだと,崖錐堆積物と見るということは,崖崩れの危険性については,土石流堆積物よりも危険性が大きいと考えられるということでしょうか。
一般的にはそういうことが言えるかもしれませんけれど先ほど申し上げたとおり,土石流堆積物についての細かいデータがないわけですね。ですから,本件に関してはその両方を比較してどちらが危険だということは言えません。しかし,崖錐堆積物については一応評価の対象としていますが,土石流堆積物は,今もお話ししたとおり,水絞めはやってあるからいいんだということでもって評価の対象からどけてしまったというところに,大きな問題があると思います。

地すべりの危険性に関する問題点の2つ目として,抑止力について検証されていますね。
はい。

抑止力,これは「P」と記載されますが,この抑止力というのはそもそもどういうものなのか説明してください。
地すべりですとか崖崩れなんかの場合は,表層の土砂が下のほうにずり落ちようと,これは地形の重力によってそういう力が働いているわけですね。それで,何もなければそのままずり落ちてしまいますが,これを食い止めるための逆向きの力が働くわけです,その力のことを抑止力と言ってPで表します。

地すべりを防ぐための抑止力の大きさとそれに対する工法との関係,これについてはどのように一般的に言われているんでしょうか。
一番簡単なのはずり落ちてくる土砂を下で受け止める,そのために一番裾のところに重しを置くというのが一番簡単な方法ですけれども,それだとやっぱり重しで食い止めているわけですから,全体の動きを止めようとすると,場合によってはその重しのボリュームと重さを非常に大きく取らなければいけないと,それで重しで押さえ切れなくなった場合には,アンカーボルトといいまして,ピアノ線とかそれから鋼線を山の中腹に斜めに打ち込んで,その先にストッパーを付けて,その摩擦力でもって崖崩れを食い止める,それから鉄パイプの杭を裾のところに打って,その摩擦力でもって動きを止める,そういうようないろいろな工法があります。

抑止力の大きさ,これは「KN」,キロニュートンで表しますね。
はい。

どのくらいの大きさに対してどういう工法が有効かということは,一般的に考えられているんでしょうか。
押さえ盛土でもって無理なくいくのは2000KN/mくらいのところまでで, 2000から4000になりますと押さえ盛土に加えて何らかの補助工法をやったほうがより安全になると。4000を超えてしまうと押さえ盛土だけでは到底無理で,相当レートを高くした工法を加えて,二重の縛りでもって土砂の動きを止めないといけない,大体そういうようなことが標準的なテキストには書いてあります。

甲第D35号証を示す
3. 1-10ページですが,この表は,新たに対策された5つの地区の11ブロツクに関する安定解析の一覧表です。この表の一番右側の欄に「必要抑止力」という欄があって,ここが今言われた抑止力のキロニュートンですか,の数字を表しているということですね。
はい,そうです。

対策を検討して,この5つの地区の11ブロツクあるんですけれども,これに対する必要抑止力の欄,そこからどのようなことが言えるんでしょうか。
この抑止力に比べると,盛り土で押さえるというのはかなり無理があるので,それをあえて盛土でもってやるというところに問題があるわけですね。
   
先ほど証人は,4000KNですか,これを超える場合は非常に工法が困難だと,対策が困難になってくるというお話をされましたね。
はい。

この表で見ると,4000KNを超えるところが,全部で14箇所のうち7か所ございますね。
はい。

特に白岩沢(横壁地区),ここでは1万2000以上だとか1万6000以上,そういう箇所があって,4倍とか3倍以上の抑止力が必要な箇所があるということがこの表から出てきますね。
はい。

そうすると,特に白岩沢と久森沢(注:林地区)について,工法の点についてどんな問題が考えられるでしょうか。
通常の押さえ盛土だけだととても無理で,やはり費用も掛かるし技術的にもいろいろ問題を含んでいる,鋼管杭そのほかの工法を併用しなくては駄目だということははっきり言えますね。

それから,そこの表は,地すべりの可能性があるということで,地すべりの精査対象地として掲げられた場所なんですけれども,この表の中には,前橋地裁の第一審でも奥西一夫証人が指摘していたんですけれども,林地区と上湯原地区の古期の大規模地すべり地形、これが対象地に入っていないんですけれども,この点についてはどうお考えですか。
林地区も上湯原も私自身でもって見に行ってはいますが,確かに地すべりの起こった時期としては古いんですね。で,今活動していないということは言えますけれども,地すべりの痕跡そのものははっきり残っている,で,この裾野のところに今度ダムができると水を乗せていくわけですから,その水によって辺り一体の地下水環境は大きく変わると。そういうようなときに,これは古くて今動いていない地すべりだから安全だということは必ずしも言えなくて,むしろその地下水の新しい環境に応じて,古い地すべりが動き出す危険というのは,一定程度やはり見ておかなければいけないんじやないか,それが今回の評価では抜け落ちているということは大きな問題だと思います。

次の問題点ですけれども,応桑岩屑流堆積物の取扱いについて,証人作成の意見書の7ページ[検証13]で述べておりますね。
はい。

応桑岩屑流堆積物については意見書の7ページ,[検証12]でも重ねて取り上げられていますけれども,その堆積層の特色というのは,前にも説明してもらいましたけれども,極めて不均質で複雑な堆積層なんだということですね。
そういうことです。

そのように不均質で複雑な応桑岩屑流堆積物を,報告書はどのように取り扱っていますか。
これはもうマニュアルどおりに,砂岩ですとか泥岩ですとか,そういう一般の普通に堆積した岩石の数値をそのまま当てはめて計算しています。

通常の土質,砂層として取り扱って,安定計算をしているということになっていますね。
はい。

その報告書のそのような取扱いは,適当な取扱いと言えるんでしょうか。
私は全く言えないと思います。

どのように言えないんでしょうか。
結局,先ほども申し上げましたように,現地で直接観察をして記載をしてサンプリングをして,それについてのいろんな岩石の特性を検査をして,その上でもって安定度計算をやっているというのが本来のあるべき姿だと思いますけれども,そういうことを全部抜かして,全部マニュアルどおりの数値を当てはめて計算して,それでもって安全だという方向に方向付けようとしているというところに問題があると思います。

応桑の岩屑流堆積物というのは,吾妻川沿いで崩壊を繰り返しているというそういう状況はあるんでしょうか。
2万4000年の間に,吾妻川が今の川の位置まで削り込んだわけですから,そういう意味では,その川の両側に広くこの地層は分布していまして,状況に応じてはいつでも崩壊してくるという性質を持っています。

証人は,先ほど応桑岩屑流堆積物についての説明の中で,非常に複雑な岩層だからいろいろなところを数箇所調査しなくてはいけないと,こういうお話をされていましたね。
まあ数箇所で足りるかどうかというのは問題ありますけれども,とにかく詳しくその性状を見定めないと,とにかく対策は立てられないということですね。

甲第D36号証を示す
7ページの[検証13]のところに,荒砥沢地すべりというのが出てくるんですが,これはどういう地すべりなんですか。
ここは例として書きましたけれども,荒砥沢というのは宮城県の栗原市にある奥羽山脈の中央部にある地すべりなんですが,ここは2009年の岩手宮城内陸地震でもって,昔からあった地すべりがまた再活動したんですね。これ,非常に範囲としたら1キロ四方くらいの広い範囲でもって,横すべりの量で300メーターくらい,上下方向で50メーターくらいの大きな変動をもたらしたもんですが,これはちょうどその裾に荒砥沢ダムというダムがありまして,そのダムに水をためていたために被害が増えたんではないかというような説があります。

   
それから,和歌山県での深層すべり事例というのが出てきますけれども,これはどんな事例ですか。
これは2011年の台風でもって,和歌山県の中部の各所でもって大規模な地すべりが起こって犠牲者も出たんですが,普通の地すべりというのは今まで大体地表10メーターとか20メーターとかそのくらいの範囲の水の影響を考えていたんですね。ところがこれは時間雨量が100ミリを超すような大きな雨量の観測がされたところでもって,その大量の雨水が100メーターより深いところまでずっと入っていったわけですね。そのために,少ない雨だったら安定している岩盤がそこまで地下水が入ったもんですから,大きく崩れて,それで非常に大きな災害をもたらしたと。それで,地震にしろ大雨にしろ,とにかく最近の自然環境は大きく変わって,しかも災害を起こしやすい方向にウェイトが加わっていますので,そういう意味から,今までのマニュアル通りの計算でもって安全性の評価をやったらいかんという,1つの大きな教訓を示しているんだと思います。

八ッ場ダム周辺に見られる応桑岩屑流堆積物ですか,についても,深層崩壊の可能性を十分考慮すべきだと,こういう御意見なんですね。
まあ応桑だけに限りませんけれども,とにかくこれから先は深層崩壊の問題は無視しては通れないと思います。

対策工法の問題点についても検討されていますね。
はい。

甲第D35号証を示す
4. 1-5ページを示します。ここで,対策を5つ,押さえ盛土工からシャフト工まで5つの対策工法を取り上げて検討したということになっていますね。
はい。

甲第D35号証の4. 1-16ページですが,対策工法を検討した検討結果一覧です。真ん中辺りのところに「選定対策工」という欄がありますけれども,ここを見ると,対策工としては押さえ盛土それから頭部排土それからその組合せというのを採用したと,こういう結果になっていますね。
そうですね。

ここに書いてある押さえ盛土という盛土工という工法は,この斜面の下のほうに土砂を盛って地すべりを防止するそういう工法ですね。
そういうことです。

これはかなり多く採用されている工法なんですか。
一番一般的だと思いますね。

それからもう1つの頭部排土,これはどのような工法なんですか。
これはずり落ちてくる土砂の頭のところを切り取って,動きたがっている土砂の重みを全体として減らしてやろうという工法ですね。

斜面の上のほうを削り取って地すべりを防止するという工法なんですね。
はい。

ところで,基本的に採用された押さえ盛土工という工法,これは工法としてどのような問題点を抱えているんでしょうか。
簡単に施工できて費用が安いという点では,工事をする側にとってはメリットがあるわけですけれども,特に押さえの効果を十分出すようにするためには慎重な施工が必要だと。で,特にこのダムなんかの場合ですと,当然押さえているところが,水の中に入ったりあるいは水面の上下に従って表に出たり水に沈んだりするわけですから,そのためにいろいろ複雑な影響が起こってくると。特に水の中ですと,押さえたつもりでも浮力が掛かるわけですから,押さえの効果が地上とは違って出にくいと。それから確実に押さえたつもりであっても,経年変化でもってそれが痛んで,押さえの効果がなくなって地すべりや崩壊につながるというようないろんな問題がありますので,そこは施工に際しては十分慎重に取り扱う必要があると思います。

そのほかに押さえ盛土工の問題点として,大規模な盛り土を地すべり本体の末端部に設置するということから生じる問題はありませんか。
結局,地すべりの動きを押さえてしまうわけですから,当然地すべりの原動力の1つになっている地下水の流れにも影響します。その意味では,ただ単純に押さえたからいいだろうというわけにいかなくて,それによって起こる周りの環境への影響も十分見ておく必要がありますね。

押さえ盛土に使われる土砂ですね,これは普通周辺地から採取されて用いられていることが多いんですけれども,八ッ場ダムの周辺地の土砂の性質などから考えると,どのような問題が起こるというふうに考えられますか。
八ッ場ダムは川原湯温泉のすぐそばにできるわけでして,温泉というのは,言うまでもなく熱いお湯が地面の中を通ってくるわけですね。そうすると,岩石が,我々は岩が腐るという表現をするんですが,変質して元の固い岩石の性質を失ってしまうと。特に川原湯温泉の場合は,白い粘土化の作用が非常に顕著に出ていまして,そのために,土を取ろうとしてもそういう弱い粘土では使いものにならないというような場所が随分あります。ですから,十分な土砂の供給がすぐそばでできるかどうかということについては,大きな疑問があります。

ところで,対策工法の検討に当たって,安全率などの数値について,全て平成21年7月に改定された「貯水池周辺の地すべり調査と対策に関する技術指針(案)」に基づいて行われていますけれども,この点は証人はどう考えますか。
大体そのすべる力と押しとどめる力との比を取りまして,それが1.05から1.20というところで設計されていますけれども,これは先ほど言ったように、とにかく1のところを1.05というと5%しか押さえの力を強めていないわけですね。そうしますと,これくらいは先ほどの岩の性質をきちんと調べたら誤差の範囲に入ってしまうと。従って,必ずしも1.05取っているから安全だということにはならないし,先ほどのお話にもありましたように,現実には1を切っているヶ-スも随分あるわけですから,それぞれやっぱりきちんとした性質の判定をやって,そして対策工法を考えるべきだと思っております。

以上の点は,対策工法全般についての問題点でしたけれども,次は未固結堆積物斜面に対する対策工の問題ですね。
はい。

甲第D35号証の4. 2-4ページを示します。これは,「未固結堆積物斜面対策検討結果一覧表」ですが,川原畑①から横壁まで,5つの地区についての対策の結果をまとめたものです。この一番右側の「選定工法」のところを見ると,全て押さえ盛土工が採用されていますね。
そうですね。で,これを見た場合には,一応アンカー工やそのほかの工法も対象にはなっているわけですけれども,結局は費用の間題が一番大きいと思うんですが,そのために高度な抑止工法は採用を見合わせて,一番安易な押さえ盛土に持っていってしまっているという印象を強く受けたところです。

この押さえ盛土工が選定されている5つの地区では,押さえ盛土が全て満水時には水面下になり制限水位時にはその一部は水面に現れることになっていますけれども,この点について何か問題点はございませんか。
先ほどもちょっと触れましたけれども,満水時と制限水位の間は普通はダムの水面に露出している。わけですが,制限水位に近くなりますと川の流れの性質が強まってきますので,押さえたつもりのところが洗い崩されて消えてなくなったりというような場合も随分あります。

甲第D35号証の4.2-14ページを示します。図4.2.7ですけれども,これは川原畑①地区の断面図です。この図のオレンジ色のところが押さえ盛土を盛るところですね。
そうです。

そしてここに青色の線が2本引いてありますが,上が常時満水位の線,下が制限水位,制限水位というのは夏の間に洪水調節のために水位を下げる位置ですね。
そうです。

下のブルーのラインが制限水位と。
はい。

未固結堆積物斜面対策をとる5つの地区は,全てこういう位置関係に大体なっているということですね。
はい,そのように見えました。

この地区において,満水と制限水位による水が上下することによって、地すべりの危険性と何か関係が出てくるんでしょうか。
やっぱり満水に近くなると地下水の流れがそれによって止められるわけですから,地すべり地ないしは未固結岩の斜面に対しては崩れやすい方向に働きますね。

証人の意見書の中には,この未固結堆積物の対策が必要とされる地域については,何回も出てきましたけれども,応桑岩屑流堆積物が堆積しているので洗掘浸食が発生して崩壊に至ることが十分に考えられると記載されていますけれども,そのとおりなんですか。
はい,この断面図でも応桑の分布域がかなり上のほうに広く広がっていますので,やはりこれは対策を講じないとどんどん洗い流されていく運命にあると思います。

洗掘浸食というのはどういう現象を言うんですか。
水の流れによって,川の底ですね,それが洗い流されて痩せていく現象ですね。自然の川でももちろん起こっていますけれども盛土の場合も自然の川と変わりなく,水の流れが当てられれば削り取られていく運命にあるということです。

八ッ場ダムの周辺に存在している応桑岩屑流堆積物というのは,洗掘浸食を受けやすいそういう傾向があるんでしょうか。
応桑層全体としてがさがさですから,それによって先ほども申し上げたとおり浸食に強い部分,弱い部分は当然出てまいりますけれども,特に弱い部分から先に掘り崩されていくと,周辺に対する影響は大きいと思いますね。

甲第D35号証の4. 2-5ページを示します。図4.2.1の「川原畑①地区工法比較一覧表」を示します。川原畑①地区については,押さえ盛土工を採用するという表ですけれども,「工法概要」のところ,上から3行目,「押え盛土天端より上位に湛水に伴うすべりは発生しない。」と、こういうふうに甲第D35号証の報告書に書いてありますけれども,この点について証人のお考えはどのようなものですか。
これだけでもって地すべりは発生しないというのは,ちょっと安易に過ぎる考え方だと思います。1つは,この未固結の斜面とそれから先ほど申し上げたように変質帯まで含めた全体の動きと,それを両方を考慮する必要があるわけですね,で水を張ってしまいますと未固結の中には当然水入りますけれども,全体としての大きな場としても地下水の水位が上がってくるわけですから,それによる深層の地すべりの誘発も考えられます。そういうようなところを,全体として複合的に見ていかないと,ただここでもって未固結岩だけの問題として地すべりを誘発しないということは,単純には言えないと思います。

そこでは,報告書で円弧すべり計算で安定率が1以下になるんだということを理由に,そのような結論を導いているんですけれども,その点についてはどのようにお考えですか。
結局1以下になってしまうから,押さえ盛土でもって先ほどの抑止力を強めて1.05まで引き上げてくるわけですね。ですから,それは普通の工法のやり方とし七は,そういうこと考えられるわけですけれども,逆を言えばそれだけの対策をしなければ動いてしまうような弱い地盤のところにダムを造っているということも言えるわけです。

いろいろとまだ問題点があるんですけれども,時間の関係で以上で終わらせていただきますけれども,最後に,言い足りないところとか補足がありましたらお願いします。
実は,私は何度も八ッ場行きましたけれども,政権が民主党になって八ッ場中止という話を聞いたときは正直言ってほっとしたんですね。といいますのは,やはり地質屋の立場から見ますと,あれだけ今でもいろんな地すべりの兆候のあるところに,水張ったらどうなるんだろうという懸念が非常に強くしたわけです。で,ほっとしたんですが,そのほっとしたのも束の間で,また工事再開となってしまって今日に至っているわけですが,今回の日本工営さんのレポートを見ますと,やはり工学系と理学系と同じサイエンスでありますけれども,随分ものの考え方は違うなということははっきりしました。で,理科系の人間というのは,自然というのはなるべく痛めないようにしていこうという常識が自然に働いているわけですけれども,工学系の方々というのは,自然というのは征服すべき対象であって,むしろ難工事であればあるほど燃えると,何とかしてここにものを造ってやろうという意欲でもって挑まれると,その結果がいろんな状況の中でもって,より安全なほうにいかずにより危険な方向へ選択が働いてしまうんじやないかなと思いました。特に,現場をよく見てそこからデータを取るということは基本中の基本だと我々考えるわけですけれども,工学系の方々にとってはむしろそうではなくて,国交省とか,それからいろんな業界団体なんかで,作られた一般論としてのマニュアルを尊重されて,その数値や手法によって安全度の判定をやっておられると。そうじやなくて,現実を見なくてはいけないんだということを強く申し上げたいなと。で,その権威付けによって行われたデータがたとえ安全を示すようであっても,これから先はいろんな自然環境がどんどん変わっていきます。地震1つとっても、東日本大震災の後の日本列島に掛かる力というのは大きく変わって、とんでもないところでもってとんでもない地震が起こるようになっていると。そういうような状況を考え合わせますと,到底マニュアルだけの手法でもって,安全が確保されるとは思えない。やはりこの際は率直に原点に立ち戻って,安全性評価もやり直すべきではないかと,そのためには,国交省の指針もそれから日本工営のレポートもまだまだ不十分と言わざるを得ないというのが,残念ながら私の結論であります。