旧・建設省は2000年に「河川堤防設計指針(第3稿)」をつくって、耐越水堤防(フロンティア堤防)の普及を図ろうとしました。しかし、耐越水堤防が川辺川ダム等のダム事業の推進の妨げになると見た国交省は、この指針を2002年に撤回しました。

 安価な耐越水堤防の普及が進められていれば、昨年9月の鬼怒川水害の堤防決壊を防ぐことができていたかもしれません。
 この問題を取り上げた記事が今朝の東京新聞茨城版に掲載されましたので、お伝えします。

◆2016年12月26日 東京新聞茨城版
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201612/CK2016122602000165.html
ー<取材ノート いばらき2016>鬼怒川決壊1年 「国の失政」疑念今もー

「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に抑え、危機的状況を回避する」「越水に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」
 一見すると、常総水害の鬼怒川決壊についての記述に思える。しかし、これらは十年以上前、旧建設省が毎年、白書に繰り返し書いていた内容だ。国は当時から、今回のような堤防の決壊を危惧し、対策の必要性を指摘していた。
 鬼怒川決壊は、川の水が堤防を越える「越水」によって、住宅地側から崩れたのが原因。堤防決壊は、より大量の水が住宅地に流れ込み、勢いも強く、被害は大きい。鬼怒川決壊の現場では、一人が亡くなり、住宅数戸が流失した。
      ■
 多くの識者は常総水害を「想定外の雨が原因」としたが、国土交通省OBは「国は『想定外の雨』を想定していた」と語った。
 ダムは上流で水を貯(た)め、川に流れる水量を減らす。しかし、想定以上の雨で貯水能力を超えれば、川の水位は上がる。堤防を越える「越水」が起き、堤防決壊の可能性が高まる。
 このため、建設白書は一九九六年から五年連続で、想定外の雨や越水対策の必要性を明記。二〇〇〇年、決壊しにくい構造の「フロンティア堤防」の設計指針が全国に通知された。全国で整備が計画され、四つの河川で完成した。
 しかし、〇二年に設計指針の通達は急に撤回され、フロンティア堤防の整備は立ち消えに。白書に撤回理由は書かれていない。
 取材を進めると、複数の国交省OBや学識者は「当時、ダムの反対運動が激しく、堤防強化がダム不要論につながるのを恐れたため」と証言した。
 国交省の担当者は「効果がはっきりしないため」と説明した。「経過があまりにも不自然だが」と尋ねると、「過去に、そういう取り組みをした人たちがいたのは承知している。見解の相違」と話し、歯切れが悪くなったように感じた。
      ■
 発生から一年後の今年九月、決壊現場で開かれたイベント会場を訪れた。国交省が、ダムがなかった場合の被害予想図を展示していた。浸水面積はもっと広かったはず、とダムの効果をPRしていた。一方、堤防が決壊しなかった場合の被害予想は、分かっていないという。
 国交省は現在、鬼怒川で堤防の集中整備を進めている。しかし、「決壊しにくい構造の堤防にしないと、また同じことが起きうる」と訴え続けている国交省OBもいる。
 鬼怒川決壊では避難指示をめぐる常総市の混乱が問題になり、堤防強化を撤回した国の政策転換は、注目されなかった。決壊は、河川政策の間違いの証明ではなかったのか。十分に検証されたとは思えず、疑念は今も消えない。 (宮本隆康)