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「ダム建設で水枯れ…千曲川、信濃川にサケ戻れ! 放水量増加追い風に住民・自治体が本腰」

 信濃川では昭和初期、水力発電を目的とした相次ぐ大規模ダムの建設により、流域の人々に恵みをもたらしてきたサケが激減しました。東京を含めて他の地域ではあまり知られていませんが、首都圏の山手線、東北・上越新幹線は信濃川で生み出される水力発電によって運転されています。

〈参考〉新潟県十日町市ホームページより 宮中取水ダム及び信濃川発電所の施設紹介
 http://www.city.tokamachi.lg.jp/shisei_machidukuri/F104/F105/1454068622151.html

 しかし、平成20年にJRが信濃川から許可量を超える取水を行っていたことが発覚、国が同社の水利権を一時取り消したことで状況が好転しました。下記の新聞報道では、流域の新潟県と長野県の県民が連携して行ってきた地道な活動のことも伝えています。

◆2017年1月9日 産経新聞
 http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/170109/lif17010914100012-n1.html
ーダム建設で水枯れ…千曲川、信濃川にサケ戻れ! 放水量増加追い風に住民・自治体が本腰ー

 かつてサケが大挙して遡上(そじょう)していた千曲川と信濃川に往時の風景を復活させようと、流域の住民や自治体が本腰を入れ始めた。水力発電用のダム建設により姿を消したサケたちが、遡上環境の改善など地道な活動を受けて漸(ぜん)次(じ)戻る兆しをみせているからだ。「カムバック、サーモン」を合言葉に、人間の営みで失われた本来の自然を取り戻す取り組みが加速しつつある。

 昨年11月6日、長野、新潟両県の市町村議らが「千曲川・信濃川にサケを復活する会」を結成した。代表の市川久芳飯山市議(68)は記者会見で「これからの水をめぐる環境がどうあるべきかを考えたい。子供や孫にすばらしい自然を残すのがわれわれの使命だ」と強調した。今後、流域住民らを対象に会員を募り、サケの稚魚放流やダム見学会、遡上環境改善のための署名集めなどを行うという。

 長野、埼玉、山梨3県境の甲武信ケ岳を源流とする千曲川は、新潟県に入ると信濃川に名を変え、日本海に注いで全長367キロの旅を終える。かつてはこの大河で命を授かって北洋を回遊し、3~4年後に帰郷するサケが流域の人々に恵みをもたらした。しかし昭和初期に大規模ダムの建設が相次ぎ、状況は一変した。

 昭和11年に現在のJR東日本が管理する「宮中取水ダム」、14年に今の東京電力管理の「西大滝ダム」が完成。流水の大半が発電用に取水され、川の「水枯れ」が起きた。ダム下流の流量も減少し、6年に約68トンあったサケの漁獲高は15年には2・1トンまで落ち込み、その翌年にはほどんど見られなくなった。

 長野県は昨年10月下旬~11月上旬、両ダムで魚群探知機を用いたサケの遡上調査を実施中だ。魚影の確認場所で目視や水中カメラにより生息状況をつぶさに調べ、年内に結果をまとめる方針。

 千曲川流域の相沢博文・高水漁業協同組合長(69)は「ダムの放水量を増やしたり魚道を整備したりすれば状況は改善されるはず。河川環境向上のためにJRや東電に一層の協力を求めたい」と話している。

 サケの遡上を復活させようと県は昭和55年~平成10年の間、約899万匹の稚魚を放流したが、確認できた遡上数は延べ48匹程度にとどまった。新潟県のNPO法人「新潟水辺の会」なども放流を続けたが、消えたサケは容易に戻らない。

 平成20年にJR東日本が信濃川から許可量を超える取水を行っていたことが発覚した。その後、国が同社の水利権を取り消したことで放水量が増え、状況が好転した。長野、新潟両県などでつくる信濃川中流域水環境改善検討協議会の調査では、宮中取水ダムの魚道を上ったサケは21年に160匹だったが、27年には1514匹が確認された。

 一方、上流の長野県にある西大滝ダムでは21年に2匹、27年に12匹と大きな変化はなく、10月29日に今季初めて1匹が確認された。両ダムの確認数が乖離(かいり)している理由について「サケがダム間の支流に遡上している」「そもそも長野県内でのサケの放流量が少ない」などとささやかれるが、確たる根拠はない。

 長野県は昨年10月下旬~11月上旬、両ダムで魚群探知機を用いたサケの遡上調査を実施中だ。魚影の確認場所で目視や水中カメラにより生息状況をつぶさに調べ、年内に結果をまとめる方針。

 千曲川流域の相沢博文・高水漁業協同組合長(69)は「ダムの放水量を増やしたり魚道を整備したりすれば状況は改善されるはず。河川環境向上のためにJRや東電に一層の協力を求めたい」と話している。