八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダム本体着工をめぐる日経の連載記事

今年度の政府予算案に八ッ場ダム事業費として本体工事費を含む99億円余が計上されたことに関連して、日本経済新聞地方版に掲載された連載記事をお伝えします。
 全国的な作業員不足を背景に工事の遅れが懸念されていることや、「生活再建事業」を名目にダム予定地域に多額の税金が投入されていることなど、あまり最近のマスコミでは取り上げられないダム事業の側面も伝えています。

◆2013年12月25日 日本経済新聞北関東版
ー八ッ場ダム本体着工へ 上 振り回された5年間 地滑り対策・人手不足 課題ー

 2014年度の政府予算案に八ッ場ダムの本体の工事費が計上された。09年度予算に盛り込まれていたが、民主党政権下で凍結。これが復活した。「失われた5年」というのか。「振り回されただけの5年」という方が正しいのかもしれない。民主党政権時代だけでなく、政権交代後のこの1年間も周辺住民は翻弄された。

見直し求める声
 思い起こせば今年1月29日。政府の13年度予算案に周辺住民は落胆した。昨年末、自民党政権が復活。八ッ場ダム本体の工事費が盛り込まれるとの期待が高まったが、見事に肩すかしにあった。
 背景には今夏の参院選に向けた政府・与党の思惑があると指摘される。国民には巨大公共事業は無駄遣いという抵抗感がなお強い。このため、公共事業の象徴である同ダムの本体を外し、作業用地の造成など関連工事にとどめたといわれる。
 その関連事業でもじらされた。予算成立を前提に事前に入札手続きを開始するケースも少なくないが、当時はねじれ国会。野党から「国会軽視」との批判が出ないよう、国土交通省は周到に5月の予算成立まで待った。
 国交省は同ダムの基本計画の見直しもぎりぎりまで引っ張った。当時の計画では完成は15年度。「2年で完成は不可能」との声が出ていた。実現可能性の低い計画ではダム本体の予算計上は難しいとみられており、群馬県の大沢正明知事も再三、見直しを求めていた。しかし、見直し作業の着手は「事業推進」を意味するため、封印していたとの見方が有力だ。
 参院選で与党が勝利すると、8月初め、完成時期を19年度とするよう手続きに着手。14年度予算の概算要求に間に合わせた。11月には手続きを完了。前回、基本計画変更に9ヵ月をかけたが、今回は3カ月余りで遂行した。
 作業が進む中、地元は太田昭宏国交相の現地視察を待ちわびた。予算案の前に直接「本体着工」を聞くためだ。「12月が有力」との情報も一部で流れたが、ここでも期待は裏切られた。

完成の遅れ心配
 予算案が閣議決定された24日、長野原町の高山欣也町長は「これ以上の工期の遅れは許されない」と語ったが、懸念材料はある。
 国交省は民主党政権時代の11年に同ダムの検証をしており、このなかで工期は本体の入札手続き開始から「87カ月程度」かかるとしている。検証では8カ所で地滑り対策が必要となる可能性を指摘しているが、同省は「実際にどれだけ必要か不明」と基本計画には同対策を盛り込んでいない。
 加えて問題なのは工事の作業員不足だ。「ここ数年の工事の減少で作業員を減らしたうえ、東日本大震災からの復興事業の影響で人手が不足している」(群馬県建設業界の青柳剛会長)
 作業員不足を背景に、国交省高崎河川国道事務所でも発注工事の1割で入札が不成立だ。八ッ場ダムの本体関連工事でも不調となったことがあり、関係者からも「完成時期の遅れを心配している」との声が漏れる。完成が遅れれば、「失われた期間」はさらに延びることになる。

◆2013年12月26日 日本経済新聞北関東版
ー八ッ場ダム本体着工へ 下 巨額事業、町を一変 生活再建 どこまで必要ー

 「雑誌を見て来たが、静かでいい宿。また来たい」。栃木県から来た男性はこう話した。八ッ場ダム水没予定地にある川原湯温泉の旅館、山木館(群馬県長野原町)は9月に代替地で移転した。入ったところに水車を配置。客室は8室で古い民家や蔵をイメージさせる和風の造りだ。

賛否で地域二分
 「何年も前からいろいろな温泉旅館を見に行き、参考にした」と主人の樋田洋二さん。建設費4億円はダム建設に伴う不動産の売却費で賄った。1人1泊(平日)で1万4850円~2万6400円と従来より少し高くしたが、年末年始は常連客でほぼいっぱいだ。
 八ッ場ダムの構想が浮上したのが約60年前。当初は町民の大半が反対した。山木館の先代は元町長で反対の先頭に立った。しかし、時間がたつにつれ、受け入れ派が増え。まさに地域を二分した。「あいつは賛成派の息子だからつきあうな」。こんなこともやりとりも珍しくなかった。
 毎年4月になると、突然、友人がいなくなった。「土地を売ったと言えず、新学期を待ってひっそりと町を出て行く人も相次いだ」と高山欣也町長は振り返る。こうした苦悩を経て、今では大半の住民が賛成にまわり、移転が必要な470世帯のうち94%が移転した。
 それにしても同ダムは巨額を投じる壮大な事業といえる。水没する国道の代わりに、ダム湖の両側に道路を2本建設。ダム湖をわたる3本目の橋は最終段階を迎えている。小学校、中学校は新しくなり、近隣の東吾妻町には日帰り温泉を建設した。4月、道の駅が開業。水没しない駅の駅舎も建て替えた。

3つの「財布」
 3本目の橋の近くでは、現在、宿泊施設付きの市民農園「クラインガルテンやんば」の建設が進む。全10区画で、それぞれ約300平方㍍の敷地に農園と宿泊棟を設け、年間利用料は48万円。すでに受け付けを開始し、来春オープンする。
 壮大な事業を可能にしているのが3つの「財布」だ。一つは4600億円のダム建設事業費で、ダム本体、用地取得費、付け替え道路・鉄道などがこれに入る。
 二つ目が周辺地域の生活再建のための「水源地域対策特別措置法(水特法)」に基づく事業(997億円)。治水、土地改良のほか、付け替え道路の道幅を広くした場合にも使われ、国や下流都県などがお金を出す。
 三つ目が「利根川・荒川水源地域対策基金」。下流都県がお金を出し、水特法の事業に入っていない地域振興を実施する。道の駅やクラインガルテンもここから充当している。総額は決まっていないが、2012年度までに64億円を使っている。水没5地区それぞれに振興策を施す予定で、さらに屋内スポーツ施設などを造る構想もある。
 町内には水没予定地以外も多く、「あいつはいくらもらった」「やりすぎだ」といったやっかみに似た声も出る。それがさらなる生活再建を求める声につながる。
 前長野原町長の田村守氏は「私の町長時代より生活再建事業が削られており、県も町もだらしない。工場誘致のような雇用を創出するような事業を要望すべきだ」と強調する。町を大きく変えたダム建設。生活再建事業はどこまで必要なのか。