昨年、2016年の夏は、利根川水系で6月16日から8月23日まで10%の第一次取水制限が行われ(9月1日に全面解除)、渇水になったことをマスコミが大きく報道しました。

 その直後、昨年9~10月の利根川流域各都県の議会では、八ッ場ダム基本計画の第5回変更案(事業費の再増額案)に関する質疑が行われましたが、そこでは八ッ場ダムの事業費を負担している各都県の当局が八ッ場ダムが完成していれば今夏の渇水を回避することができていたと、計画変更案への賛成を促す答弁をしていました。
09年11月15日 088 八ッ場ダムの夏期利水容量は2500万㎥しかありませんので、たとえ昨夏までに八ッ場ダムが完成していたとしてもそれほど役に立ったとは思われませんが、それはともかくとして、昨夏の利根川渇水は見かけだけの渇水でした。(写真右=利根川中流 前橋市、群馬県庁付近)
 そもそも、取水制限が開始される理由となった利根川水系ダムの貯水量の急減は、ダムの過剰放流に原因がありました。ダムの過剰放流については、その事実を明らかにした解析結果を以下のページで昨年6/13付けで報告しています。

「渇水報道」の真相―つくられた渇水~利根川水系ダム貯水量急減の原因「ダムの過剰放流」(2016年) 
 http://u0u1.net/BLaK

 昨夏の利根川渇水について、もう一つ重要なことがあります。それは、渇水と騒がれたものの、実際には生活への影響がなかったという事実です。
 以下に、昨夏の各都県水道・工業用水道のデータを情報公開請求で入手して検討した結果を報告します。

1 埼玉県さいたま市のお知らせ
キャプチャ 昨夏の渇水で生活への影響がなかったことは、埼玉県さいたま市が昨年6月15日に発表した「お知らせ」に端的に示されています。(参照→)

◆さいたま市公式サイトより
「(平成28年6月15日記者発表)さいたま市水道局渇水対策本部の設置について」
 http://www.city.saitama.jp/006/014/008/003/005/003/p048758_d/fil/kassui.pdf
(1)埼玉県企業局では、利根川水系からの取水10%制限を実施するが、さいたま市への送水制限は行わないため、市民生活への影響はございません。

—–転載終わり—–

 さいたま市は、埼玉県水道が利根川・荒川から取水して浄化した水の供給を受けています(県水)。その県水と、自己水源である地下水をブレンドして市内に給水していますが(9割近くが県水)、上記のさいたま市のお知らせにある通り、取水制限の期間も県水の送水制限はなかったのですから、市民生活への影響もありませんでした。
 これはさいたま市だけでなく、利根川流域の各水道で共通してみられる状況でした。国交省の発表を伝えるマスコミの報道を見て、利根川の渇水で深刻な事態に至っていると受け止める人もいたようですが、実際は市民生活への影響は皆無でした。

2 埼玉・群馬・茨城・千葉県水道の取水量の経過

(1)埼玉県水道
 それでは、埼玉県水道の取水量は、昨年夏はどのような経過を辿ったのでしょうか。
 埼玉県は利根川、荒川、江戸川から取水しています。荒川での取水は、(独)水資源機構が利根川の利根大堰から取水して武蔵水路で荒川に送水した水と、荒川由来の水源とを合わせての取水です。

(図1)

(図1)※クリックで拡大

 右図(図1)は埼玉県水道の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示したものです。荒川からの取水量(大久保浄水場、吉見浄水場)、江戸川からの取水量(庄和浄水場、新三郷浄水場)、利根川からの取水量(行田浄水場)は、いずれも取水制限期間(6月16日~8月23日)中であってもほかの期間と比べて落ち込んでおらず、取水制限の影響は見られません。
 この図から、1で述べたさいたま市水道局のお知らせのとおり、埼玉県水道から各市町水道への送水制限は行われなかったことがわかります。

(2)群馬県水道

(図2)※クリックで拡大

(図2)※クリックで拡大

 群馬県水道は県央第一水道と県央第二水道が利根川上流部、東部地域水道が利根川中流部で取水しています(このほかに渡良瀬川から取水している新田山田水道があります)。
 右図(図2)に群馬県水道の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。県央第一水道、県央第二水道、東部地域水道とも、取水制限期間中における取水量の減少は見られません。

(3)茨城県水道

(図3)※クリックで拡大

(図3)※クリックで拡大

 茨城県水道は県南利根川浄水場と県西水海道浄水場が利根川下流部から取水しています。このほかに霞ヶ浦、那珂川から取水している茨城県水道があります。
 右図(図3)に利根川から取水している浄水場の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。県南利根川浄水場と県西水海道浄水場とも、取水制限期間中の取水量が小さくなる傾向は見られません。

(4)千葉県水道

(図4)※クリックで拡大

(図4)※クリックで拡大

 千葉県水道は北総浄水場は利根川下流部、柏井浄水場は利根川下流部と印旛沼、栗山浄水場とちば野菊の里浄水場が江戸川から取水しています。
 右図(図4)に千葉県水道の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。利根川からの取水量は取水制限期間中、やや小さくなる傾向がありますが、江戸川、印旛沼からの取水量は取水制限中も減っていません。

(5)北千葉広域水道企業団と印旛郡市広域市町村圏組合

(図5)※クリックで拡大

(図5)※クリックで拡大

 千葉県には一部事務組合の水道用水供給事業(水道の卸売り事業)がいくつかあります。利根川水系から取水しているのは、北千葉広域水道企業団と印旛郡市広域市町村圏組合です。北千葉広域水道は江戸川、印旛郡市水道は利根川下流部と印旛沼で取水しています。ただし、印旛郡市水道は浄水場の管理を千葉県水道に委託しています。
 右図(図5)に北千葉広域水道と印旛郡市水道の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。北千葉広域水道も印旛郡市水道も取水制限期間中に取水量が減る傾向は見られず、北千葉広域水道に至っては取水量がやや増加しています。

 以上のとおり、埼玉県水道、群馬県水道、茨城県水道、千葉県水道、千葉の企業団・組合の水道用水供給事業について利根川水系からの取水量の経過を見ると、取水制限期間における取水量の削減は基本的に行われていません。したがって、これらの県民にとって利根川取水制限の生活への影響がなかったことは明らかです。

【参考】千葉県工業用水道の取水量の経過

(図6)※クリックで拡大

(図6)※クリックで拡大

 利根川水系の千葉県工業用水道のうち、千葉浄水場と袖ケ浦浄水場は利根川下流部、五井姉崎浄水場は印旛沼、東葛・葛南浄水場は江戸川から取水しています。
 右図(図6)に千葉県工業用水道の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。江戸川からの取水量は取水制限期間中もほとんど同じですが、利根川からの取水量は取水制限に入ると多少減り、7月に入ると、大きく減少しています。しかし、それを埋め合わせるように印旛沼からの取水量が増加しており、利根川・江戸川全体の取水量はあまり変わっていません。
 なお、利根川水系の工業用水道は千葉県の他に群馬県、埼玉県、東京都等の工業用水道もありますが、千葉県のそれと比べて規模が小さいので、取水量の経過の図を割愛します。

3 東京都水道の給水量・取水量の経過
 東京都民も利根川取水制限の影響がなかったことは埼玉県水道等と同様です。

(図7)※クリックで拡大

(図7)※クリックで拡大

 右図(図7)に東京都水道の給水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。東京都水道の給水量は取水制限期間中に減少した様子はなく、利根川の取水制限は東京都民の生活に影響するものではありませんでした。

 ただし、東京都は他の県と比較すると、違うところがあります。
 東京都水道の水源は利根川水系、荒川、多摩川などがあります。利根川水系は江戸川での取水と荒川での取水があります。荒川での取水は埼玉県と同様、(独)水資源機構が利根川の利根大堰から取水して武蔵水路で荒川に送水した水と、荒川由来の水源とを合わせての取水です。

(図8)※クリックで拡大

(図8)※クリックで拡大

 右図(図8)に江戸川、荒川(利根川を含む)、多摩川その他のそれぞれの取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。江戸川の取水量は取水減期間中においてもあまり変わっていませんが、荒川(利根川を含む)は取水制限が始まる前の6月10日から大きく減り〈4割程度〉、それを埋めるように多摩川その他の取水量が大幅に増加しています。
 一見、東京都が利根川渇水に協力するため、利根川からの取水量を減らし、小河内ダム等の多摩川取水量を増やしたようにも見えます。過去の利根川渇水において、東京都が小河内ダムの温存策をとり、東京都のみが優位な状態にあることに対して利根川流域の他県からブーイングがあったことが影響しているのでしょうか。
 ただ昨夏の渇水では、東京都は取水制限開始前である6月10日から利根川・荒川から多摩川への転換を進めており、その転換の本当の理由は不明です。

4 利根大堰での都市用水・農業用水の取水量の経過
 1~3で述べたように、昨夏の利根川渇水において、流域の各都県水道は取水制限期間中も給水量を減らすことはなく、生活への影響はありませんでした。
キャプチャ それでは、利根川で最大の取水が行われる利根大堰では、取水量がどのような経過を辿ったのでしょうか。
(右写真=パンフレット「利根導水路」より、独立行政法人水資源機構

 利根大堰は利根川の中流にあって、ここで東京都と埼玉県の水道用水・工業用水のための取水と、埼玉の農業用水(見沼代用水、埼玉用水)と群馬の農業用水(邑楽用水)の取水が行われます。都市用水(水道用水と工業用水)と農業用水を合わせた水利権は最大で毎秒約108㎥にもなります。利根大堰で東京と埼玉の都市用水のために取水した水は、武蔵水路を通って荒川に送られ、東京都と埼玉県それぞれが荒川の中流部で取水します。参考のため、利根大堰の取水の経過も調べてみました。

(図9)※クリックで拡大

(図9)※クリックで拡大

 右図(図9)に利根大堰における都市用水(水道用水と工業用水)の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。都市用水の取水量は、図8に示した東京都の荒川(利根川を含む)の取水量の減少に対応して、6月10日から都市用水の取水量が4割以上も減っています。

(図10)※クリックで拡大

(図10)※クリックで拡大

 右図(図10)に利根大堰における農業用水の取水量の経過〈2016年4月~9月〉を示します。農業用水も取水制限開始の数日前から取水量が減り始め、1~2割の削減が行われています。

 昨夏の渇水における利根川の取水制限率は10%です。これは申告した計画取水量に対する削減率であり、計画取水量は実際の取水量を大きめに申告しますので、実際の取水量はほとんど減らさなくて済みます。図1~6において埼玉県水道等が取水制限期間中も取水量の削減が基本的に見られなかったのは、このことによるものです。しかし、利根大堰では都市用水も農業用水も取水制限率を上回る取水量の削減が行われました。特に都市用水の削減率は10%を大幅に上回っています。

 農業用水は取水制限開始までは余裕がある大きめの取水を行い、取水制限開始後は厳しく管理する傾向がありますので、そのことを反映しているのかもしれませんが、都市用水の実際の削減率が10%を大幅に上回ったのはなぜでしょうか。利根川から多摩川への一部転換を進める意図が全体としてあったことによるものとも考えられ、今後の検討が必要です。

5 各都県水道・工業用水道の保有水源と水源余裕率
 利根川を水源とする5都県の各水道・工業用水道の保有水源の内訳および2016年最大取水量と水源余裕率を下記の別表のとおり、整理しました。保有水源量は各水道事業体等が公表している数字を使いました。

別表 利根川を水源とする5都県水道・工業用水道の保有水源と2016年最大取水量・水源余裕率

 ここでは、東京都水道、埼玉県水道は利根川以外の水源を含め、千葉県水道・工業用水道、茨城県水道は利根川・江戸川の水源のみとしました。2016年の最大取水量は4~9月の最大値としました。
 一部の水道等の保有水源には暫定水利権が含まれています。暫定水利権は通年の暫定水利権と冬期(非かんがい期)のみの暫定水利権があります。昨年の夏期の渇水では冬季の暫定水利権は関係ありませんので、通年の暫定水利権を除いた保有水源を各水道・工業用水道の保有水源としました。

 各水道・工業用水道の水源余裕率を「100-(2016年一日最大取水量)/(保有水源)×100 」%で計算しました。下表のとおりです。

〈各水道・工業用水道の水源余裕率〉
キャプチャ水源保有率

 5都県全体としての水源余裕率は22%で、水源に十分な余裕があることがわかります。水需要が減少の一途を辿り、ダム建設等の水源開発が進んできたことを表しています。

綾戸堰(群馬用水取水口) 水道の中で水源余裕率が最も高いのは東京都水道で、23%です。水源余裕量は約140万㎥/日もあって、ダントツです。水源余裕率は埼玉県水道17%、群馬県水道20%、千葉県水道14%、北千葉広域企業団12%で、余裕があります。工業用水道の方は千葉県、群馬県、埼玉県、東京都とも水源余裕率が高く、21~74%になっています。
(写真右=利根川上流、群馬用水の取水口がある綾戸堰)

 一方、八ッ場ダムや霞ヶ浦導水事業の暫定水利権に多くを頼る茨城県水道、印旛郡市広域水道は暫定水利権を除く水源の余裕率がマイナスになっていますが、実際に取水に支障をきたすことはありませんでした。
 利根川の暫定水利権は取水制限時に10%を上乗せして取水を抑制するという話が一時ありましたが、昨夏の渇水はそのようなことは実施されず、互譲の精神で進められ、で述べたように各水道の取水量は取水制限時もほとんど変わららず、取水し続けました。

 水需要の長期的な減少傾向で水余りがますます顕著になっていく時代においては、互譲の精神で水源を融通すれば、八ッ場ダム、霞ケ浦導水事業、思川開発などの新規水源開発なしで、渇水年の到来に対して十分に対応することができます。