今年も大寒の1月20日、川原湯温泉の打越代替地で湯かけ祭りが行われました。例年、冷え込みの厳しい早朝に行われる行事ですが、今年は雪が降り、マイナス10度を下回りました。

湯かけ

湯かけ3 湯かけ祭りは、もともとは冬から春へ季節が移り替わる節目に行われた素朴な祭りで、野蛮な祭りであったともいわれます。(参照:やまた旅館「湯かけ祭り考」
 代替地での湯かけ祭りは今年で3年目になります。水没予定地の旧温泉街で行われた湯かけ祭りは、場所は狭かったものの、温泉が湧き出る王湯の泉源の上の舞台で神事が執り行われ、湯かけ合戦は川原湯神社を含む温泉街の中心部が会場でしたから、自然と人間が一体となった力強さがありました。ダム事業が進むにつれて、参加する事業関係者がふえていったのは川原湯の他の祭りも同様です。

湯かけ2 戦後、湯かけ祭りは観光客が集まりにくい厳寒期の観光の目玉としてショー化されてきた経緯がありますが、最近は、マスコミが取り上げる季節のイベントという側面が強くなっているようです。今年の湯かけ祭りでは、昨年よりステージを前に出して、旧温泉街での雰囲気に近づける工夫がなされたそうです。それだけステージと観衆の距離が縮まって迫力が増したのですが、肝心のステージを報道陣やカメラマンがぐるっと囲んで、一般の観光客が見にくいという声も聞かれました。
 湯かけ祭りが終わると、やがて光の春の季節がやってきますが、しばらくは荒れた天気が続きそうです。
 
DSCF9367 (2) 関連記事を転載します。各社横並びの報道の中、毎日新聞が地元住民の不満の声を取り上げています。
 川原湯温泉の再建は八ッ場ダムの生活再建事業の核であった筈ですが、人口が減少し、集落が縮小する中、代替地の川原湯温泉は、これまで国交省や群馬県が描いてきた未来図とはかけ離れているのが現状です。川原湯温泉の”元の湯”(旧源泉)は、代替地へ引湯される計画ですが、岩の割れ目から自然に湧き出ている温泉を引湯するのは技術的に困難であるからか、今も水没予定地に湧出している”元の湯”は、崖を伝って吾妻川に流れ落ちています。”新湯”(ダム事業で掘り当てた温泉)はすでに代替地へ引湯されていますが、1キロ以上の長距離の引湯である上、何十メートルもポンプアップしているため、ダム事業終了後、維持管理費が地元にとって大きな負担になる可能性があります。
写真右上=川原湯温泉の”元の湯”が自然湧出している水没予定地の泉源周辺。背後に、最後に残ったやまきぼし旅館の建物。

◆2017年1月21日 毎日新聞群馬版
 http://mainichi.jp/articles/20170121/ddl/k10/040/106000c
ー湯かけ祭り 大寒、ほとばしる熱気 川原湯温泉 /群馬ー

 「大寒」の20日早朝、長野原町の川原湯温泉で、伝統の奇祭「湯かけ祭り」が行われた。氷点下約10度の厳しい冷え込みの中、下帯姿の参加者たちが「お祝いだ」と叫びながら湯をかけ合い、「湯の神」に感謝した。

 祭りは、400年余り前に温泉の湯が枯れた際、村人が鶏を奉納して祈ったところ、湯が再び湧き出したため「お湯わいた、お湯わいた」と言って喜んだのが起源。その後、かけ声は「お祝いだ、お祝いだ」に転じたという。

 この日は午前5時から、共同浴場「王湯」の前で、神事の後、総大将の豊田和男さん(46)のかけ声に続き、赤と白の下帯姿の小2~58歳の参加者54人が一斉に激しく湯をかけ合った。最後に紅白のくす玉に湯をかけ、中から出てきた鶏を奪い合った。

 八ッ場ダム建設に伴い、祭り会場が2015年に現在の高台の代替地に移転して3回目。川原湯温泉協会の樋田省三会長(52)は「今年も盛大に祭りができたことに感謝したいが、まだ新たな街が完全に出来上がっていないのは残念だ」。総大将の豊田さんも「例年通り、祭りができたことはうれしいが、昨年6月にダム本体打設工事が始まったのに、いまだに地区住民の生活再建への要望は十分にかなえられていない」と話した。【吉田勝】
 
 
◆2017年1月20日 NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170120/k10010846381000.html
ー群馬 川原湯温泉で伝統の「湯かけ祭り」ー

 群馬県長野原町の川原湯温泉で、伝統の「湯かけ祭り」が20日朝行われ、寒空の下、参加者たちが湯をかけ合って1年の無病息災を願いました。
川原湯温泉の「湯かけ祭り」は、およそ400年前に温泉の湯が出なくなった際、にわとりを奉納したところ再び湧き出したため、湯をかけて喜び合ったのが始まりとされています。

 20日は午前5時から祭りの会場の地元の共同浴場の前で神事が始まり、祭壇の前には紅白の組に分かれた下帯姿の参加者およそ60人が並びました。

 はじめに、「ことしもお湯をいただきました」と神前で報告が行われたあと、参加者たちは「お祝いだ」というかけ声の下、湯をかけ合いました。そして、会場につるされたくす玉に湯がかけられて中からにわとりが出てくると、参加者たちはわれさきにと捕まえ、祭壇に奉納して1年の無病息災を願いました。

 会場は、氷点下の厳しい冷え込みになりましたが、周辺には湯気が立ちこめ、訪れた人たちは、寒さを忘れて見入っていました。

 参加した男性は「先週末も寒くて、きょうも寒かったので、どうなるかと思いましたが、無事に終わってよかったです」と話していました。

◆2017年1月20日 共同通信
http://www.sankei.com/life/news/170120/lif1701200029-n1.html
ー氷点下11度…ふんどし姿で湯かけ合う 群馬・川原湯温泉ー

 群馬県長野原町の川原湯温泉の共同浴場「王湯」で20日早朝、伝統の「湯かけ祭り」があり、紅白に分かれたふんどし姿の若者らが無病息災を祈願し、湯をかけ合った。

 約400年前、湯が枯れた源泉に村人が鶏をささげると再び湧き出し「お湯湧いた」(お祝いだ)と湯をかけ合ったのが起源とされる。

 午前6時ごろ、氷点下11度まで冷え込む中、60人の男たちが「お祝いだ、お祝いだ」と叫びながら威勢よくおけにくんだ湯をかけ合った。約150人の見物客も、湯しぶきを浴びながら写真を撮るなど勇壮な奇祭を堪能した。

 合戦後、鶏が入ったくす玉を目がけて湯をかけ、中から飛び出した鶏を湯の神に奉納した。鶏を捕まえて今年の福男となったシンガポールから来た会社員、モミ・イズミダさん(32)は「一年の初めで運に巡り合えた。今年しっかりやっていこうと思う」と気を引き締めた。

 もう一人の福男の東京都目黒区の会社員、吉田裕紀さん(31)は「寒い中、無事にやれてよかった。福男になったのでいい一年にしていこうと思う。今一番やりたいことはお風呂に入ること」と体を震わせながら喜びを語った。

◆上毛新聞 2017年1月23日 ニュース動画
 http://www.jomo-news.co.jp/movie/?v=NTM3&mid=537

◆2017年1月21日 産経新聞
 http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/170120/lif17012021290021-n1.html
ーふんどし姿で「お祝いだ」 氷点下11度の群馬・川原湯温泉で「湯かけ祭り」ー

 氷点下11度、まだ暗い大寒の20日早朝、ふんどし一丁の男衆60人が今年も豪快に湯をかけ合った。400年の歴史を持つ川原湯温泉(長野原町)の奇祭「湯かけ祭り」。八ッ場ダム建設に伴い高台に移動した共同浴場「王湯」を舞台に行われるのは3回目。湯けむりの中、無病息災と温泉街の繁栄を祈り「お祝いだ!」の叫び声が響きわたった。

 日の出前の午前5時、勇壮な湯かけ太鼓とともに神事が始まった。神主の祝詞、酒だるの鏡割りの後、8歳から58歳という60人が鉢巻、下帯、足袋、真新しい手おけを手に登場。紅白2組に分かれて気勢をあげる。湯で体を暖めているとはいえ吐く息は真っ白だ。

 鎌倉時代に見つかったという温泉の湯が出なくなったのが400年前。困った村人が鶏を供え祈祷(きとう)すると、湧き出し、「お湯湧いた」「お祝いだ」と祝いの湯をかけ合ったのが由来だ。

 午前6時、「お祝いだ、お祝いだ」。叫び声ととも湯のかけ合いが始まった。2百人近い見物客も湯しぶきを浴びながら見入っている。辺りは白い湯気と熱気であふれかえった。

 クライマックスはくす球割り。一斉に湯をぶつけ、くす玉から出てきた鶏を捕獲し今年の福男となった東京都目黒区の会社員、吉田裕紀さん(31)は「いい一年にしたい。でも今、一番したいのは風呂に入ること」と体を震わせた。

 高台に移転して今年で3回目。祭りは盛り上がったが、川原湯温泉の山木館の樋田文子さん(67)は「普段は団体客がほとんどなく個人客がぽつぽつという状況。早くダムが完成し昔のようなにぎわいが戻ってほしい」と話していた。(納冨康)

写真下=川原湯の打越代替地。
山と代替地