王湯 (2)shuku 八ッ場ダムの水没地には、川原湯温泉の源泉が今も湧出し、湯煙を上げながら崖をつたって流れ落ちています。
(写真右=温泉街のシンボルだった共同湯・王湯。2016年6月解体。)

 このほど、川原湯温泉の源泉に関する中央温泉研究所の報告書が情報開示されましたので、ホームページに公開しました。

 ◆2017年5月2日 国交省関東地方整備局より情報開示
  H27源泉保護対策等検討業務報告書(公益財団法人中央温泉研究所、H29年3月)
  http://yamba-net.org/doc/20170502.pdf

 ★H27源泉保護対策検討業務の検討内容(随意契約結果及び契約の内容)
  http://yamba-net.org/wp/wp-content/uploads/2017/05/72ed3138cfd855331708ae2f6c38608d.pdf

1. 川原湯温泉の旧源泉とダム事業で開発された新源泉
王湯 (3) 川原湯温泉の住民は、1960~70年代、生活の糧である温泉源を沈めるダム計画に強く反発しました。しかし、建設省と群馬県の切り崩しによって温泉街は疲弊し、水没線より標高の高い山の中腹に代替地を造って温泉を引湯する「生活再建」を条件に、1992年、やむなく八ッ場ダム事業を受け入れました。(写真=共同湯・王湯の浴槽跡。)

 1989年には、群馬県が源泉から約55メートルの川原湯神社の裏手で約360メートル掘削し、新源泉を開発。現在、川原湯温泉の移転地である打越代替地に引湯されているのは、この「新湯(あらゆ)」(新源泉)です。

旧源泉 「新源泉」に対して、水没地の川原湯温泉に自然に湧き出ている本来の源泉を「旧源泉」と呼びます。
(写真右=川原湯の主力源泉であった「元(もと)の湯」の湧出地は木蓋で覆われている。周辺には濃厚な湯の香。)

 今回の開示資料は、ダム湛水を前に旧源泉の保護対策を検討した結果報告ですが、旧源泉周辺では昨年6月に共同湯の王湯の建物が解体されたことから、これまでより詳細な調査が可能となったため、開示資料にはこれまで知られていなった旧源泉の情報が含まれています。

 周辺の地質調査では、源泉が川原湯斜長斑岩(流紋岩)の分布域にあることが確認されています。
 一方、新源泉は斜長斑岩の深部(約360㍍)に賦存する温泉を直接採取する形になっています。この深部の温泉は旧源泉の方向(山側⇒吾妻川の流れる谷側)に流れ、斜長斑岩の亀裂に沿って上昇しているものの、地表近くは不透水層である集塊岩(川原畑層)に覆われているためそのまま上昇できず、斜長斑岩と集塊岩との境界部に留まって貯留され、境界部に近い集塊岩に発達した亀裂に沿って拡散し、湧出していると考えられます。

2. 旧源泉
(右図=開示資料2-1-9ページの地図より切り抜き)
温泉位置図・元(もと)の湯― 共同湯であった王湯の脇(長野原町大字川原湯字上打越乙290番地)から湧出。含硫黄ーカルシウム・ナトリウムー塩化物・硫酸塩温泉。「草津の上がり湯」と呼ばれ、まろやかな泉質。泉温66.6度(2016年8月4日測定)。八ッ場ダムの満水位は標高583メートルだが、源泉高は約574メートル。2010年まで県有泉であったが、長野原町へ譲渡。
 新湯開発前は約126㍑/min の湧出量があったが、新湯の影響を受け、1989年以降、次第に湧出量が低下。

虎湯― 王湯に隣接していた旧みよしや旅館敷地内にあったが、湧出量が少なく2010年に廃孔届。元の湯と泉質がほとんど同質。

智与の湯― 旧丸木屋旅館地下に湧出。次第に低温化し、2012年廃孔届。

目の湯― 王湯とやまきぼし旅館をつなぐ通路の道路側から湧出。県有泉であった。1991年に水温41.8度の記録があるが、次第に温度が低下し、2012年廃孔届。

ますや源泉― ますや旅館があった温泉街の坂下の大沢より旧・川原湯温泉駅側の沢に位置していたとされるが未確認。現状では地形改変された場所にあった。2008年廃孔届。

養寿館源泉― 平成19年度に廃止されたが、現在も湧出を確認。元の湯より吾妻川に近い低所部に存在。湧出量僅かで低温。

川原湯温泉の他の温泉の測定結果表

3. 王湯源泉
王湯の浴槽 共同湯・王湯には三本の給湯管から三種類の源泉が注がれていました。元の湯と新湯(新源泉)、そしてこの王湯源泉です。(右写真=開示資料2-3-27ページ掲載のこの写真では、王湯源泉を「出所不明の温泉」としている。)
 王湯源泉は群馬県の温泉台帳にはありませんが、昨年の調査で源泉の給湯管が浴場内のコンクリート(厚み1メートル)の下から出てきていることが確認されました。
 正式な源泉名は「王湯湧出源泉」。湧出地は長野原町大字川原湯字上打越甲290番地。

 これまでの調査で元の湯直下から、元の湯に上昇する温泉の流れの一部が浅部において王湯側へ分岐していることも確認されており、報告書ではこれが王湯源泉である可能性が高いとしています。また、昨年8月の調査の結果、元の湯と王湯源泉の全体湧出量はほぼ一定であることから、二つの源泉は一体と考えられるということです。

貯湯槽アップshuku4. 新源泉が旧源泉に与える影響
 群馬県は新源泉が利用されるようになった1990年以降、新源泉が元の湯源泉に与える影響を調査してきました。新源泉と元の湯源泉は湯脈がつながっていると考えられるからです。
 これまでの調査結果は、以前に情報開示された「水源地域生活再建対策事業(川原湯温泉湧出状況変化解析業務委託)報告書」などで知ることができます。この報告書は社団法人群馬県温泉協会が出していますが、調査のとりまとめは今回の開示資料と同様、中央温泉研究所です。
(写真右上=新源泉の貯湯槽、右下=木蓋をとった元の湯の湧出地。温泉に含まれる硫化水素により、躯体のコンクリートが腐食・分解している。左奥の石段の下が温泉の主な湧出箇所 開示資料・巻末資料51ページ)

 この報告書の説明によれば、旧源泉への影響を最小限にするには、新湯の湧出量は「150㍑/min 以下」に抑える必要がありますが、2005年~2011年の新湯の湧出量の変化を示す下の表を見ると、湧出量は約200~250㍑/minである年が多くなっています。以下の報告書の説明からも、新源泉の利用に伴う旧源泉の減少はあらかじめ予想されていたことが伺えます。

★群馬県温泉協会の報告書(平成18年3月)より (太字と注は当会による)
元の湯の湧出地「新源泉の利用に伴い、既存の元の湯源泉及び虎湯の湧出量は漸減傾向にあり、新源泉の湧出による影響が出現しているものと推定される。」
「しかし、新源泉はすでに川原湯温泉の主力源泉となっており、県有泉1井に頼っていた頃に比較すると、川原湯温泉全体の湧出量は、新源泉の利用によってほぼ倍以上も増加したことになる。現在の川原湯温泉は、新源泉抜きでの温泉利用は考えられなくなっているのが現状である。既存源泉に影響が及ばないように新源泉の湧出量を制限し、かつ全体湧出量も減少させないようにすることはかなり困難(実質上は不可能)であり、今後の問題は如何に全体湧出量を維持するかにかかっているといえよう。」
元の湯源泉の湧出量は長期的には減少傾向が続いているが、ただちに枯渇化するような状態ではない。
「新源泉の湧出量を190㍑/min 程度に設定した時には、元の湯源泉の湧出量は(本来の湧出量126㍑/min から)90㍑/min 前後に下がり」、「新源泉の湧出量を150㍑/min程度としたときには元の湯源泉の湧出量が123.1㍑/min にまで回復したことから、新源泉の湧出量を150㍑/min 以下とすれば、元の湯源泉への影響を最小限に止めることができるかもしれない
(注:元の湯は報告書作成当時は群馬県所有であったため、報告書では「元の湯源泉」を「県有泉」と表記。)

新湯の湧出状況

5. 元の湯の全体湧出量
 実際、この間、元の湯源泉の湧出量は減少してきています。新源泉が開発される1989年以前の元の湯は毎分約126リットルの湧出量があったとされますが、今回の開示資料には昨年8月の調査結果が以下の表のように示されています。元の湯の湧出量は毎分50リットル前後です。

元の湯の測定結果

笹湯の吞み口 しかし、今回の報告書では、元の湯源泉の全体湧出量は、上記湧出量に笹湯への到着湯量を加えなければならないとしています。
(写真右=開示資料2-3-27ページ 「元の湯源泉の王湯、笹湯への給湯口 平成28年8月」 四角い配湯枡の中央に元の湯からの湧出口があり、その両側に共同湯の王湯と笹湯の飲み口がある。)

 王湯とともに旧川原湯温泉街の共同湯であった笹湯は、「室外に温泉の受け枡があり、そこで元の湯と新湯を混合し、笹湯浴槽に給湯していたが、いつの頃からか元の湯の供給はほとんどなく、新湯から補給できる温泉でようやく運用できる状態になっていたと言われ」てきたということです。しかし、開示資料では、今回の調査により「笹湯には元の湯の温泉が供給されていることが確実となった」と報告されています。

 以下の表では、王湯源泉と元の湯を一体とし、笹湯への着湯量も加えた数値を示しています。
 これらの合計湧出量は毎分70リットル台となり、合計しても新湯開発前の毎分約126リットルよりかなり少ないことがわかります。元の湯以外の源泉と新源泉との関係は必ずしも明確ではありませんが、新源泉の開発前は使われていたこれら小さな源泉がほとんど湧出していないことを考えると、この間の旧源泉の減少量はさらに大きなものとなります。

元の湯と笹湯

源泉保護対策工法案6.元の湯の保護対策工法の検討
 今回の開示資料では、元の湯源泉の保護対策工法としてA~Dの4案が示され、そのうち擁壁と井筒で元の湯の湧出範囲を保護するC案(右図)が最も良いと結論づけています。元の湯の山側には町道が建設される予定です。

 C案は、元の湯の周囲の基盤層を露出させ、コンクリート基礎を構築し、源泉を円形のコンクリート井筒(直径約7.5メートル)で囲み、井筒の周囲は盛り土する案です。ダム湖の湖水(右図の水色の部分)と盛り土が接する場所には擁壁を設置し、井筒内に揚湯(排水)用のポンプを設置、かつての川原湯温泉の唯一の名残となる現状の源泉形態を井筒上部から観察できる(2-5-3ページ)と説明しています。

 開示資料を読む限り、元の湯を代替地へ引湯することは検討されていないようです。すでに新源泉が代替地へ引湯されており、岩の割れ目から自然に湧き出ている元の湯を引湯するのは新源泉の引湯より困難だからでしょうか。
 地元がダム計画を受け入れる条件は、「代替地への温泉引湯」でした。川原湯本来の源泉である元の湯を代替地へ引湯しないという説明は、地元住民にも伝えられていないようです。新源泉と旧源泉は湯脈が繋がっているとはいえ、地下深部からボーリングで掘り出した新源泉と自然湧出の旧源泉では、まろやかさが違うと温泉の専門家が指摘しており、地元住民も二つの源泉の違いをよく知っています。
 「名残」として観察する設備をつくるだけでお茶を濁すとすれば、住民との約束をここでも反故にすることになります。

7. 元の湯以外の源泉の保護対策について
 今回の開示資料では、旧源泉は「元の湯」以外はすべて廃止されているので、水没に備えて保護する必要はないものの、「元の湯」にダム湖水等が浸透したり、逆に「元の湯」から温泉が拡散するような障害が発生しないよう、温泉湧出などを適切に遮断する必要があるとしており、各源泉について次のように記しています。

養寿館の源泉★元の湯以外の源泉への対策案
〇虎湯と養寿館源泉・・・湧出量が微量であることから、温泉湧出部位の岩盤を含めてコンクリート等により蓋をすることが考えられる。
〇智与の湯・・・丸木屋地下の源泉を掘り起こし、対策を検討。
〇目の湯・・・元の湯保護工事で町道を掘削する際に状況確認し、対策検討。
〇ますや源泉・・・場所が特定できず、元の湯から距離があることから、対策なし。
(写真右=養寿館という旅館のあったところに今も湧出している養寿館源泉。落ち葉がたまっている。)

 たとえ元の湯に保護対策を講じたとしても、川原湯温泉のもともとの温泉が残るとは到底言えませんが、果たしてこの保護対策が将来にわたって有効であるのか不透明です。

8.打越代替地への配湯管の付け替え
町道建設準備 打越代替地へ新湯を運ぶ送湯管は、旧川原湯温泉街の山の中腹につくられる「町道川原湯温泉幹線街路」に埋設されることになっていますが、まだ町道ができていませんので、現在は町道建設ルートに露出している状態です。
 町道建設の本格化にともない、暫定管を工事の邪魔にならないよう設置し直す必要が生じています。中央温泉研究所の報告書では、旅館や住宅が解体された谷側の斜面に設置することが望ましいとしています。しかし、新たな管路も町道に送湯管を埋設するまでの暫定となります。
(写真右=旧温泉街では樹木を伐採し、町道建設の準備が進んでいた今年3月。王湯から温泉街の坂道を下ると、谷側の山木館の敷地内にカツラの大樹が聳え、山側に縄のれんの飲食店があった。4月から立ち入り禁止。)

大沢のポンプトリミング 開示資料によれば旧・川原湯神社の脇の新源泉から大沢のポンプ中継所まで、送湯管は直線距離でも500メートル近くあります。さらに打越代替地へポンプアップして、広大な代替地の各施設へ管路で配湯します。(写真右=大沢のポンプ中継所)

 温泉管には温泉の成分(スケール)が付着し、そのままでは閉塞してしまいますので、定期的な清浄・除去が欠かせません。旧温泉街では源泉が温泉街の最も標高の高いところに自然湧出し、地形を利用して各旅館に流下させればよかったのですが、代替地への温泉配湯には長距離の温泉管や揚湯施設など、膨大な設備が必要になりました。現在はこれらの施設管理を国交省が行っていますが、ダム完成後は地元が維持していくことになります。代替地で営業している宿泊施設がわずか5軒と、かつての四分の一に減少している状況で、維持管理が地元にとって大きな負担となることが懸念されます。