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関係都県知事の事実認識

(2009年11月6日)

 東京都、埼玉県、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県の1都5県の知事は10月19日、「八ッ場ダム建設事業に関する1都5県知事共同声明」を発表しました。その内容は、「八ッ場ダムは利根川の治水・利水上必要不可欠な施設であるので、八ッ場ダム建設事業中止の撤回」を国に求めたものです。
 しかし、この声明で示された八ッ場ダムが必要だとする治水・利水上の論拠はいずれも事実を誤認したものばかりです。今回の声明で逆に、八ッ場ダム建設事業を継続することの科学的な根拠が如何に希薄であるかが明らかになりました。
 知事共同声明の事実認識の主な誤りは以下のとおりです。


「八ッ場ダム建設事業に関する1都5県知事共同声明」の事実認識の誤り

1.利根川の河川改修を長年進めてきたにもかかわらず、カスリーン台風と同規模の洪水の来襲で被害が大きく拡大するという不可解な話。


知事共同声明

 現時点でカスリーン台風と同規模の洪水が発生した場合には利根川の至る所で堤防が決壊する可能性があり、国土交通省の試算によれば、カスリーン台風時と同様に埼玉県大利根町で利根川の堤防が決壊した場合の想定被害額は34兆円にも達する。

共同声明の誤り

 共同声明の参考資料には図1が示されている。それによれば、カスリーン台風による当時の氾濫面積は440km2で、同規模の洪水が発生した場合は氾濫面積が530km2に拡大し、想定被害額が34兆円に達するというのである。

 しかし、この話は少し考えれば不可解な話である。昭和22年のカスリーン台風来襲のあと、同じような被害を繰り返さないために、利根川では堤防嵩上げや河床掘削などの河川改修が延々と行われてきた。それにもかかわらず、同規模の洪水が来ると、氾濫面積がむしろ拡大してしまうというのである。昭和22年のあと、延々と行われてきた河川改修の成果はどこにいってしまったのか。氾濫面積がむしろ拡大するということは、河川改修の成果がゼロどころかむしろマイナスであることを意味する。

図1 利根川堤防の決壊による被害想定(共同声明の参考資料)
図1 利根川堤防の決壊による被害想定(共同声明の参考資料)

 なぜそのように不可解な計算結果になるかといえば、それは、氾濫しやすい条件を設定して計算をしたからに他ならない。現実と遊離した机上の計算の結果に過ぎないのである。

 図1は国交省が計算して作成したものだが、国交省の役人は利根川の氾濫を防ぐために河川改修に力を注いできた先輩たちの苦労をどう思っているのだろうか。先輩たちの長年の苦労を否定するような計算結果を示し、知事たちがそれを疑うことなく、真に受けているのである。

 カスリーン台風の実績のピーク流量は公称毎秒17,000m3とされ、同台風が現在再来した場合のピーク流量は国交省によれば、毎秒16,750m3であるから(上流部での氾濫とダムの洪水調節があるから毎秒22,000m3ではなく、16,750m3になると国交省が説明)、ほぼ同じ流量である。利根川の河川改修を長年進めてきたのに、ほぼ同じ流量で決壊して氾濫面積が大きく拡大することはありえないことである。

 実際に、国交省が決壊箇所としている(河口から)136km地点について最近50年間で最大洪水である平成10年9月洪水の最高痕跡水位をみると、図2のとおり、堤防の天端から約4mも下にあるから、それから考えても、カスリーン台風の再来で決壊するようなことはありえないことである。決壊はあくまで国交省の机上の計算によるものなのである。

図2 利根川・八斗島-栗橋の洪水痕跡最高水位(平成10年9月16日洪水)
図2 利根川・八斗島-栗橋の洪水痕跡最高水位(平成10年9月16日洪水)



2.利根川堤防の漏水は堤防の補強で防止すべきことであって、八ッ場ダムにその防止効果を期待するのは非科学的である。


知事共同声明

 カスリーン台風ほどの大規模な洪水ではない近年の洪水においても、利根川の堤防や堤防下の地盤からの漏水が至る所で発生している。幸いにも水防団による懸命の水防活動により事なきを得ているが、これらの漏水はそのまま放置すれば堤防決壊につながる可能性がある非常に危険な現象である。

共同声明の誤り

 利根川の堤防や堤防下の地盤からの漏水の発生は堤防が決壊する兆候でもあるので、緊急にその対策を講じなければならないことは言うまでもない。しかし、それは堤防とその地盤を補強して対応すべきことであって、八ッ場ダムに堤防漏水の防止を期待するのは筋違いであり、非科学的である。

 図3は平成13年9月洪水において堤防の漏水が問題になった加須市付近の利根川横断図の模式図である。この洪水で八ッ場ダムがあった場合の八斗島地点での最高水位の低下を八ッ場ダム予定地近傍の岩島地点の観測流量から計算すると、最大で見て10cm程度である。加須市付近の同洪水の最高水位は同図のとおり、堤内地(堤防の外側)の地盤高から約4mの高さにある。漏水量は洪水位と堤内地盤高の差に比例すると考えられるから、八ッ場ダムによる水位低下を加須市付近でも10cmとすれば、それによる漏水減少率は0.10m ÷ 4m = 3%に過ぎない。そのわずかな漏水の減少を期待して何の意味があるのだろうか。知事たちは、堤防からの漏水を防ぐために堤防を補強することをなぜ、真っ先に考えないのであろうか。

 知事たちが都県民の生命と財産を守るために、洪水の氾濫を防ぐことを真剣に考えているならば、堤防の補強対策の早急な実施を国に求めるところであるが、それをせずに、筋違いの八ッ場ダムの完成を求めるのは、知事たちが都県民の生命と財産を守ることにさほどの重きをおいていないことを示している。

図3 利根川横断図の模式図(河口距離140km付近)
図3 利根川横断図の模式図(河口距離140km付近)



3.暫定水利権は長年取水し続けているもので、実質は安定水利権と変わらないものであるから、国交省の水利権許可制度の改善で解消することができる。


知事共同声明

 利水に目を転じてみると、関係都県では、水需要に対し、完成しているダム等のみでは安定的に供給できないため、八ッ場ダムに参画することを条件に、毎秒10.93立方メートルの暫定水利権を既に取得し給水している。
 暫定水利権は、河川に水が豊富なときにのみ取水が可能となる不安定な権利である。

共同声明の誤り

 八ッ場ダムの暫定水利権といっても、実質は安定水利権と変わることなく、長年取水し続けているものである。例えば、埼玉県水道が持つ八ッ場ダムの暫定水利権は表1のとおり、古いものは37年間も取水し続けている。その間、取水に支障を来たしことがない。

 八ッ場ダムの暫定水利権は、八ッ場ダムがなくても取水し続けることが可能なのであるから、安定水利権として認めればよいのだが、利根川の水利権許可権者は国交省で、八ッ場ダム建設の事業者も同じ国交省である。国交省は、水利権許可権をダム事業推進の手段に使っていると言っても過言ではない。暫定水利権の問題は、実態に合わない非合理的な水利権許可行政を改めれば解消されることである。

表1 埼玉県水道の暫定水利権(農業用水転用水利権の冬期取水が暫定水利権とされている。)
表1 埼玉県水道の暫定水利権(農業用水転用水利権の冬期取水が暫定水利権とされている。)



4.首都圏は最近は水余りの状況を反映して渇水の影響を受けにくくなっているし、平成8年の渇水も生活への影響は小さなものであった。


知事共同声明

 実際、首都圏の水需要の大部分を依存している利根川水系では、平成に入って以降において6回もの渇水に見舞われ、中でも平成8年には夏冬合わせて117日もの長期の取水制限が実施されている。

共同声明の誤り

 利根川水系では平成に入ってから6回もの渇水に見舞われたというけれども、給水制限は給水圧の調整にとどまり、断水にはほとんど至っていないから、生活への影響は小さなものであった。最も最近の渇水である平成13年渇水は取水制限が実質わずか5日間で終っており、利根川水系では最近十数年間は渇水らしい渇水を経験したことがない。

 さらに、最近は水需要の減少と水源開発の進捗で、各都県とも水余りの状況になってきているから、渇水があってもその影響を受けにくくなってきている。たとえば、東京都水道は保有水源を正しく評価すれば、図4のとおり、現在、約200万m3の余裕水源を抱えているから、八ッ場ダムによって新たな水源を確保する必要性は皆無となっている。


図4 東京都水道の保有水源と一日最大給水量の推移
図4 東京都水道の保有水源と一日最大給水量の推移



5.夏期の渇水時における八ッ場ダムの役割は小さく、また、平成8年渇水で八ッ場ダムがあれば、取水制限日数を100日短縮できたという話は現実を無視した架空の計算によるものに過ぎない。


知事共同声明

 (平成8年の取水制限において)仮にその時に八ッ場ダムが完成していたとすれば、取水制限日数を100日減少させることができる。

共同声明の誤り

 渇水が起きることがあるのはほとんど夏期である。夏期において八ッ場ダムは洪水調節のため、水位を大きく下げるので、利水容量が2,500万m3しかない。これは利根川水系にある11基の既設ダムの夏期利水容量約4億5千万m3に対して約5%にしかならず、八ッ場ダムができても、渇水に対する利根川の状態がさほど変わるわけではない。

 平成8年渇水において八ッ場ダムがあれば、取水制限日数を100日短縮できたという計算結果を国交省は示しているけれども、その計算根拠資料を情報公開請求で入手したところ、次に述べるように現実を無視した架空の計算によるものであることが明らかになった。

(1)八ッ場ダムを渇水対策専用ダムに変更

 利水に関しては東京都水道や埼玉県水道などの水利権を開発するという目的は放棄して、八ッ場ダムを専ら渇水対策専用ダムに使うことにしており、ダムの目的を大きく変更している。

(2)八ッ場ダムの貯水量が取水制限前までは常に満水という仮定

 取水制限に入るまでは八ッ場ダムの貯水量が満水に維持されるという仮定をおいて計算している。実際のダムの貯水量は雨の降り方によって増減を繰り返すものであるにもかかわらず、八ッ場ダムの貯水量は取水制限前までは常に満水に維持されている。

(3)各ダムの貯水量を合算で計算(八ッ場ダムで補給できない地点も八ッ場ダムで補給することに)

 ダムの運用計算は各ダムごとに行うべきであるにもかかわらず、八ッ場ダムを含めて利根川水系ダムの貯水量を合算して計算しているため、八ッ場ダムで補給できない地点(たとえば利根川上流の岩本地点)まで八ッ場ダムから補給することになるという現実無視の計算になっている。

 以上のとおり、この計算は国交省が八ッ場ダムの有効性を示すために形振りかまわず、現実を無視して行ったものに過ぎない。


 以上述べたとおり、「1都5県知事共同声明」が八ッ場ダムの建設を求める論拠は事実認識の誤りによるものであって、八ッ場ダムは治水・利水の両面で必要性が失われている。


八ッ場ダムの不要性を繰り返せば、
i.利根川に対する八ッ場ダムの治水効果は小さく、一方、利根川は河川改修の積み重ねにより、ほとんどのところは大きな洪水を流下できる能力をすでに有しているので、八ッ場ダムのわずかな治水効果は意味を持たなくなっている。
ii.ただし、堤防の脆弱性の問題が残されているので、利根川の堤防の強化対策を早急に実施する必要がある。
iii.首都圏の都市用水の需要は最近はほぼ減少の一途を辿るようになっている。一方で、ダム建設等の水源開発の進捗で各都県とも十分な保有水源を確保してきているので、水余りの状況になってきており、新規水源を開発する必要性は皆無となっている。
iv.八ッ場ダムの暫定水利権は長年取水し続けているもので、実質は安定水利権と変わらないものであるから、国交省の水利権許可制度の改善で解消することができる。

1都5県の知事は以上の事実を踏まえて、八ッ場ダムについて合理的な判断を行うべきである。


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