八ッ場ダム事業の問題点

ダム計画の迷走

(更新日:2011年8月1日)

死の川だった吾妻川

中和対策の歴史

草津中和工場

草津中和工場

戦後の河川政策は、科学技術によって川を徹底的に利用する方向で進められます。”死の川”吾妻川も例外ではありませんでした。
群馬県では、吾妻川を中和する計画が戦前からありましたが、世界初の中和事業が実現したのは、戦後、建設省などから県に技術者らが派遣されてからのことでした。当初、事業は県の管轄でしたが、1968年、国の直轄管理となります。
この40年間、中和事業は吾妻川の水力発電、流域の農業、漁業などに大きく貢献してきたとされていますが、中和なくして鉄とコンクリートを材料とする八ッ場ダム建設が不可能であることも事実です。

中和の行程は、まず石灰を群馬・埼玉の県境にある原石山から一日約60トン搬入。
石灰乳として強酸性河川に投入し、草津町に隣接する六合(くに)村の品木ダムで中和生成物を沈殿させ、pH値を5以上にして下流に流すというもの。

石灰ミルクの投入

石灰ミルクの投入


【中和事業の歴史】
1957年 群馬県、「吾妻川総合開発事業」を計画
1963年 草津中和工場が完成
1965年 品木ダム完成
1968年 中和事業、建設省に移管
1986年 香草中和工場が完成
1988年 品木ダムの浚渫開始

品木ダム

品木ダム

品木ダム完成後、いったんは断念されたかに見えた八ッ場ダム計画が再浮上することになりました。

1965年11月26日 朝日新聞群馬版より
【落合県企業局長の話】
県の事業はこれで目的を達し、終止符を打つわけだが、これから国の事業に引き渡したい。まず吾妻川本流に「八ッ場ダム」を建設してもらうよう働きかけているところだ。これが出来ないと死の川をよみがえらせた意味が出てこない。

品木ダム浚渫作業

品木ダム浚渫作業

品木ダムでは、中和によって生じた大量の中和生成物と土砂からなる沈殿物を浚渫、脱水し、流域内の周辺山林を借り受けた処分場で埋め立て作業を行っています。上流の火山性の脆い地質が原因で、品木ダムに流入する土砂は当初の予測より遥かに多く、堆砂率はすでに8割を超えていますが、次第に処分場の用地確保が難しい状況となっています(浚渫物はヒ素を含むため、流域外での処分が困難)。中和、浚渫、沈殿物の処分などの総費用は、人件費も含めて年間10億円となっています。

処分場の現状

処分場の現状

【品木ダムの堆砂データ】
・総貯水容量 166800千m3
・堆砂容量  39500千m3
・平成16年度総堆砂量 135560千m3
(国の中和事業 → http://www.ktr.mlit.go.jp/sinaki/
酸負荷量の割合(国土交通省)
支川名 酸負荷量の割合(%)
中和対策済み 湯川 29.5 42.1
谷沢川 4.3
大沢川 8.3
未対策 白砂川 11.1 57.9
遅沢川 14.8
赤川 0.4
今井川 3.5
万座川 28.1

pHの調査結果(住民側の調査)
品木ダム 長野原取水堰(発電用水) 八ッ場ダム予定地
1983年 9月25日 5.87 4.42 4.58
1983年11月13日 4.61 4.29 4.47
2004年 9月16日 5.55 5.24 5.99