相沢曜一さん写真集「ふるさと川原湯」の紹介記事(朝日新聞)

 八ッ場ダムの水没予定地に通い続けた相沢曜一さんの写真を一冊にまとめた「ふるさと川原湯 八ツ場ダム予定地の暮らし 1993~2004」が朝日新聞群馬版に大きく取り上げられました。
 記事に書かれている通り、この写真集の初版500部は静かな人気を呼び、残部は僅かです。
 当会でも扱っておりますので、購入ご希望の方はお早めにメールフォームでご連絡ください。
 (送料込み1,080円)
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〈参考記事〉写真集「ふるさと川原湯 八ッ場ダム予定地の暮らし」

◆2018年11月30日 朝日新聞群馬版
http://www.asahi.com/area/gunma/articles/MTW20181130101060001.html
ー記者報告 水没する暮らし・風景 残したいー

  国が長野原町で建設中の八ツ場ダムによって、移転を迫られた300世帯を超える人々の暮らしの変転と、300ヘクタール以上が沈むことで失われる風景を残せないか――。アナログとデジタルの対照的な取り組みが、見る人に何かを訴えかけている。

■自費出版 初刷り500部ほぼ完売

 稲刈りや正月の準備、どんど焼き、湯かけ祭りの舞台裏……。八ツ場ダムや周辺の、子どもたちの明るい表情や、集落の風景が活写されている。「ふるさと 川原湯 八ツ場ダム予定地の暮らし 1993~2004」(HuRP(ハープ)出版)は昨年9月に発刊された写真集だ。水没住民らが移転した代替地の飲食店などでも扱われ、静かな人気が続く。

 撮影したのは、相沢曜一さん。千葉県の医療法人職員として勤める傍ら写真家集団に所属。工事が本格化する前の10年以上にわたり長野原町を訪ね、人々の暮らしぶりを白黒フィルムに残した。

 当初は、水没する標高を示すために山肌に掲げられた「586M」の看板ばかり撮影していた相沢さん。通い詰めるうちに住民らに受け入れられ、個人や家族の写真も撮るようになっていったという。

 相沢さんは2014年に病死。写真集出版にこぎ着けたのは、写真仲間だった友人たちだった。その1人で、千葉県で農業を営む湯浅喜一さん(66)は「相沢さんは、ダム建設反対の立場から撮影し続けていた。でも、写真集ではそれを前面に出さず、人々の失われた暮らしをテーマにしたかった」と話す。

 自費出版の形だが、初刷りの500部はほぼ完売。「昔の風景を振り返りたいと、地元の人たちから求められることが多かった」と湯浅さんはいう。

 表紙にも採用された写真は、妹を背負う兄の姿。川原湯地区で牛乳や乳製品を加工販売している豊田乳業工場長の豊田利之さん(37)だ。「小学5、6年の頃の写真。とてもいい写真」と喜ぶが、思いは複雑だ。「写真集にあるのは失われたものばかり。見ればダム建設に対する憤りで腹立たしくなる」

 湯浅さんは「なくなった景色は、こういう形でしか残せない。求める人がいれば、増刷も考えたい」と話している。

 購入の問い合わせは湯浅さん(080・1023・7768)へ。 

地元・長野原町 ウェブに風景画像掲載

 地元長野原町も、ダム建設で消えた風景の保存に乗り出した。無料写真素材サイト「PAKUTASO(ぱくたそ)」などとのコラボ企画として10月から、現在の観光名所も含めた画像のウェブ掲載を始めた。

 「古(いにしえ)から神々が宿る加護の地『長野原町』」。「ぱくたそ」のスタッフが撮影したもののほか、地元住民から寄せられたものなど計100枚以上が採用されている。

 かつての川原湯温泉街の共同浴場「王湯」や、JR吾妻線の付け替え前の旧川原湯温泉駅、旧国道145号といったすでに失われた風景が、ウェブ上で目にすることができる。

 町は当初の企画の中で、現在ある観光名所や「パワースポット」案内の掲載を提案していたが、ぱくたそ側から「ダムで消えゆく風景もアップできないか」との打診を受け、掲載することになったという。

 ウェブ掲載による観光誘客の手応えは不明だが、町の担当者は「ダム完成に伴って、見られなくなる風景はさらに増える。その記録を残すことは必要。どういった形で残していけるか、今後も検討したい」と話している。

 ウェブサイト(https://www.pakutaso.com/naganohara.html)。(寺沢尚晃)