利根川上流ダム群の治水効果をめぐる国交省と専門家の見解(朝日新聞)

 10月に関東地方を直撃した台風19号が通過した後、試験湛水中の八ッ場ダムが満水となったことから、台風がもたらした大雨に対する八ッ場ダムの治水効果をめぐって、この一か月、様々な意見が飛び交いました。
 これらの意見を整理した記事を朝日新聞が掲載しましたので、紹介します。記事の前半は、11月5日付で国交省関東地方整備局が記者発表した内容をまとめたものです。記事後半では、この間、ダムの治水効果について議論してきた市民運動の嶋津暉之さんと元国交省河川局長の竹村公太郎さんによる見解を紹介しています。

 ネット上での記事タイトルは、注目されている八ッ場ダムを冠して「八ッ場ダム群」となっていますが、もともとそのような用語はなく、紙面記事では「利根川上流ダム群」という本来の用語が使われています。国交省の記者発表でもこの記事でも、結局、国交省は八ッ場ダム単独の治水効果について、明言を避けています。

 ダムの治水効果は、ダムから遠くなるほど減衰します。利根川上流の各ダムは、今回の貯留量だけ比べると八ッ場ダムが最も治水効果が高く見えますが、実際は関東平野に最も近い下久保ダム(群馬県藤岡市)の治水効果が最も高いとされます。
 八ッ場ダムに関して意見が対立している国交省と嶋津さんの意見が一致しているのは、遊水地の治水効果が高いということです。

 嶋津さんは台風通過後、利根川中流部の埼玉県栗橋地点で、八ッ場ダムの治水効果は17㎝だったとする試算結果を公表しました。一方で、国交省が策定した利根川の河川整備計画の数値と比較すると、栗橋地点の河床が上流からの土砂で70cm高くなっていることを指摘し、時間もお金もかからない河床の浚渫の方が八ッ場ダムよりはるかに治水効果が高いとしました。
 竹村氏は川底の大規模な浚渫は海からの潮の逆流を防がなければならない、と語っています。これは、川の河口部の問題であり、中流部での浚渫とは関係ありません。

◆2019年11月14日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASMC73Q9LMC7UHNB002.html?iref=pc_ss_date
ー利根川上流ダム群、台風19号で効果 「水位1m下げた」 伊勢崎の観測点でー

 台風19号の記録的な大雨による利根川の増水について、国土交通省が利根川上流ダム群の治水効果をまとめた。試験貯水中だった八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)にためた分も含め、上流と中流の境目にあたる観測地点で水位を1メートル下げたという。このため、避難勧告などの目安となる氾濫(はんらん)危険水位は超えず、「治水効果を発揮した」と国交省はみている。

 検証対象のダムは試験貯水中の八ツ場のほか、矢木沢、奈良俣、藤原、相俣(いずれも群馬県みなかみ町)、薗原(同県沼田市)、下久保(同県藤岡市・埼玉県神川町)の計7ダム。利根川中流で合流する渡良瀬川の草木ダム(群馬県みどり市)は除いた。

 国交省関東地方整備局によると、検証した観測地点は八斗島(やったじま)(同県伊勢崎市)で堤防高は左岸8・07メートル、右岸8・1メートル。堤防の安全性が保てなくなるとされる計画高水位は5・28メートルで、氾濫危険水位は4・8メートルだった。台風19号が関東地方を縦断中の10月12日午後11時半、八斗島では最高水位の4・07メートルを記録した。

 一方、上流のダム群は計1億4500万立方メートルの水を台風19号でためた。整備局が雨量、河川流量、ダムの貯留量などを基に試算した結果、7ダムがなければ八斗島の水位は1メートル上昇して5・07メートルとなり、氾濫危険水位を超えていたという。

 整備局河川計画課の担当者は「計画高水位よりは低かったとしても、予想外の大雨がもっと降り続いたかもしれず、ダムがなくても安全だったと言える結果ではない」と分析している。

 半面、ダムも余裕があったわけではない。利根川上流のダム群は一般的に、雨量の多い7~9月は治水のためにダムの容量を空けておく。だが今回の台風は想定外の10月の大雨。整備局は利根川上流8ダムのうち草木は12日午後11時から、下久保は13日午前1時から、容量不足で緊急放流の可能性があると発表。ともに回避されたが、草木では一時、緊急放流の操作に移行するとも発表していた。

 中下流域に対する上流のダム群の治水効果は未知数だ。渡良瀬川との合流点で、利根川中流の観測地点の栗橋(埼玉県久喜市)では10月13日午前3時に最高水位の9・61メートルを記録。栗橋の堤防高は左岸11・45メートル、右岸12・17メートルで、一時は氾濫危険水位の8・9メートルを超え、計画高水位の9・9メートルに迫った。

 国交省利根川上流河川事務所の担当者は「下流は支川からの流入や降雨の影響などがあり、調節池の果たす治水の役割が大きくなる」。栃木、群馬、茨城、埼玉の4県にまたがる渡良瀬遊水地は1億6千万立方メートル、江戸川との分流点より下流の茨城県や千葉県にある菅生、稲戸井、田中の3調節池は計9千万立方メートルの水をため、4カ所で過去最大の計2億5千万立方メートルを貯留した。こちらの効果の検証もこれからだ。整備局河川計画課は「流域雨量の全体像も含め、様々なデータ収集の必要がある。検証には相当時間がかかる」という。(丹野宗丈)

専門家に聞く
 台風19号から一夜明け、試験貯水中にほぼ満水になった八ッ場ダム(長野原町)の様子は、にわかにSNSなどで治水論争を巻き起こしました。台風から一カ月がたち、専門家はどうみるのか。水源開発問題全国連絡会(水源連)共同代表の嶋津暉之さん(76)と、元国土交通省河川局長の竹村公太郎さん(74)に聞いた。(聞き手・丹野宗丈)

水源開発問題全国連絡会共同代表で八ツ場あしたの会の嶋津暉之さん(76)の話
 八ツ場ダムの効果はないとは言わないが、過大評価は疑問だ。上流のダム群の機能と限界を見つめなければ、台風の被害を教訓に防災を考えることにはつながらない。台風19号の大雨では、中下流の遊水地の働きも重要だった。

 過去の国土交通省のデータで、今回の台風で八ツ場が中流の栗橋の水位をどれだけ下げたのかを私が試算した結果、八ツ場がなくても計画高水位を超えず、堤防高より2メートル程度低いため、氾濫(はんらん)はなかったと考えられる。計算上は、河床の上昇で川が流れる容積が低下し、水位が上昇しやすくなっていた可能性もある。

 たまった水の量ばかりに注目が集まるが、上流のダムの効果は下流に行けば行くほど小さくなる。ダムの機能上、計画以上の水が来て緊急放流となれば、かえって下流を氾濫させかねない側面もある。

 八ツ場には地域振興の費用も含めて計約6500億円が投じられ、地元住民の生活も犠牲にした。そうして得られた治水効果は、費用対効果として適当だったのか。その分の費用を堤防強化などに回せたのではないか。今後の治水を考える上で、国はより多くの科学的データを公表し、議論していくことが求められる。

 利根川は広大な一方、治水対策に割ける金は限られ、時間はかかる。治水施設の効果や優先順位を見極め、河床掘削や堤防のかさ上げ、耐越水堤防の導入など様々な手法を検討していくべきだ。

元国交省河川局長で日本水フォーラム代表理事の竹村公太郎氏(74)の話
 堤防の負荷を減らし、河川の水位を1センチでも下げるのが治水の原則だ。一つの治水施設だけでは限られた力しかないが、現時点では八ツ場を含むダム群や渡良瀬遊水地、堤防などがチームで機能したと言える。

 風などで川の流れが勢いづくこともあり、1センチでも水位を下げるよう努めることは重要だ。特に異常気象が起きる昨今、首都圏を抱える大河川の利根川では様々な治水の手法を総動員しなければならない。

 最も原始的な手法は、どこかであふれさせることだ。水位が下がり、あふれた地域以外は守られる。だが、社会的強者のために弱者が犠牲になるこの手法は、現代では合意を得られない。新たなダムや遊水地の建設には膨大な時間がかかる。既存ダムのかさ上げや、最新の気象予測を反映した施設の運用見直しなどの必要がある。

 堤防の強化や川底の浚渫(しゅんせつ)も大切だ。だが、大規模な浚渫は海からの潮の逆流を防がなければならないなど、治水の手法にはそれぞれ一長一短があり、王道はない。今回大活躍したダムも一時的に水をため、川の水位を下げ、下流域がその恩恵を受ける効率的な手法だが、用地を提供する地元住民の家や田畑は金銭で補償できても、水没で失われた思い出は補償できない。

 国はあらゆる手法の長所と短所を明確に伝え、流域の人々の意見や思いに共感を示し、責任をもって何かの手法を決断しなければならない。河川ごと、時代ごとで水位を下げるのにより良い方法を選ぶしかない。