川原湯温泉・湯かけ祭り 「かけよ湯 続け祭り」(朝日新聞) 

 今年も1月20日に川原湯温泉で湯かけ祭りが行われました。
 大寒の湯かけ祭りは、例年、積もった雪が氷のように硬くなっているものですが、今年は暖冬で、降った雪があらかた溶けてしまい、いつもとはまわりの風景の違う湯かけ祭りでした。
 天気予報では長野原町の最低気温はマイナス2度と発表されていましたが、祭り会場でのアナウンスによれば、祭りを開始した午前5時の気温はマイナス7度であったということです。

 川原湯地区の住民が減少し、祭りに参加する選手の中には地区外の住民や観光客が多くなっていますが、以下の朝日新聞の記事では、祭りを執り行った川原湯地区住民の声を丁寧に伝えています。

◆2020年1月21日 朝日新聞
ーかけよ湯 続け祭り 川原湯温泉ー

  今春完成予定の八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)建設に伴って高台に移転した川原湯温泉で20日早朝、下帯姿の男たちが湯をかけ合う「湯かけ祭り」が開かれた。試験貯水が始まっていたダムは昨年10月の台風19号で一気に満水となり、水をためた状態が続く。零下7度の極寒の中、伝統の奇祭は初めてダム湖を望む中で開かれた。

 「令和最初の湯かけ。気合入れていくぞ!」「新しい時代に湯かけ祭りをつないでいくぞ!」。

 紅白2組に分かれた計50人が温泉街の一角にある「王湯会館」前に集い、それぞれの大将が湯かけの「合戦」前に味方を鼓舞した。男たちは「お祝いだ」と叫びながら30分以上、激しく湯をかけ合い、約250人の見物客は写真を撮ったり、湯しぶきを浴びて歓声を上げたりしていた。

 最後につり下げられた紅白のくす玉を割り、中から飛び出したニワトリを奪い合った。ここ15年以上参加している長野原町大津の大矢大介さん(39)がニワトリを手にし、今年の「福男」になった。川原湯出身の福祉施設職員で赤組大将の竹田仁道(ひさみち)さん(38)は「ダムができた後もみんなでこの祭りを続けていきたい」。

 湯かけ祭りは約400年前、枯れかけた温泉に再び湯がわいたことを喜び、「お湯わいた」と湯をかけ合ったのが起源とされ、毎年大寒の日の早朝に催される。ただ、八ツ場ダムの計画が浮上して70年近く経ち、川原湯では住民の転出が相次いだ。温泉旅館は最盛期の4分の1ほどの5軒に。こうした状況を受け、次第に他地区や町外の参加者を受け入れるなどして、祭りの継続を図ってきた。

 子どものころから祭りに参加している飲食業の水出耕一さん(65)は「祭りを私たちに教えてくれた人たちの多くが出て行ってしまった。今は残ったみんなで『今度は自分たちが引き継ぎ役だ』と言い合っている。若い人たちに祭りを受け継いでほしい」。この日も若手らとともに祭りの始まりを告げる和太鼓をたたいた。

 運営を手伝った元大工の竹渕久男さん(71)は高台の移転代替地での住宅や旅館の建築に携わった。会社を継いだ長男の剛史さん(39)が何度も湯をかけ合う姿を見て、竹渕さんは「がんばれ」と声を張り上げて声援を送っていた。

 実行委員長を務めた旅館業の久保田雄大(たかひろ)さん(56)は「地元が衰えても湯の恵みへの感謝という祭りの精神を絶やしてはならない」。川原湯温泉協会長で、4月に旅館業を約5年ぶりに再開する予定の樋田省三さん(55)は「ダム完成の年に、ずっと温泉と生きてきた地元の大切な祭りを盛り上げられた。地元も自分も転換点の年になる」と白い息を吐きながら熱く語った。(丹野宗丈、森岡航平)