「豪雨で川辺川ダム建設計画再燃 前熊本県知事の思いは」(朝日新聞)

 民主党政権が全国のダム事業の見直しを掲げながら挫折する中、八ッ場ダムが継続→完成したのとは対照的に、当時、川辺川ダムが中止と決定されたのは、八ッ場ダムの関係都県(首都圏一都五県)の知事と異なり、蒲島郁夫・熊本県知事が川辺川ダムの白紙撤回を国に求めたからでした。蒲島知事の決断の背景には、前任の潮谷義子知事が進めた川辺川ダムの住民討論集会によるダム反対の世論形成がありました。住民討論集会は情報公開と開かれた討論が実現した、わが国の河川行政では稀有なケースでした。
 国土交通省は近年の気候変動による洪水の多発を受けて、今年、「流域治水」を新たな方針として掲げましたが、「流域治水」を実現するためには、情報公開にもとづいた流域住民の合意形成が必要です。

 潮谷前知事へのインタビュー記事を紹介します。
 潮谷さんの言葉「住民討論集会が今(の意見を聴く会合)と決定的に違うのは、組織の代表じゃなく誰でもどうぞと門戸を開いたことです。選ばれた人の意見だけが民意と言えるかは疑問です」が重要です。

◆2020年11月11日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASNCB71R2NC9TLVB00V.html
ー豪雨で川辺川ダム建設計画再燃 前熊本県知事の思いはー

 月の記録的豪雨をきっかけに、2009年に政府が計画中止を表明した球磨川支流の川辺川ダム建設計画が再燃している。蒲島郁夫知事が流域住民らに意見を聴く会合では、計画をめぐり賛否双方の意見が出ている。前熊本県知事の潮谷義子さんに視点や思いを聞いた。

 ――01年から2年にわたり、川辺川ダム問題をめぐり住民の声を聴く住民討論集会を開きました。なぜですか。

 「川辺川ダムが一体どんなものなのか、説明責任を国も県も果たすべきだと感じたからです。建設にも運営にもお金がかかる。自分の問題として捉えてほしかった。いざ開いたら『こんなに人が来ている』と仰天しました」

 ――歴代知事はダム計画に賛成を明言してきました。自身もそうでした。

 「命を守るというのはトップにとって重いことです。知事になるなり疑問を呈する自信はありませんでした」

 ――その後中立に転じます。

 「就任後、水没予定地の五木村を視察しました。ダムの大義として、命と財産を守るという言葉を繰り返し聞きました。でも人々が暮らしてきた歴史そのものが命や財産じゃないかと思ったんです。自分の中でダムをつくらなければならないという根拠に巡り合えなかった。(川辺川ダムの水を利用する国の土地改良事業の是非が争われた)川辺川利水訴訟では、(事業に同意する)亡くなったはずの人の署名が見つかった。国の対応はずさんという言葉に尽きます。個人的には反対でした」

 「でもつくらなくていい確証もありませんでした。地域振興のためには国の交付金も必要でした。だから中立を貫いたんです。賛否を表明しなければ国は国費を出さざるを得ない。私の前の福島譲二知事は『時計の針は戻せない』とおっしゃった。でも私は『時計の針は止められる』と言いました」

 ――計画に対する今の考えは。

 「反対です。決定的につくらなければならない(ダムの)姿が見えませんから」

 ――豪雨では県内で65人が亡くなり、2人が行方不明になっています。1人も取り残さず命を守るためにはダムが必要という考えもあるのでは。

 「そういう問題にたどりつく。でも巨大なダムをつくっても、おそらく人命が失われる可能性はあるでしょう。地球温暖化が進んでいるし、今回の豪雨も線状降水帯はダムの建設予定地で発生したわけじゃない」

 「山が荒れています。山を守り、木を育て、根を張らせる。これが大事じゃないかなと思います」

 ――蒲島知事は、球磨川水系流域住民に治水策などについて意見を聴く会合を重ねました。

 「知事は11月にも方向性を表明しようとしていますよね。でも、ダムが必要かどうかという点ではもっと慎重であっていいんじゃないでしょうか」

 「住民討論集会が今(の意見を聴く会合)と決定的に違うのは、組織の代表じゃなく誰でもどうぞと門戸を開いたことです。選ばれた人の意見だけが民意と言えるかは疑問です」

 「地元の中に目と心を向けてやらなければならない課題がたくさんあります。例えば川底に堆積(たいせき)した土砂を掘らなければならない。地元のかたはものすごく不安に思っています。だからもっと寄り添ってほしい。それが先なのではないでしょうか」(聞き手・棚橋咲月)

     ◇

 しおたに・よしこ 1939年生まれ。00年に熊本県知事に初当選し2期務めた。

◆2020年11月15日 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/664321/
ー球磨川流域の治水策「もっと多くの住民の声聞いて」潮谷義子氏ー

  7月豪雨で氾濫した球磨川流域の治水策を巡る議論について、潮谷義子前知事(81)は西日本新聞のインタビューに応じ、川辺川へのダム建設の是非だけが注目される現状に「違和感がある」と述べ、「もっと多くの住民から意見を聞くべきだ」と強調した。 (聞き手=綾部庸介)

 -豪雨後の治水論議をどう見ているか

 「(国や県、流域自治体による)検証委員会はたった2回。国が数字を報告する形で進められ、『結論ありきでは』と思うことがある。検証結果をダム建設の根拠にするのであれば、少なくとも識者の評価とさほど差異が生じないようにしておくべきだ」

 -ダムの是非がクローズアップされている

 「そこに違和感がある。住民のつながり、住宅、福祉など被災者が今直面している課題を行政が一緒に解決する姿勢を見せながら、並行して議論していかないと、住民は安心できない」

 「一方で、ダムにかかる費用の問題が出ていない。ランニングコストも含めて県民への説明責任を果たすべきだ。費用対効果も考える必要がある」

 -潮谷知事時代も費用の議論はあまりなかった

 「大きな反省点だ。基本高水流量など専門的な議論に深入りしすぎたことも含め、ダムができたら本当に洪水を防げるのか、住民が肌感覚で理解できるようにできなかった」

 -今の蒲島郁夫知事は住民や団体への意見聴取会を重ねた

 「意見聴取会(の出席者)は、代表者というニュアンスが強いように感じる。私が開いた住民討論集会は、反対、中立、賛成の人が発言したいと思えば誰でもできるように、フェアにやるように心がけていた」

 -蒲島氏の意見聴取会は結論を出すためで、住民討論集会とは違うと

 「そう。私は討論会で得たことを基に決断したかったわけではない。多くの人に『川辺川ダム問題とはなんぞや』ということを問いたかった。7時間に及んだこともあるが、多くの意見を聞くことが大事だと考えた。(蒲島氏は)ダムに限らず、もっと多くの声を聞くべきだ」

 -「民意」がキーワードになっている。潮谷氏が考える民意とは

 「当事者のニーズに応えることが大事だ。しかしその条件として、費用対効果と、当事者以外への説明の妥当性が問われる」

 -蒲島氏がダム白紙撤回を表明したことへの評価は

 「決断するのはいいが、表明するのが早かった。(水没予定地がある五木村の)地域振興の道筋が見えてからでも良かったのでは、という気持ちはあった」

 「ただ次のステップで事業を終結させなければいけなかったが、蒲島氏は最後の詰めをしていない。私からすれば川辺川ダム問題は眠っていたにすぎない」