「小学生が石木ダムの水没予定地を見学 歴史と自然まなぶ」(朝日新聞)

 小学校の社会科見学では半世紀前からダムを訪ね、児童たちにダムの効用を教えてきました。
 こうした児童への教育では、水没地の生活破壊、河川環境への悪影響など、ダムの負の側面にはほとんど触れることがありません。
 しかし、ダムについて本当に学習の場で取り上げるのであれば、ダムをPRする事業者の解説パンフレットを見せるだけでは、本当の学びにはなりません。ダムの問題は、地理、生物、地学、歴史など多くの分野にまたがっています。総合学習のテーマとして取り上げれば、子どもたちが深く考える機会が得られるでしょう。

 長崎県の市民団体のブログでは、石木ダム予定地を小学校の児童が見学した背景として、ESD(『持続可能な開発のための教育』)に言及しています。

 「教育現場で石木ダム問題」
 http://ishikigawa.jp/blog/cat19/6662/

◆2020年11月14日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASNCF6KP2NCCTOLB00N.html
ー小学生が石木ダムの水没予定地を見学 歴史と自然まなぶー

 長崎県川棚町に計画中の石木ダムの水没予定地を11日、長崎市の小学生約80人が社会科見学で訪れた。ダム予定地を含む一帯には太平洋戦争中、町の海岸部にあった魚雷工場が疎開したことで各所に遺構が残る。平和学習、人権教育のほか、コンクリート護岸のほとんどない川が流れる集落での自然観察の三つを兼ねて行った。

 13世帯約50人がいまも暮らす水没予定地の川原(こうばる)集落を訪れたのは長崎市立矢上小学校の6年生。住民の日常を撮った映画を事前に見て準備をしてきた。

 引率した中村幸博教諭はショベルカーが動き回る近くの林道で子どもたちに目を閉じさせ、「感じたことを書き留めて」と語った。数分後、「この山の裏手の、もっと大きな音がする場所で住民の皆さんが毎日座り込みをしています。その気持ちを少しでも想像して」と続けた。

 魚雷工場の遺構では、子どもたちは触れたりスケッチしたりした後、3班に分かれて住民の話を聴いた。集落の総代炭谷猛さん(70)は戦時中、亡母が貨車で川棚に運ばれてきた原爆の被爆者を、看護師でもないのに手当てをしたこと、国に土地を取られたのは魚雷工場の移転とダムで2度目であることを語った。

 子どもたちからの「ダム工事がなければどんな生活をしたかった?」との問いに、「休みの日に近くに登山し、ゆっくり田んぼをつくり、日本じゅう回ってみたかった」と語った。(原口晋也)

 

◆2020年11月12日 長崎新聞
https://this.kiji.is/699439206653674593
ー石木ダム予定地を訪問 長崎・矢上小6年 人権や平和学ぶー

 長崎市立矢上小の6年生計82人が11日、長崎県と佐世保市が石木ダム建設を計画する東彼川棚町の川原(こうばる)地区を社会科見学で訪れた。ダム建設に反対し、現在も水没予定地に暮らす住民に話を聞いたり、現地に残る戦時遺構を調べたりして、人権や平和について考えた。

 石木ダムを巡っては、県と同市が昨年9月までに土地収用法に基づき、反対住民13世帯の宅地を含む全ての未買収地の権利を取得。同11月の明け渡し期限を過ぎた後も、住民が生活している。同校では▽旧海軍工廠の疎開工場跡が残っている▽豊かな自然や多様な生態系に触れられる▽ダム問題を通して公共の福祉や人権について学べる-の理由から本年度初めて川原地区を訪れた。

 児童は石木川周辺の自然を観察したり、地区内に点在する軍事施設の痕跡を調べたりして散策。住民からは同地区の歴史や古里への思いを聞いた。このうち住民の石丸勇さん(71)は「この土地の住民は戦争とダムで2度も土地を奪われている。つらいときもみんなで助け合いながら頑張っている」と話していた。

◆2020年11月11日 長崎文化放送
https://news.yahoo.co.jp/articles/140648fd0527d88622e6c74f08c8927cfb5fd0b5
ー【長崎】矢上小が石木ダムを社会科見学ー

 長崎市の小学生が社会科見学で石木ダムの水没予定地を訪問しました。石木ダムの建設予定地を訪れたのは長崎市立矢上小学校の6年生82人です。児童はまず、地区を流れる石木川に住む生き物について専門家から話を聞きました。ダムに沈む川原地区には戦時中、海軍工廠の工場が置かれました。今も残る戦時遺構もダムの工事で埋められつつあります。児童はダム工事に反対し、今なお水没予定地に暮らす13世帯の住民からも話を聞きました。児童らは見学した内容を今後、感想文などにまとめるということです。