現状レポート

現地の状況

(更新日:2008年6月20日)

計画変更をめぐる現地と下流都県の状況(2008年6月20日)

工事の看板には、当初の工期が・・・

工事の看板には、
当初の工期が・・・

転流工の工事現場

転流工の工事現場

ダムサイト予定地周辺では、5月の連休以後、転流工(川のバイパス工事)の準備が始まった。

本体着工の前段階ともいうべき転流工は、国交省の工程表(計画変更後の案)によれば昨年度に始まるはずだったが、用地買収に手間取り1年遅れた。多くの観光客が訪れる吾妻渓谷上流部の現地では、岸壁が削られ、木々も伐採されて景観が一変した。

転流工の安全祈願祭に関する新聞記事(読売新聞群馬版 2008年6月11日)

三度目の計画変更

手前が付け替え鉄道の工事。奥は付け替え国道のめがね橋(JR長野原草津口駅付近)

手前が付け替え鉄道の工事。
奥は付け替え国道のめがね橋
(JR長野原草津口駅付近)

国交省は今年1月、工期を2010年度からさらに5年延長する計画変更案を関係都県に提示した。今回の計画変更は2001年の工期延期、2004年の事業費増額につづく三度目で、変更内容は「ダム堤体の縮小」、「発電所の設置」も含まれる。

「堤体の縮小」は、ダム本体のコンクリート量を減らしてコスト縮減をはかるというものだ。ダムサイト予定地は高透水帯や熱変質帯が広く分布しており、いずれは本体関係工事費を増額せざるをえないだろうと予想する専門家もいる。この計画変更により、本体関係工事費は事業費全体のわずか9%に減少した。付帯事業がこれほど大きな割合を占めるダム事業は前例がない。

関係都県の動き

関係都県では2008年2月議会において、今回の計画変更案の採決が行われた。結果的には全都県で計画変更が認められたが、東京都議会では委員会採決3対4、本会議採決56対68、群馬県議会でも委員会採決3対4、本会議採決14対35と、少数野党のみが反対票を投じたこれまでの計画変更の際とは状況が様変わりした。


八ッ場ダム計画変更案について審議する都議会の一般質問と猪瀬副知事の答弁

「八ッ場ダムを考える1都5県議会議員の会」結成総会

「八ッ場ダムを考える
1都5県議会議員の会」結成総会

群馬県議会(議員総数49名)では今年2月、野党議員14名が「八ッ場ダムを考える群馬県議会議員の会」を発足させ、「ダム計画の見直し」と「真の生活再建」への取り組みを表明した。

さらに議員の会有志6名が超党派の「八ッ場ダムを考える1都5県議会議員の会」設立を呼びかけ、5月19日に東京で結成総会を開催した。入会議員数は民主党、生活者ネット、日本共産党、自民党、社民党、無所属など63名(6月18日現在)に達する。群馬県議会の自民党会派は、これらの動きに対抗するため、6月4日、八ッ場ダム推進議連を立ち上げた。

遅れる付帯工事

付け替え国道の橋脚工事

付け替え国道の橋脚工事

付け替え鉄道のトンネル出口(川原湯地区)

付け替え鉄道のトンネル出口(川原湯地区)

国土交通省によれば、工事の進捗率(2007年10月末)は付け替え鉄道(JR吾妻線)81%、付け替え国道・県道52%となっている。

付け替え鉄道は約8割が完成しているが、完成区間は長大なトンネル部分にかぎられる。地上部に出る川原湯温泉の新駅予定地周辺では、用地買収が進んでいない。

八ッ場ダムの付帯事業の目玉である付け替え国道は、1994年に四車線の地域高規格道路に指定された。現国道は吾妻渓谷の脇をぬい、JR川原湯温泉駅前を通って草津方面にぬける地域の幹線道路、国道145号だ。現国道が二車線であるため、付け替え国道の支出は二車線分が補償対象として治水特別会計から、補償対象外の二車線分が道路整備特別会計、水源地域対策特別措置法に基づく関係都県の負担金によってまかなわれる。

二車線の付け替え国道

二車線の付け替え国道

土砂崩れの現場はシートで覆われている

土砂崩れの現場はシートで覆われている

けれども現在、トンネル、橋は二車線分しか造られていない。付け替え国道の進捗率52%は、二車線分の数字なのだ。国は内閣答弁(2008年6月10日 石関貴史衆院議員の質問主意書への回答)において、「一般国道百四十五号の付替道路については、平成22年度末までに二車線での工事を完了し、平成23年度当初の供用開始を予定している。」と答えた。四車線の道路計画はどうなったのか? 「四車線化の時期及びトンネル部分と橋梁部分の構造については、二車線での供用開始後、交通の状況に応じて検討する」との答弁から、四車線の道路計画は事実上、白紙であることが明らかだが、用地買収はいまだに四車線を見込んで進められている。

付け替え国道の工事現場では、昨年12月、トンネル内での落石事故により作業員の死亡事故が起きた。その直後、付け替え国道の工事現場二箇所(川原畑地区)で土砂崩れが起こった。08年5月末には調査報告書が出されるとのことであったが、半年間工事がストップしたままになっている。熱変質した地質のもろい区間の工事だけに、工事はさらに難航するとみられる。

代替地計画の行方

八ッ場ダム事業では、水没予定地域住民の代替地を水没しない同じ地区内に用意する「現地再建ずり上がり方式」によって代替地計画が進められてきた。水没予定地区は5地区あり、全水没予定がダムサイト予定地に近い川原湯、川原畑地区、一部のみ水没予定なのが長野原、林、横壁の3地区だ。

長野原地区の代替地

長野原地区の代替地

当初は殆どの住民がなじみの人々とともに地区内の代替地に移転することを望んでいたが、代替地計画の遅れ、周辺よりはるかに高額な分譲価格(坪単価10万円以上、最高額の川原湯温泉街の代替地は坪17万円超)のために、多くの住民が代替地移転をあきらめ、補償金を受け取って故郷から転出した。もっとも犠牲の大きい全水没予定地区は温泉街のある川原湯地区と対岸の川原畑地区だが、両地区で代替地移転を希望する世帯数は現在57世帯(川原湯39世帯、川原畑18世帯)と、当初の1/5へと激減している。

川原畑の代替地(山側が付け替え国道の工事現場)

川原畑の代替地(山側が付け替え国道の工事現場)

現在、国土交通省は代替地分譲を第一期~第三期と分け、2007年度から2009年度までに終わらせるとしている。一部水没予定の長野原地区、林地区では、真新しい家が建ち始めた。付け替え県道の工事は続いているものの、近くに中学校や保育所も建ち、まがりなりにも新しい生活がスタートしている。

だが、長野原地区とともに最も早く(2007年6月)に分譲開始と発表された川原畑地区では、いまだに家が一軒も建っていない。代替予定地はトラックが走り回る付け替え国道の工事現場に隣接している。第一期分譲では4軒が分譲を希望したが、代替地は騒音やホコリがひどく、まだ住める状態ではないため、住民は国と契約を結んでいない。

神社と石仏

川原畑諏訪神社

川原畑諏訪神社

住民の移転を前に、川原畑地区では2006年9月、水没予定地の神社(川原畑諏訪神社)を代替地に移した。江戸中期に建てられたという神社のご神体は、ヘリコプターに吊るされて代替地を見下ろす高台に移された。付け替え国道の工事現場に面して立つ新しい社殿のまわりに鎮守の森はない。

三ッ堂石仏群

三ッ堂石仏群

諏訪神社と同様、旧信濃街道の脇に、三ッ堂(みつどう)と呼ばれる堂宇と石仏群があった。古びた木造りの小さなお堂に閻魔さまが祀られ、そそり立つ大岩の中や足元に石仏がひっそりと並ぶ三ッ堂は、川原畑の人々の信仰の拠り所であった。

全水没予定の川原畑地区

全水没予定の川原畑地区

村中の子どもたちがここに集まって毎年繰り返してきたお盆の送り火行事を百八灯という。三ッ堂へいたる野道に百八本の竹を突き立て、竹の先に火を灯すため、近年では消防車が出動し、大人たちが仕切るようになっていた。それでも暗闇に火が燃え、対岸の川原湯温泉をいだく山々の稜線が浮かび上がるさまは、山あいの土地に自然と融け合って生活してきた川原畑の人々の心のありかを伝えてきた。

移転中の石仏群

移転中の石仏群

小高い三ッ堂からは、全水没予定の川原湯温泉と川原畑の集落が見下ろせる。川原畑の集落では、今、天明三年の浅間山噴火によって埋もれた東宮(ひがしみや)遺跡の発掘調査が進んでいる。カマドやウメの実の入った瓶、馬小屋などの生々しい遺物は、物資の不足する山間部で貨幣経済が発達し、豊かな生活を営む家もあったことを示唆しており、江戸時代の農村像を見直すきっかけと注目されている。

2008年3月、お堂は解体されて代替地に移転した。石仏群も代替地に造られた擬岩に均等に並べられた。新しい社殿を建て、石仏を移転しても、諏訪神社も三ッ堂も、元の場所にあると土地の古老はいう。

川原湯温泉

川原湯地区の打越代替地より対岸をのぞむ

川原湯地区の打越代替地より対岸をのぞむ

川原湯では代替地の整備がさらに遅れている。川原湯の代替地には、沢を埋め立てた盛り土造成地がある。数十メートルの盛り土をした造成地では、通常は沈下量を測定し、経年変化で沈下がおさまったことを確認して初めて分譲可能となる。しかし国交省はこれまで法面の沈下測定しか行わず、住宅用地となる盛り土上面については今後、沈下測定を行い、その結果を踏まえて分譲時期を確定するという。分譲開始後もダム湖の試験湛水が完了するまで沈下量の測定を実施するとのことだが、民間であれば、測定が終わっていない土地を分譲しても買い手はつかない。代替地を買わなければ、転出するほかないという特殊事情が住民を追い詰めている。

打越代替地の砂防工事

打越代替地の砂防工事

ダム工期延期のニュースによって、地元民の国交省への不信感をますます高まっている。事態を重くみた大沢群馬県知事は、代替地整備を約束どおり2009年度までに終わらせるよう国交省に要望した。だが、代替地が予定通り整備されても、ライフラインができなければ代替地は陸の孤島になってしまう。

国交省の工程表によれば、国道へのアクセスとなる一号橋の完成は2014年度。川原湯の代替地にはJRと県道が通る予定だが、工事は大幅に遅れている。たとえ早期に代替地の整備が終了し、住民の移転が始まったとしても、当面のアクセスは工事用進入路しかない。

川原湯温泉街・大沢地区にて

川原湯温泉街・大沢地区にて

川原湯温泉街の山側にはJRのトンネルが掘られ、対岸の山々も削られ、川原湯の住民はかなり以前から、工事現場の中に取り残されたような苦しみを味わってきた。ダムに無関心な観光客も、櫛の歯の抜けたような温泉街、古びた建物を見て、川原湯温泉がダムの水没予定地であることに否応なく気づかされた。

今年になって、温泉街を横切る大沢の上流部がざっくりとえぐられ、代替地の工事現場が観光客にも間近に見えるようになった。風景が破壊され、生活を脅かされ、それでも現地での再建を目指す以上、住民はダムから逃れることができない。温泉街の「現地再建ずり上がり」-かつてない実験が繰り広げられている八ッ場では、下流でのダムの是非論をよそに、毎年300億円以上の事業費が投入されるダム事業が暴走を続けている。