八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

事業費の増額

八ッ場ダム事業の問題点

ダム計画の迷走

(更新日:2013年10月15日)

八ッ場ダムの事業費の増額

八ッ場ダム事業では、当初の計画(1986年)では事業費が2110億円でしたが、2004年の計画変更で4600億円に増額されました。しかし現状では、更なる増額が必至です。
国土交通省関東地方整備局が2013年8月6日に発表した第4回八ッ場ダム基本計画変更案は、工期を2015年度から2019年度に延長するものですが、このまま事業が進めば事業費増額の第5回基本計画変更案が提示されることは必至です。

関東地方整備局が示した増額

関東地方整備局は八ッ場ダムの検証(2011年)において、建設事業費4,600億円の増額が必要であることを示しました。検証報告による増額は合計約183億円で、その内訳は次のとおりです。

実際にはまだ他にも大きな増額要因があります。

それぞれについて説明していきます。


1.代替地の整備費用の大半の負担:80億円程度

(1)代替地の整備費用

水没予定地や道路予定地の住民が移転する代替地の整備費用は、現在は事業費の枠外で、2009年度までに約95億円が投じられています。(別紙Ⅰ-1) 八ッ場ダムの場合は谷の大規模な埋め立てや山の斜面への造成など、地形条件の悪い中で代替地を無理をしてつくっていますので、整備費用がきわめて高額になっています。
代替地はいまだに造成中ですから、整備費用がさらに膨らんでいくことは確実です。

川原湯地区の打越代替地を遠望。手前は川原畑地区の代替地。
(2013年5月23日撮影)

(クリックしてPDFを開く)

別紙Ⅰ-1(クリックしてPDFを開く)

(2)代替地の分譲収益

川原湯地区・打越代替地の造成。
(2012年11月28日撮影)


代替地の整備費用は本来はその分譲収益で賄うものです。他のダムでは農地の転用などで代替地を造成するので、整備費用は分譲収益で概ね対応できる範囲にとどまりますが、八ッ場ダムの場合は整備費用が高額であるため、大幅な赤字になり、赤字分は結局は八ッ場ダム事業費に上乗せされることになります。
分譲収益の額は公表されていませんので、試算してみます。

ア 代替地の分譲価格
 宅地(一般的造成) 1坪当たり約11~15万円 (温泉街ゾーン 約14~17万円)。
 農地 1坪当たり約5~6万円

(クリックでPDFを開く)

別紙Ⅰ-2(クリックでPDFを開く)

イ 代替地への移転世帯数
 2012年12月末現在(別紙Ⅰ-2)
  代替地へ移転      70世帯、
  ダム予定地の残存世帯数 20世帯
  残存世帯の全世帯が代替地に移転しても90世帯
  (移転予定世帯数134世帯を大幅に下回る)

ウ 分譲収益の試算
 宅地 1世帯の宅地面積を平均で150坪、
    分譲価格を平均で14万円/坪と仮定
 農地 農家の割合を3割、1農家の農地面積を600坪
    (分譲の上限)、
    分譲価格を平均で5.5万円/坪と仮定。

エ 分譲収益の試算結果
 宅地  90世帯×150坪×14万円/坪 = 約19億円
 農地  27世帯×600坪×5.5万円/坪 = 約9億円
  計                 約28億円

(3)まとめ

代替地整備費用が最終的に110億円近くまで増加した場合は(2009年度までで95億円)、代替地整備の費用収支は80億円度の赤字になり、これが八ッ場ダム事業費に上乗せされることになります。

2.東京電力への減電補償額130~200億円以上

(1)関東地方整備局の試算 (別紙II-1)

別紙II-1(PDF)

別紙II-1(PDF)

八ッ場ダムの完成後はその取水に伴って、吾妻川の東京電力(株)水力発電所の発電量が大幅に減少しますので、東京電力への減電補償が必要です。

吾妻川の水力発電の問題について、詳しくはこちらをご参照ください。
八ッ場ダムと発電

国土交通省関東地方整備局は八ッ場ダム検証報告書(2011年11月)において、八ッ場ダムによる東京電力の減電量はわずかであるとする試算を公表しました。

「これまでに国交省が独自に行った概略的な試算によれば、発生電力量については、ダム建設前は5 億7700 万kwh(東京電力)、ダム建設後は6 億400 万kwh(東京電力5 億6300 万kwh、群馬県4100 万kwh〔注〕)になるとの結果を得ている。」
〔国交省関東地方整備局「八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討報告書」(3-6ページ)
3. 検証対象ダムの概要 参考3) 発電目的の追加について〕

〔注〕八ッ場ダムに設置される群馬県営八ッ場発電所の発電量として群馬県が設置計画を発表した時の数字。

東京電力の松谷発電所

この試算ですと、東京電力の減電量は年間わずか1400万kwhとなります。
しかし、松谷発電所だけでも通常は年間発電量が1億5000万kwh程度はありますので、減電量がその10%未満というのはあまりにも小さい数字です。

(2)関東地方整備局の試算の問題点

この試算に関して関東地方整備局が情報開示した計算資料を検討したところ、減電量が極力小さくなるように計算の前提条件が設定されていることが明らかになりました。さらに、計算が正しく行われたかどうかについても疑問があります。

① 八ッ場ダムの補償工事で松谷・原町発電所が休止するか、発電量をわずかにしている期間が約2年間に及ぶ実績データを使用 (別紙II-2)

関東地方整備局は減電量を計算するために、平成10~19年度の流量データ及び発電実績データを使っています。しかし、この計算期間において、八ッ場ダムの補償工事として発電用導水管の補強工事(鋼板の内張り工事)が行われたため、松谷発電所や原町発電所が休止または発電量をわずかにしていた期間が延べ約2年間に及びました。このため、減電量の計算結果は通常時に比べて非常に小さくなっています。

別紙II-2(PDF)

別紙II-2(PDF)

水力発電に使われる吾妻川の水は、
導水管で運ばれている。

② 現実に実施することが可能どうか疑わしい運用を前提

吾妻川の水を東京電力が大量に取水する長野原取水堰

吾妻川の水を東京電力が大量に取水する長野原取水堰

関東地方整備局の計算では「八ッ場ダムから下流に利水補給している場合や、満水により無効放流が生じている場合は、ダム直下に位置する松谷発電所への影響がなるべく小さくなるように、その分を長野原取水堰から松谷発電所に送るようにしてダムからの放流量を減らす」ことになっています。
八ッ場ダムから放流している場合は、その8割を松谷発電所への送水量に上乗せしようというのですが、その上乗せ可能量を長野原取水堰の流量、導水管の送水能力、松谷発電所の最大使用量でチェックする必要があるため、国交省が示した計算でも結構複雑な運用をしています。
このように複雑な運用が現実にできるのか、特に流量が時々刻々変わる場合に実施できるのか、きわめて疑わしいと言わざるをえません。

③ 八ッ場発電所の発電量は群馬県の発表値を使用しており、②の運用と矛盾

②の運用が行われれば、(実際にそのような運用が可能かどうかの問題は別にして)八ッ場ダムの放流量が減少しますので、群馬県営八ッ場発電所の発電量も少なからず減るはずです。しかし、関東地方整備局は八ッ場発電所に関しては群馬県が以前に発表した発電量の数字4100 万kwhをそのまま使っています。これでは②の運用と矛盾します。

④ 具体化していない導水管の設置を前提

八ッ場ダムに設置される群馬県営八ッ場発電所の放流水を東電の原町発電所まで導水することになっていますが、この導水管の設置はまだ具体化していません。
八ッ場発電所の直下には約2km下流に松谷発電所がありますが、八ッ場発電所は地下に設置され、その放流口の標高は松谷発電所より低いため、導水するとすれば、松谷発電所の下流にある原町発電所まで導水管を設置しなければなりません。その距離は約9kmありますので、原町発電所まで導水管を設置するとすれば、数十億円以上の工事費が必要になると予想されます。しかし、その工事費は八ッ場ダム事業費には入っていません。
導水管の構想はもともと東吾妻町に固定資産税が入るということから、東吾妻町から浮上してきた話であって、事業主体も費用負担も何も決まっていません。

⑤ 計算方法が正しくない。

開示された減電量計算の手順と流量データを用いて、減電量を計算すると、以下のとおり、関東地方整備局が示した減電量よりはるかに大きくなりました。関東地方整備局による減電量計算の過程が明らかにされていませんので、恣意的な計算を行ったところを具体的に指摘することは困難ですが、減電量が小さくなるように関東地方整備局が恣意的な計算を行った可能性が高いと考えられます。

(3)関東地方整備局の資料を使って計算した減電量

関東地方整備局が開示した減電量計算の手順と流量データを用いて減電量を計算した結果を次に示します。計算は次の2通りについて行いました。なお、発電量は八ッ場ダムがない場合もある場合も実績発電量とは無関係に、流量の範囲で可能な発電量としました(稼働率90%)。

ⅰ 国交省試算の条件設定(八ッ場ダム放流状況に合わせた長野原取水堰の取水量調整あり、八ッ場発電所から原町発電所までの導水あり)
 (上記(2)の②、④で述べたとおり、これらの設定条件には疑問がありますが,あえて国交省の条件設定をそのまま採用した場合)

ⅱ 国交省試算の条件設定を採用しない場合

八ッ場ダムによる東電発電所の減電量の試算結果
(1998~2007年度の毎日の流量・取水量データ(国交省資料)から計算)

(各発電所の稼働率を90%、発電単価を8円/kWhとする。)
八ッ場ダムがない場合 八ッ場ダムがある場合
i 国交省試算の
条件設定
(八ッ場ダム放流状況に合わせた長野原取水堰の取水量調整あり、八ッ場発電所から原町発電所までの導水あり)
ii 国交省試算の条件設定なし
松谷・原町・
箱島・金井・
渋川・佐久
発電所の計
発電量(万Wh/年) 64,527 53,404 47,043
減電量(万Wh/年) 14,123 20,484
減電補償額(億円) 159 231

減電量はⅰのケースが1億4100万kwh、ⅱのケースが2億500kwhであり、関東地方整備局が示した試算結果1400万kwhに対して10倍から15倍の減電量になりました。
関東地方整備局の試算は明らかにおかしいと考えます。
当会で試算した減電量から減電補償額が求めると、160~230億円になります。

〔補足〕松谷発電所の水利権更新を考慮した場合

松谷発電所は水利権の許可期間が2011年度末までであるため、現在、更新手続き中です。
(この問題についての説明は、4の「吾妻川の流量維持」の目的喪失による97億円の負担問題をご覧ください。)

東京電力による松谷発電所の水利権更新申請書を確認したところ、更新後はガイドラインに則り、八ッ場ダム予定地点で毎秒2.4m3の流量を確保するように下流責任放流を行うことになっています。 
松谷発電所水利権更新申請書の下流責任放流量を前提として、東電発電所の減電量を計算すると、下表のとおり、減電量はⅰのケースが1億1300万kwh、ⅱのケースが1億7700万kwhとなり、減電補償額は130~200億円となります。

八ッ場ダムによる東電発電所の減電量の試算結果(松谷発電所の水利権更新後)
(1998~2007年度の毎日の流量・取水量データ(国交省資料)から計算)

(各発電所の稼働率を90%、発電単価を8円/kwhとする)

八ッ場ダムがない場合 八ッ場ダムがある場合
i 国交省試算の
条件設定
(八ッ場ダム放流状況に合わせた長野原取水堰の取水量調整あり、八ッ場発電所から原町発電所までの導水あり)
ii 国交省試算の条件設定なし
松谷・原町・
箱島・金井・
渋川・佐久
発電所の計
発電量(万Wh/年) 64,732 53,404 47,043
減電量(万Wh/年) 11,328 17,689
減電補償額(億円) 128 199

3.地すべり対策工事費の増額(試験湛水中に地すべりが発生する可能性が高い。)

八ッ場ダム事業の地すべり対策は迷走しています。
2004年の八ッ場ダム基本計画変更により、総事業費は2倍以上に膨らみましたが、地すべり対策は極端なコスト縮減が図られました。
わずか3地区のみの地すべり対策でよいとし、さらに、その対策費用は当時の試算で必要とされた49.17憶円が8分の1以下の5.82憶円に圧縮されました。
そのうち、横壁地区・小倉は対策実施済みということで、新たな対策費用は残り2地区の1.9億円だけとなっていました。

3地区  5.8億円(川原畑地区二社平、林地区勝沼、横壁地区小倉)
 

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コスト縮減前 コスト縮減後
横壁地区小倉(実施済み) 鋼管抗・耕土工・押さえ盛土 3.95億円
川原畑地区二社平 鋼管抗 9.69億円 押さえ盛土 0.87億円
林地区勝沼 鋼管抗 35.64億円 押さえ盛土 1.00億円
3地区の計 49.17億円 5.82億円

しかし、地すべりの危険性がマスコミ等で指摘されてきたことにより、八ッ場ダムの検証(2011年)の中で地すべり対策の見直しが行われ、次の対策案が示されました。

八ッ場ダム検証による地すべり対策案  149.2億円
地すべり等対策 11地区  109.7億円
代替地安全対策  5地区   39.5億円
 

地すべり対策 11地区 約110億円
国交省関東地方整備局による八ッ場ダムの検証報告書
(2011年11月)より

代替地の安全対策工 5地区 約40億円
国交省関東地方整備局による八ッ場ダムの検証報告書
(2011年11月)より

川原湯地区の上湯原の桜沢周辺

国交省関東地方整備局は、2004年の基本計画変更時点では5.8億円の対策費用だけでよいとしていましたが、見直した結果、149億円の対策費が必要だということになったのです。対策費用は26倍にも跳ね上がったことになります。2004年の計画変更時点で、地すべり対策についてきわめて杜撰な検討しか行わなかったことを如実に物語っています。

この杜撰さはダム検証の地すべり対策案の検討でも見ることができます。地すべり対策案の元資料「八ッ場ダム周辺地状況検討業務報告書(平成24年2月)日本工営(株)」を応用地質の専門家が検討したところ、かなり不十分なものであって、詳細な検証を行えば、地すべり対策費の大幅増額は避けられないことが分かりました。

地すべり対策工(林地区)

ダム事業ではダム本体工事完了後、試験湛水を行い、最終的な安全確認を行ってからダムを運用することになっています。実際に水を貯め、水位を上下させてみなければ、ダム湖周辺に地すべり等が発生しないかどうか、わからないからです。
奈良県の大滝ダム(近畿地方整備局)や埼玉県の滝沢ダム(水資源機構)ではダム本体完成後の試験湛水で深刻な地すべりが発生してその防止対策が延々と行われ、地すべり対策工事費がそれぞれ約308億円、約145億円にもなっています(内閣参質171第186号の政府答弁書)。
同様に、貯水池予定地周辺の地質がきわめて脆弱な八ッ場ダムでは、試験湛水で深刻な地すべりが発生して追加対策が必要となる事態が予想されます。地すべり対策費がダム検証で示された約149億円より大きく膨れ上がり、さらに100億円規模の増額が必要となる可能性が十分にあります。

4.「吾妻川の流量維持」の目的喪失による97億円の負担問題

(1)八ッ場ダムの目的の一つ「吾妻川の流量維持」

洪水の時以外は水の少ない吾妻渓谷

洪水の時以外は水の少ない吾妻渓谷

八ッ場ダムは2004年の第三回基本計画変更により、「ダム下流で毎秒2.4m3の流量を維持する」という新たな目的が追加されました。普段は流量が少ない吾妻川に八ッ場ダムから河川維持用水を流すというものです。八ッ場ダム事業費4600億円に対するこの目的の負担額は97億円で、国が7割、群馬県が3割を負担することになっています。
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(2)発電ガイドライン

1988年に建設省と通産省から通達「発電用水利権の期間更新時における河川維持流量の確保について」(発電ガイドライン)が出されました。
それまでは、発電水利権は根こそぎ取水が認められていましたが、このガイドラインにより、1988年以降に更新される発電水利権は下流への河川維持流量の放流が義務づけられるようになりました。

(3)東京電力(株)松谷発電所の水利権更新による吾妻川の流量維持

発電水利権の許可期間は30年です。東京電力㈱は松谷発電所(長野原取水堰と須川取水堰)の許可期限が近づいてきましたので、2012年2月24日に水利権許可申請書を関東地方整備局河川部水政課に提出しました。
そのあと、関東地方整備局と東電の間でやり取りがあり、現在は関東地方整備局で審査中です。
東電は2013年4月26日に別紙III「松谷発電所水利権更新申請における河川維持流量の再検討について」を提出しました。
それを読むと、八ッ場ダム予定地の上流に位置する吾妻川取水ダム(長野原取水堰)から毎秒1.727m3を放流し、八ッ場ダムまでの残流域からの流入量0.673m3/秒を合わせて、八ッ場ダム予定地で毎秒2.4m3を確保することになっています。

別紙III(PDF)

別紙III(PDF)

(4)「吾妻川の流量維持」の目的がなくなり、97億円の負担問題が発生

このように、松谷発電所の水利権更新が完了すれば、八ッ場ダムなしで、毎秒2.4m3の流量がダム予定地点で確保されることになり、八ッ場ダムの目的の一つ、「吾妻川の流量維持」はなくなることになります。
それに伴って、八ッ場ダム事業費4600億円のうち、「吾妻川の流量維持」の負担額97億円が宙に浮くことになり、97億円を国と各都県、利水予定者が分担して負担しなければならなくなります。この問題では、総事業費は増額にはなりませんが、群馬県を除く各都県、利水予定者にとっては実質的な増額になります。

〈注〉「吾妻川の流量維持」の目的がなくなるのですから、本来ならば、その分だけ八ッ場ダムの規模を小さくし、総事業費を4600億円から97億円減額して4503億円に落とすべきです。
しかし、すでに現事業費の8割以上を支出し、この目的も含めた規模で八ッ場ダム事業を進めていますので、今の段階で規模の縮小はできず、余分にかかった97億円をダム事業参画者が分担して受け持たざるを得ません。そのため、群馬県を除く各都県、利水予定者にとっては実質的な増額になります。

以上のも考慮すると、八ッ場ダム建設事業費の増額はダム検証で示された約183億円にとどまらず、少なくとも + の210億円、さらにの地すべり対策費が大滝ダムのように膨張してプラス100億円を注ぎ込まなければならなくなれば、合わせて500億円以上の増額が必要です。
また、による97億円の負担金問題では、総事業費は増額にはなりませんが、群馬県を除く関係都県、利水予定者にとっては、実質的な増額として作用することになります。