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期待できない治水効果

カスリーン台風再来時の八ッ場ダムの治水効果

八ッ場ダム建設の目的の一つである「治水」は、国による利根川の治水計画をベースにしています。
利根川の治水計画のもとになっているのは、1947年のカスリーン台風洪水です。八ッ場ダムの計画が1952年に最初に浮上した理由も、カスリーン台風の再来に備えるためということでした。ところが、2008年6月6日の政府答弁書は、カスリーン台風再来時の八斗島(やったじま)地点(群馬県伊勢崎市にある利根川の治水基準点)の洪水ピーク流量が、八ッ場ダムがある場合もない場合も同じであり、八ッ場ダムによる削減効果がないことを認めるものでした。

利根川中流(群馬県前橋市付近)

カスリーン台風の大水害

利根川の治水計画は、1000人以上の死者を出したカスリーン台風(1947年)規模の水害が襲うことを想定し、200年に一度の洪水に備えて作られました。しかしカスリーン台風の大洪水は、未曾有の集中豪雨に加え、戦争直後という当時の時代状況によってもたらされたとの見解もあります。

コラム『戦争がなかったら』 ―1999年9月15日の上毛新聞より―

「第二次世界大戦がなかったら、カスリーン台風の災害も起こらなかった。 戦中の食糧難を解消のため赤城山麓の開墾、エネルギー源のための木材の供出などで乱伐され、森林は消えていった。そこへ大雨を降らせたカスリーン台風の来襲。保水力を失った山はその水を一気に川に流すしかなかった。・・・(以下略)。」

図 1947年のカスリーン台風洪水についての計算〔国土交通省〕

利根川の治水計画の基準地点は、群馬県伊勢崎市の八斗島(やったじま)です。上の図はカスリーン台風の際、八斗島と八ッ場の両地点でどれだけの流量があったかを計算した旧建設省の資料をもとに作成されたグラフです。八ッ場の上流域とその他の流域を比べると、夏のあいだ南東の季節風の影響で赤城山や榛名山の南麓で大雨を降らし、八ッ場より上流域の降水量が少なくなることがあります。
カスリーン台風の際も、関東平野部では大雨が降りましたが、八ッ場より上流域の雨量は少なく、時間がずれていました。たとえ当時八ッ場ダムがあったとしても、利根川下流の洪水を防ぐ治水効果はなかったことがわかります。

赤城山


最近の洪水で検証してみると

最近で最大の洪水は1998年9月洪水で、八斗島地点のピーク流量は9,220m3/秒でした。これは1949年のキティ台風のあとでは最も大きい洪水ですから、最近約50年間で最大規模の洪水ということになります。
1981年から八ッ場ダム予定地に近い岩島地点で流量観測が行われるようになりましたので、机上の流量計算モデルではなく、岩島地点の観測値から八ッ場ダムの治水効果をより正確に求めることができるようになりました。八ッ場ダムの効果が最も大きくなる条件で求めた結果は図1のとおりです。

図1

八斗島地点における八ッ場ダムの水位低減効果は最大で13cm程度で、そのときの水位は堤防の天端から4m以上も下になります。この計算は、八ッ場ダム地点での削減効果がそのまま八斗島地点に反映されるという前提で行ったものです。実際には下流への流下に伴ってその効果は小さくなりますので、八斗島地点における八ッ場ダムの水位低減効果は7~8cm程度と推測されます。

また、図2は堤防の天端と同洪水の痕跡水位(最高水位の痕跡)を八斗島地点から栗橋地点(埼玉県)までの区間について示したものです。どの地点とも痕跡水位は堤防天端から約4m下にありますので、八ッ場ダムによるわずかな水位の低下が意味のないものであることは明らかです。

図2

利根川治水の第一人者である大熊孝氏は、八ッ場ダムの住民訴訟において2008年7月29日、水戸地裁の証人尋問に出廷しました。大熊氏による証言は、八ッ場ダムを必要とする根拠となってきたカスリーン台風洪水の際(1947年)、洪水流量は実測されず、過大に推測されていること、さらに、カスリーン台風再来の計算流量は大きく水増しされていて、それをもとにした国の治水計画には科学的根拠がないことを論証するものでした。


非現実的な治水計画

図 利根川・八斗島地点の年最大流量

上の表は、八斗島(やったじま)において、年間の最大流量を示したものです。 1935年以来、1万m3/s (s = 秒) の洪水に備えるとしていた利根川の治水計画は、1万7000m3/sの洪水流量(実際は1万5000m3/s程度)と推定されたカスリーン台風を経て1949年、1万7000m3/sに改訂され、さらに1980年、流域の開発が進んだことを理由に2万2000m3/sとされました。しかし戦後、森林の生長と共に洪水の出方は小さくなり、1950年以降、洪水規模が1万m3/sを超える記録はありません。

国土交通省は、想定される洪水流量を2万2000m3/sとし、そのうち河道整備で1万6500m3/s、残りの5500m3/s分を上流ダム群で対応するとしています。既設の六ダムで1000m3/s、八ッ場ダムで600m3/sを調節するということですが、それでも3900m3/s分は残ります。半世紀かけてようやく六基のダムが完成し、八ッ場ダム計画以外に新規のダム計画がない中、今後新たに十数基のダムを造らなければ完結しない治水計画は、根本から見直す時期に来ていると言えそうです。

群馬県伊勢崎市八斗島

中止が続く利根川上流部のダム計画(八ッ場ダム住民訴訟・原告の準備書面から)

日本では平成8年度からダム計画が次々と中止されてきている。貯水容量100万m3未満のダムも含めると、平成16年度までに中止されたダムは国土交通省関連の直轄ダム、水資源機構ダム、補助ダムを合わせて97基にもなる。利根川水系でも9ダムが中止になってきた。そのうち、次の4基は八斗島地点の上流部に位置していた。

〈中止になったダム計画〉
(有効貯水容量は水資源開発公団の「2003事業のあらまし」と川古ダム、平川ダム、栗原川ダムのパンフレットによる〔甲B第10~13号証〕)
有効貯水容量中止決定年
川古ダム4,500万m32000年度
平川ダム4,400万m32000年度
栗原川ダム4,550万m32002年度
戸倉ダム6,400万m32003年度
19,850万m3
これらはいずれも治水と利水の目的をもつ多目的ダムである。中止の主な理由は水需要の増加がストップしたため、利水予定者がダム計画から撤退したことにある。治水目的が残っているにもかかわらず、いとも簡単にダム計画そのものが中止になったことは、ダムの治水目的がさほど重要ではないことを如実に物語っている。この4ダムの有効貯水容量の合計は19,850万m3になる。その半分を治水容量だとすれば、約1億m3を洪水調節に使うことができる。それは利根川上流における洪水調節容量の全必要量約54,000万m3の20%にあたる。ダムによる洪水調節がどうしても必要なものならば、利水上の必要性がなくなっても、治水目的だけのダムに変更してこれら4ダムの計画を推進したはずである。全貯水容量約2億m3を「治水」に振り向ければ約37%となる。ところが、利水目的がなくなると、簡単にダム計画そのものを中止してしまっている。この事実が示すように、ダムの治水目的はきわめて軽い存在なのである。
このように利根川水系ではすでに立案されたダム計画でさえ、利水目的がなくなれば、治水目的が存在しているにもかかわらず、中止されてきているのであるから、新たに治水目的を持つダム計画を策定して建設することは1基でもほとんど無理だと考えざるをえない。
以上のように、利根川の治水計画で必要とされている上流ダム群のうち、約7割はこれから計画して建設することになっているが、それはほとんど不可能なことである。利根川の治水計画は実現不可能な数多くのダム建設を含むものになっている。

ダム建設のために後回しにされる河川改修

利根川の河川予算の推移を見ると、図3のとおり、八ッ場ダム等のダム建設費が増加してきているのに対して、河川改修の事業費は年々急速に減少してきています。次に述べるように、洪水に対する安全性を高めるためには堤防の強化対策が急がれているのですが、それを含む河川改修の事業費がダム事業のために年々削減され、河川改修が後回しにされてきているのです。

図3


破堤の危険性をはらむ利根川の堤防

河川改修には二つの課題があります。一つは河道整備(堤防の嵩上げや河床の掘削等)を行って流下能力を高めること、もう一つは堤防の強化を進めることです。図2でわかるように、利根川は流下能力の面では整備がそれなりに進んでいますが、後者の対策が遅れています。堤防は何度も改修を重ねてきたため、十分な強度が確保されているとは限りません。洪水時に河川の水位が高い状態が維持されると、水の浸透で堤体がゆるんで堤防が崩れたり(すべり破壊)、あるいは堤防にみず道が形成されて堤防が崩壊したりする(パイピング破壊)危険性があります。2004年7月の豪雨で新潟県の五十嵐川(信濃川の支流)の堤防が100mにわたり、決壊して、凄まじい被害をもたらしました。

国土交通省が利根川の堤防の安全度を調査した結果を情報公開請求で入手して、整理した結果の一例を図4、図5に示します。利根川中上流部(群馬県伊勢崎市付近から茨城県取手市付近まで)の左岸と右岸とも、すべり破壊・パイピング破壊の安全度が1を大きく下回っている堤防が随所にあることがわかります。利根川の他の区間も同じような状況です。

利根川では危ない堤防がこれほどあるにもかかわらず、堤防の強化対策を後回しにして、治水効果が希薄な八ッ場ダム等のダム建設に河川予算の大半が注ぎこまれてきました。

図4

図5


天然のダムー 吾妻渓谷

八ッ場ダムは群馬県の景勝地、吾妻渓谷に建設される予定です。吾妻川は吾妻渓谷で急速に川幅を狭め、両側の岸壁がせまる狭窄部が約3.5kmにわたって続きます。
国土交通省は100年に一度の大水の際、吾妻川を流れる3900m3/sのうち2400m3/sを八ッ場ダムで調整し、1500m3/sを下流に流す計画を立てています。けれども、吾妻渓谷は"天然のダム"であり、人工のダムによる治水効果は限定的なのではないか、という疑問がかねてより投げかけられてきました。

吾妻渓谷

2007年9月、群馬県西部を台風が襲いました。この時、吾妻渓谷上流部では3日雨量356mmが観測され、100年に一度の大雨であることが確認されました。ところが、下流側の観測地点における水量は、八ッ場ダムの完成後に想定されている1500m3/sよりはるかに少ない1200m3/sでした。2007年の大雨は、吾妻渓谷が自然の洪水調節効果をもつものであることを立証したのです。

曲がり角にある治水政策

治水に対する考え方は今、転換期にあると言われています。
明治時代半ば以降、利根川では、治水事業によって洪水流量がかえって増え、さらに大規模な治水計画を立てるという“いたちごっこ”を繰り返してきました。連続堤防で川を直線化し、洪水をできるだけ早く海に押し出す手法は、それまで水害に悩まされてきた沖積平野の土地利用を進める上で、大きな成果を上げました。しかし、洪水がないことを前提とした流域開発は、川が溢れると大きな被害を生む社会構造をつくる原因ともなりました。

利根川上流部(群馬県渋川市)

平成10年、群馬県前橋市の県庁付近では、台風によって河川敷に駐車していた車が流される被害が発生しました。水害を想定していない私たちの社会では、川の一部ともいえる河川敷に水があふれることさえ予想外の出来事だったのです。

以前とくらべて遥かに水害が減った今、さらに「より安心で安全な暮らし」を追求しようとすれば、私たちは限りなく堤防を高くし、ダムを造り、山河を破壊し続けなければならないでしょう。

洪水を川に押し込める治水政策は、結果的に洪水エネルギーを集中させ、洪水にもろい地域を生み出すことになりました。近年、こうした治水のあり方に対する反省から、洪水エネルギーを分散させ、土地利用計画と一体となった流域治水のあり方が関西の淀川などを中心に盛んに議論されるようになってきました。
ダム建設が自己目的化してしまった現状から、流域住民の安全の確保を目的とした本来の河川行政へ、すみやかな政策転換が求められています。

「川は地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾のなかにゆっくりと時間をかけて、地域文化を育んできた存在である、と定義すべきである。
この川の定義が念頭にあれば、いまのように川がダムだらけになることはなかったに違いない。川を地球の血管にたとえれば、ダムは川を遮断し、土砂や落ち葉を溜めこみ、魚の往来を阻害する血栓であり、川にとって、“敵対物”でしかないからである。しかるに、20世紀は“ダム文明の世紀”とばかりに日本ばかりか世界中で安易にダムがつくられ、川の物質循環を破壊してきたのである。」

―『技術にも自治がある』(大熊孝著、農文協)より―


これからの治水のあり方について

 これまで河川工学の世界では、ダムは治水に欠かせないという学者の意見が殆どでしたが、2001年に国土交通省近畿地方整備局により設置された「淀川水系流域委員会」では、ダム事業に依存したこれまでの治水のあり方が根本から見直されることになりました。同委員会の委員長を務めた今本博健氏(京都大学名誉教授・河川工学)は、「ダムは、治水機能からみても、きわめて限定的な効果しかない」として、現在、全国のダム事業を見直す必要性を訴えています。
 2010年7月3日、第二東京弁護士会によって開催されたシンポジウム「ダムの歴史的功罪及びできるだけダムに頼らない治水はどうしたら実現できるか」において配布された今本氏による資料(一部修正)を掲載します。


これからの治水のあり方について

今本博健(京都大学名誉教授)

定量治水と非定量治水

 これまでの治水は、明治29(1896)年の河川法制定以来一貫して、一定限度の洪水を対象に、河川に封じ込めることによって、水害の発生を未然に防ごうとしてきた。これを「定量治水」ということにする。定量治水の基本要素である対象洪水には、既往洪水や既往最大洪水といった実績洪水が長年にわたって用いられていたが、いまは確率洪水が採用され、「基本高水」と称されている。確率洪水に基づく基本高水は客観的でそれなりの合理性をもつものの、その算定には論理的な曖昧さがあるうえ恣意性が入る余地もあり、説得性に欠ける面もある。
 定量治水にはつぎの欠陥がある。
 第一は、いつかは対象を超える洪水が発生し、計画が破綻する。これは「いかなる洪水に対しても住民の生命と生活を守る」を使命とする治水の根幹に触れる欠陥である。
 第二は、対象洪水が河道の流下能力より大きい場合、ダムによる調節が必然の選択となる。このことは、結果として、計画の達成に莫大な時間と経費を要するばかりでなく、多様な生態系が失われたり、海岸が侵食されるなどの環境破壊がもたらされることになる。
 こうした欠陥を避けるには、対象洪水を設定せず、いかなる洪水をも視野に入れつつ、環境に重大な影響を及ぼさない「溢れさせない対策」と「溢れた場合の対策」を同時並行的に順次積み重ねる以外に方法がない。これを「非定量治水」ということにする。

両方式の比較

 図1(a)は、定量治水における洪水の規模と安全性の関係を模式的に示したものであって、計画高水の規模Mdまでを河道に流し、それを超える基本高水の規模Mbまでをダムで調節するようにしている。
 これらにより計画上は、Mbを超えると途端に安全性が低下するものの、Mbまでは一定の安全性が保たれることになる。ただし、現状では、Mp以下の洪水でも破堤する恐れがあり、万一破堤すれば、たとえダムがあろうと、壊滅的被害になるのは避けられない。
 図1(b)は、非定量治水の例として越水にも耐える堤防補強をした場合を取り上げ、洪水の規模と安全性の関係を模式的に示したものである。この場合、流下能力の実力Mrは計画高水位で評価されたMpを上回り、Mrまでは一定の安全性が保たれることになる。さらに、Mrを超えても堤防は河道内で洪水を流下させるという機能を維持し続けるため、安全性は低下するものの、ゼロになるわけではない。
 図2(a)は図1の(a)と(b)を比較したものであるが、Mr≦M≦Mbの領域ではダムの調節による安全性の確保により定量治水が優位となっているが、M≧Mbの領域では堤防の機能維持による安全性の確保により非定量治水が優位となっている。
 図2(b)は、堆砂によりダムの調節機能が低下した場合を示したものであって、定量治水が優位な領域は時間の経過とともにMdからMrdへと減少し、やがて消失することを表している。

図1 定量治水と非定量治水

図2 両方式の比較

 なお、既述のように定量治水には破堤によりMpより小さな規模の洪水で破綻する危険性が内包されている。また、非定量治水では、満水状態で流れる場合の実力MrはMbを超える可能性があり、この場合は非定量治水が全面的に優位である。さらに、川幅の拡大や河床の掘削といった堤防補強以外の対策を積み上げれば、Mr≧Mbにできる可能性は大きくなる。

これからの治水のあり方

 治水の使命は「いかなる洪水に対しても住民の生命と財産を守る」ことであり、一定限度の洪水を対象とする定量治水ではこの使命が果たせない。非定量治水はいかなる大洪水をも対象とするところに意義があるのであり、「ダムによらない治水」も非定量治水の一つとして捉えなければ治水を抜本的に転換することにはつながらない。
 これまでの「ダムによらない治水」は、ダムによる調節量に対する代替案や基本高水の切下げによってダムを回避しようとしているきらいがある。しかし、これらは定量治水の範疇での議論であって、やはり抜本的な解決には結びつかない。
 非定量治水の実現には越水に耐える堤防補強が不可欠である。これまでの河川行政は堤防補強に対して揺らぎっぱなしである。過去の堤防補強の歴史を振り返ると、図3のように、アーマー・レビー(鎧型堤防)に始まり、スーパー堤防(高規格堤防)、フロンティア堤防(難破堤堤防)、巻堤(耐越水堤防)が試みられてきた。これらはいずれも堤防本体をそのままにして表面を取り繕うとするものであり、抜本的な補強になり得ていない。これからは、鋼矢板あるいはソイルセメントを堤防中心部に設置したハイブリッド堤防(混成堤防)の実用化が大きな課題である。
 このシンポジウムが新たな治水への転機になることを期待している。

アーマー・レビー(鎧型堤防)

スーパー堤防(高規格堤防)

フロンティア堤防(難破堤堤防)

耐浸透・耐侵食堤防(淀川での例)

ハイブリッド堤防(鋼矢板)

ハイブリッド堤防(ソイルセメント地中連続壁)

図3 各種の堤防補強
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