解決の糸口
(更新日:2011年8月1日)
八ッ場ダム中止後の地域再生
司波 寛(都市計画コンサルタント)
西田 穣(まちづくりプランナー)
今、ダム事業を止めたら?
橋脚の工事
高崎でJR吾妻線に乗換え、川原湯温泉駅を過ぎると、車窓から様々なやりかけの土木工事の現場を見ることができます。掘りかけのトンネル、立ち上がりかけの橋脚、強大な土砂の切り崩し、等々です。これらは、八ッ場ダムで水没する道路や線路をダムの予定水位より高い場所に付け替えるための工事です。その中には、水没する住宅などの移転用地の造成工事もあります。
代替地造成工事
ダム工事というのは、ダムの本体工事よりもこうした関連工事の方が、期間も資金もかかるものです。他に、車窓からは見えないことに大きな資金が投入されてきました。それは、この地域で生活してきた人々の移転補償です。
国道の工事
今、ダム事業を中止したら、やりかけの工事はどうなるのでしょう。見るも無残な形で放置されるのでしょうか。とすると大きな問題です。
川原湯温泉街にて
しかし、もっと大きな問題があります。地域は、そこにいる人々が緊密につながって初めて成り立つ側面があります。この地にあった地域社会は、かなりの人々が抜けていったために壊れかけています。これをそのままにして良いのでしょうか。ダム事業のように長期間を要する巨大な公共事業は、止めるにしても止め方をよく考え、準備しなくてはなりません。
やり続けなければいけない工事もある
JRトンネル工事
水没予定地はダム計画があるために、多くの公共施設、個人の住宅や産業施設に、改良投資等が十分に行なわれてきませんでした。例えば国道です。もし水没するのでなければ線形などの改良事業が行なわれ、もっと性能のよいものになっていたに違いありません。
今事業途中となっている公共施設のつくり直しは、そうした意味から、地域住民も加わっての厳密な検討を経る必要があります。必要性が高いと判断されたものは完成させなければならないでしょう。
もっと大事なこと
下記の試算では、約2400億円の公共事業費の節約が見込まれます。しかし、これはあくまで国家の視点です。もっと大事なことは、地域の視点からの地域のための再生事業です。事業費としては、自然再生事業の計上やこれまでの地域整備事業の組替えを想定していますが、地域の意見を聞き、その想いを反映したものではありません。
(参考)事業フレームの見直し
八ッ場ダムを中止した場合、継続必要な公共事業を仮説的に選定し、節約できる事業費を試算した(国の基本計画(平成16年度単価)による)。
(億円) |
|
ダム本体工事費 |
関連事業費 |
合計 |
予算 |
1,140 |
4,460 |
5,600 |
既執行分 |
300 |
1,940 |
2,240 |
必要残額 |
0 |
930 |
930 |
減額分(案) |
840 |
1,590 |
2,430 |
*事業執行額は、平成16年度末まで |
水没予定地の人々は、長い間、様々な苦しみを経験してきました。ダム事業を中止した後、残った人々が力をあわせて再生の営みを始めなければならないのですが、それをどうやって進めたらよいのでしょうか。
看板
事業者である国土交通省は水没予定者の移転先の造成事業を行なっています。そして、そこに移転者がどういう地域社会を構築するかの絵柄は描きました。しかし、生活のイメージが湧いてくるものではありません。また、川原湯温泉の引越し先を想定した絵柄もありますが、お客さんがその街でどう楽しむのか、まったく想像できません。ダム事業を中止したとき、この裏返しのようなことをしてはいけないのです。
地域再生への道
川原湯温泉入り口
ダム中止決定後、最初に必要なのは、地域に残った人々が主体となっての計画づくりでしょう。どういう地域社会に向けて再生事業を行なうのかの指針をつくるのです。どういう生活像を実現するのか、そのためにはどういう姿、あるいは形の地域がよいのか、それを実現するために、公共・民間施設への投資をどうするのか、等々検討することは多岐にわたります。そこで、行政の資金や組織力、地域計画づくりの専門家の助力が必要になります。専門家は、地域の人々の意見を聞き取り、集約し、案をつくり、その案の内容をわかりやすく説明し、何度でも人々の意見を取り入れては修正していく謙虚な気持ちが必要です。
こうしてできた計画に従って、行政は必要な公共投資を行い、地域の人々が行なう住宅の再建や、事業の改良、新規投資への資金の斡旋、補助等を行ないます。もちろん、これらの資金斡旋、補助の活用についての相談窓口は必須でしょう。
以上のことを実施する資金は、ダム事業を推進してきた国が責任を持つべきでしょう。ダム事業を止めるということは、公共投資の節約という視点からだけでなく、地域再生の視点をも合わせて考える必要があるのではないでしょうか。