2015年2月28日 豊島区立生活産業プラザ Café ふれあい にて
ゲストの村上彰一さん(全日本水道労働組合・書記次長 東京都水道局勤務、群馬県出身)のお話
私は1971年生まれです。4歳の頃、川原湯温泉(八ッ場ダム水没予定地)に引っ越して、高校2年まで川原湯で過ごしました。その頃は家の屋根や看板に「ダム反対」と書いた家がありました。
父が建てた家があったところは、今は“おまつり広場”と呼ばれる空き地になっています。川原湯温泉街の坂道をのぼっていくと打越沢があり、次に大沢があります。打越沢は今では埋め立てられて、水没予定地住民の移転代替地が沢の上流側に造られています。家は大沢の手前にあり、この沢でよく遊びました。大沢には釣り堀や民宿もありました。
八ッ場ダム工事事務所が作った水没予定地の写真集がありますので、そこに載っている写真をスライドで見ていただきます。
川原湯は今では完全に破壊されてしまっていますが、この写真集には古いものでは平成元年、まだ破壊される前の風景が写っています。
私が引っ越した当時は、向かいに浦野さんという商店があり、駄菓子屋をされていました。郵便局は元の王湯の露天風呂のあたりにありました。王湯の近くに「すし徳」という寿司屋があり、母がそこで働いていた時期もありました。
私が一番好きだった季節は6月頃、雨の降った後は緑が綺麗でとてもよかった。当時は吾妻川の対岸の川原畑に友人が多くいて、遊びにいきました。その頃は、田んぼが沢山あって、台風の時などは田んぼの水が溢れて、道にドジョウが流れてきてよく採ったものです。
私は治水、利水、いずれの面でも八ッ場ダムは必要ないと思います。東京都水道局の経営状況は、収入294億円に対し支出が913億円、膨大な赤字に見えますが、いろいろなカラクリがあります。単純に収入と支出だけを見ると実は毎年500億円ほどの利益がでています。利益を隠すために支出が多くなっているように見せているのです。
水道は公営企業ですから本来利益が出てはいけないのです。しかし、職員定数削減等で多くの利益が出ている。黒字による水道料金値下げ圧力を回避するため、お金を使う。実質的にはかなり黒字なので、水道局としては八ッ場ダム事業にいくら支出しても惜しくないという状況です。
これからはどんどん人口が減っていきます。人口が減ると給水も減ります。そうすると水源開発は必要ないということになります。そうさせないために、移民受け入れとか出生率回復とか、無理やりこじつけて水需要が増大するような予測を立てます。最近の東京都水道局は、人口は減るが減り幅はゆるやかだから水源開発が必要だと言っています。
一日の最大配水量はほぼ横ばいです。水源確保の状況はどうかというと、現在、東京都の水源量は一日に630万立法メートル(注1)ですが、一日の配水量は450~500万立法メートル程度です。夏の一番暑い時期に最大で500万立方メートル/日とみても、130万立法メートル/日は余剰水源量となります。
東京都が八ッ場ダム事業の負担金を支払うことによって得られる水利権は1日50万立方メートルです。この中には暫定水利権(注2)の日量5万立方メートルが含まれています。暫定水利権を除くと、1日に45万立方メートル、つまり八ッ場ダムが完成すると、東京都の保有水源量は現在の630万立方メートル/日から675万立方メートル/日に増えるということです。こんなにたくさんの水源量が本当に必要ですか? という話しにならざるをえません。
水利権とは排他的に取水し、利用することができる権利です。主なものに、農業用水や上水道、水力発電があります。
*注1 東京都の多摩地域では、現在、水道用水の3割が地下水で賄われており、揚水量は1日平均約37万立方メートルあるが、東京都は地下水を正式な水源として認めていないため、630万立方メートルには含まれていない。長年、水道用水に使用されている水質のよい地下水を水源量に含め、さらに浄水場で蒸発するロス率を実態に合わせて計算すると、東京都の水源量は日量700万立方メートルに達するとされる。
*注2 東京都は農業用水の取水が激減する10月1日から4月15日までの非かんがい期のみ、八ッ場ダム建設を前提とした先取りの水利権として、暫定的に日量5万立方メートルの利根川からの取水を許可されている。
よく渇水になったらどうするのか? と言われます。近年で最も渇水がひどかったといわれる1994年(平成6年)、東京都は15パーセントの取水制限をしました。当時、水道局に断水などの苦情がきたという記憶はありません。15パーセント取水を減らしたところで大した影響はありません。
これを理屈で考えてみましょう。利根川水系の水源量は日量490万立法メートルあります。15パーセントの取水制限でも415万立法メートル。他に多摩川水系や荒川水系の水源が約130万立方メートルあります。利根川水系で15%の取水制限をしたとしても545万立方メートルです。実際の配水量は最も多い時期で500万立方メートル/日ですから、545万立方メートルあれば十分足りるわけです。最大配水量は年々減ってきていますので、今そのような渇水が起きたとしても、取水制限をする必要もほぼないのではないかと思います。
ではダム開発以外の水源確保はどうなのでしょう。水源確保には山の保全が一番大事だと思います。東京都水道局は八ッ場ダムに膨大な金を出しながら、一方で水源管理ということで水源林を保有しています。東京都と山梨県にまたがるかなり広大な水源林です。広葉樹が多く、歩くとフカフカして、よく管理されています。山を壊すと山の貯水機能が低下するので、ダムを造るより山を保全していくことが有効だと思います。
多くの山で広葉樹から杉などの針葉樹などに植え替えてきましたが、輸入材の方が安いので使われなくなり、山は放置されてきました。大雨が降ると、放置された針葉樹の山は崩れやすくなり、斜面が崩壊することがあります。そうすると貯水機能も低下し、さらに雨が降ると土砂崩れを起こすという悪循環。これを食い止めることがダムより有効です。
1994年の渇水の時、東京都の水源林に山登りに行きました。そうしたら、渇水にもかかわらず、山からコンコンと水が湧いていました。渇水だと騒いでいる時でも、保水力のあるブナ林などの山では水がざあざあ流れていました。
広葉樹林だけでなく、針葉樹林でもしっかり管理されていれば保水力があるのです。
多摩川の源流の管理された針葉樹林の土は、ふかふかなスポンジのような感触で、沢の中の岩に苔が生えるほど安定した水位を保っています。問題は、低価格輸入木材の増加による林業の衰退と、林野管理行政の縮小です。
もう一つの対策として、田んぼの再生も有効です。田んぼはご存じのように4~5月頃に田植をして水を張ります。その時期は雨が多いので、この時期に水をはっておくということは、ダムで水を貯めるのと同じことになります。8月あたりから田んぼでは水がいらなくなりますから、皆さんが水を一番使う時期に田んぼが水を流してくれます。まして米を作れるということを考えると、稲作を再生していくことはとても有効な対策だと思います。
そもそも首都圏は沖積平野にあります。日本のほとんどの平野が沖積平野で、水害は避けられない運命にあります。最近はゲリラ豪雨などもあります。沖積平野に人口が密集していることが最大の問題です。ダムを造れば治水になるというのは幻想でしかないと、私は思います。堤防のかさ上げも有効であると考えます。山の保全もダムとはくらべものにならないほどの治水効果があります。残念ながら今の国の方針は、どんどん林野庁などが解体をされている状況です。林野庁は今、出先機関の多くをなくしてしまいました。山を管理する人達を削ってしまって、国有林でも手が回らない状態です。
Q:東京都水道局には約500億円の利益があるとの説明がありましたが、何に使われているのですか?
A:将来に備えるという名目で積み立てている金額が平成24年度決算で158億円(建設改良費の修繕引当金として)です。それから、水道管の耐震化に10年間で8,000億円を投じて進めているところです。浄水場の更新にも使い始めています。そうした支出によって赤字が出ていますよということで、水道料金を下げないようにしています。
簡単に言うと、赤字にするために工事をしていると言えます。実際、耐震化は必要なのですが、予算規模と財政規模をみると、ここまでやらなくてもいいじゃないかというもの凄い規模の工事を行っています。7,8年前に比べると2~3倍の工事量です。
Q:水利権のメカニズムがわかりにくいので、もう一度説明していただけますか?
A:水利権はあくまで机上の話です。数字のマジックでしかなく、実際、雨がどれだけ降るかということも天候次第です。要するに平均的な水量というのがあり、その幅でしか水利権は発生しないのですが、当然季節によって増えたり減ったりします。水利権として決めた一定の幅を常に確保するために、増えた時に川の水をダムに貯めて、減ったときにダムから水を流すから一定量を確保できますよという理屈です。ですが自然は理屈通りにはなかなかいきません。
Q:川原湯に住んでいらした頃、人口はどれくらいでしたか?
A:1979年に群馬県がダムを地元に受け入れさせるために調査した時の数字では、201世帯、623人でした。
Q:当時、集落に住んでらっしゃった方の中にダム推進派と反対派がいたと思いますが川原湯の様子はどんなでしたか?
A:子供だったので、大人のダム反対、賛成というドロドロした世界とは関係ないところで生きていたと思います。小学校では、子供同士で「あいつの家は賛成だ、反対だ」という話はありました。
大人同士が仲が悪いのは時々感じました。昔、川原湯の駅前に建設省の出先事務所がありました。そこに水没する家や土地の模型などがあり、年配の嘱託職員がいました。その人がとても水墨画が上手で、暇なのか毎日、絵を描いていました。時々模型を見に行って、「俺の家は水に沈むんだな」と思っていました。そのおじさんが出てきて、「ちょっと寄っていけ」と言われ、水墨画をもらったこともありました。その人は周囲ではやっぱり嫌われていました。窓際におかれて、地元にもなじんでいない雰囲気でした。旅館でも賛成派、反対派がありました。子供だったのでそこに関わることはありませんでしたが、仲の悪い雰囲気は子供でも感じました。
Q:八ッ場ダムは調べれば調べるほど造ってはいけないと思うようになりましたが、実際、私達ができる抵抗は何なのでしょうか? 節水だけではダメじゃないか。例えば東京の水道は独立採算で、公営企業で我々が声を出す隙間がないように思うのですが?
A:節水はとても有効だと思います。しかし節水だけでは厳しいのも事実です。とくにダム建設は政治なので、政治が変わらないと厳しいと思います。民主党政権で八ッ場ダムは一度白紙になったが、圧力がかかって元に戻ってしまいました。やはり産業界、土木業界も含めて、全体の考え方を変えていくような社会の変革が必要ではないでしょうか。
八ッ場ダムは関係都県の中で東京都が一番、財政でも政治でも力があります。ダムが要らないという知事を選ぶこと。官僚は頭がいいので、そういう知事が出てきたとしても、したたかにやるでしょうが、上から言われれば選択枝としてダム事業への支出をやめることも考えられます。今の自民党政権ではどうにも止まりません。もちろん。みんなが声をあげ続けることも有効ですが、時間はかかると思います。簡単にはいきません。
Q:東京都は八ッ場ダムは必要ないという結論になる水需要予測を立てられないのでしょうか?
A:ダムができた後に、水需要予測のやり方が変わるかもしれません。東京都は「不安定水源」という言葉を使います。ダムができて水利権を保有しているところは安定水源。例えば八ッ場ダムの暫定水利権の5万立方メートルは不安定水利権だから、不安定水利権を安定水利権にするために八ッ場ダムという水源開発が必要だという理屈です。最近になって、水需要予測はなだらかに下がっていくという予測をするようになってはきましたが、季候変動とかそんな理屈をこねて、保有水源があっても予断を許さないと主張します。ダムはいらないという予測は、これまでの主張を否定することになるので、今のままではしないと思います。
Q:東京都の水需要予測は実態に合っていないのですか?
A:水需要予測が甘いので、実際の配水量との乖離は広がるばかりです。これから人口減少は危機的な状況というくらい減ると言われています。2040年頃には日本全体の水道事業を料金値上げしないともたないくらいに人口が減少すると。そういう意味でも、新たな水源開発の必要性は全くないと、私は思います。
Q:東京都では地下水は正規の保有水源にカウントされていないということですが、現場の水道局の方から見て、地下水をどのようにお考えですか?
A:今、地下水位は相当上がっていますので、地下水はある程度使ったほうがいいと思います。多摩地域の水道用水に長年使われてきた地下水は正規の水源に入れるべきです。23区でみると、水質の問題を抱えているところもあるので、今以上にもっと使うというのは厳しい面もあります。23区内の地下水源として一番大きい地下水は善福寺浄水場で、日量5,000立方メートル、全体からするとごく僅かです。
Q:八ッ場ダムについて、東京水道労働組合としてはどのような立場ですか?
A:組合の方針としては八ッ場ダム反対なのですが、一人ひとりの組合員がダム反対の強い意志をもっているかというと、そこまではいっていません。長年、組合として水源地視察というのをやっていて、八ッ場ダム予定地には川原湯温泉があるので、これまでに何度も団体で泊まりに行きました。こんないい温泉がダムで沈んでしまうのは勿体ないな~と感じる人は多かったと思います。