八ッ場ダムが完成するのは早くて2019年度とされており、今から7年以上も先のことです。八ッ場ダム完成後はダム湖を観光の糧にすることになっており、ダム湖観光の将来性も大変厳しいと考えざるをえませんが、それまで少なくとも7年の間、川原湯温泉は工事の喧騒の中で営業しなければなりません。
2012年5月には、源泉から打越代替地へ湯をくみ上げる配湯施設が暫定的に出来上がり、代替地移転後の各旅館への配湯が可能になるとされています。問題はその維持管理費の負担です。
配湯施設の設置はダム事業の補償の中で行われますが、維持管理費はいずれはダム事業からは支出されなくなり、地元負担になるとされています。数少ない旅館が打越代替地に移転して営業する場合、次の地域振興施設の維持管理費も含めて、地元は負担し続けることができるのでしょうか。
八ッ場ダムの利根川・荒川水源地域対策基金事業(東京都、埼玉県、千葉県、茨城県、群馬県が負担金を支出)によって、川原湯地区に木造平屋建て約825平方メートルの地域振興施設が設置されることになっています(2012年度着工予定)。郵便局や観光案内所、足湯、研修室、貸自転車置き場、テナントスペースが並ぶ造りで、建設費は約3億円です。
「テナントスペースに温浴施設を組み入れた場合、人件費を含めた年間の維持管理費は2900万円で、収入は550万円。『入浴料300円で1日50人の利用を想定した。ものすごく多い数字』とコンサルは甘い試算を認めた。温浴施設なしの場合はそれぞれ2100万円、100万円とはじき出した。出資者の5都県は、民主党政権がダム中止を打ち出す前から維持管理費は負担しない方針を示している。」
地元負担になった場合、地元は毎年2000万円を超える維持管理費を負担し続けることができるのでしょうか。群馬県は1980年、ダム計画に反対する水没予定地の人々に「生活再建案」を提示しました。ダム闘争の中心であった川原湯温泉街の人々は、自然湧出の源泉を核とした観光業に従事しており、ダム事業によって生活の糧を奪われることを恐れていました。群馬県は住民の不安を和らげるために、生活再建案の中で水源地域振興公社(仮称)を八ッ場ダムの受益都県の資金で設立することを提示し、公社によって雇用が200人分(当時の川原湯地区の世帯数に匹敵)生み出されると説明しました。群馬県はその後も、受益都県が負担金を支出する利根川・荒川水源地域対策基金事業によって水源地域振興公社は実現すると地元に説明してきました。
ところが2007年になって、群馬県は長野原町に対して、公社構想は下流都県が難色を示していることから実現が難しいことを明らかにしました。下流都県はもともと維持管理費を支払う意思はなかったとされます。採算がとれるかどうか不明で、下流都県が承諾していなかった公社構想は、群馬県にとって地元にダムを受け入れさせるための道具でしかなかったのです。
群馬県が川原湯地区の住民に公社構想に代わる地域振興策として提示したのが、地域振興施設でした。もともとの地域振興施設の案は、千人収容の観光会館、クアハウスなどを複合した大規模なものでしたが、計画は年を経るに連れて縮小されてきました。この間、川原湯地区の世帯数は1980年当時の四分の一へと激減し、温泉観光業は衰退の一途を辿っています。
打越代替地から八ッ場ダムの堤体の上へ行く遊歩道がつくられ、ダム湖を観光資源にすることが考えられていますが、八ッ場ダム湖は次の二つの理由で観光資源になるような代物ではありません。
夏期は洪水期になるので、八ッ場ダム湖は洪水調節のため、6月後半から水位を下げ、7~9月は水位が満水位から28メートルも低下した状態になります。渇水になれば、その補給のため、水位はもっと下がります(最大で満水位から47メートル下)。10月になっても雨の降り方が少なければ水位が下がった状態が続きます。八ッ場ダムは観光シーズンに満々と水をたたえたダム湖ではないのです。
八ッ場ダムは吾妻川の中流域に建設されます。八ッ場ダム予定地の上流域には数万人の人口があり、多くの観光客が訪れる草津温泉、万座温泉などの観光地もあります。また、北軽井沢など浅間山の山麓では約六千頭の牛が飼育され、首都圏に高原野菜を出荷する嬬恋村の広大なキャベツ畑などがあるので、多量の栄養塩類がダム湖に流れ込むことになります。このため、ダム湖は浮遊性藻類の異常増殖が進行し、水質が悪化すると考えられます。
① 八ッ場ダムの検証で代替地の安全対策(約40億円)が追加されることになりましたが、大地震時など、最悪の場合を想定した安全計算はされておらず、超高盛土造成地の不安を解消するものとはなっていません。
② 盛土材として、川原畑地区(対岸)の八ッ場層(凝灰角礫岩)の掘削土が使われていますが、八ッ場層には熱水変質で脆弱化した地層が含まれており、それを混在したまま、盛土に使われたとすれば、ダム完成後は水の浸透によって盛土材が風化して強度を維持できなくなる可能性があります。
上湯原地区には崖錐堆積物層が十数mも積もっています。この地層は風化して剥離した岩屑(がんせつ)が落下し堆積してつくられた地層で 未固結であるため透水性が高いことから、地すべりや土石流を起こしやすいとされます。上湯原地区は地層が脆弱であるため、かつてはこの地に人家が建つことはあまりなかったとされていますが、八ッ場ダム計画では川原湯地区ではこのあたりだけが水没を免れるため、JR吾妻線の川原湯温泉駅と代替地がつくられることになりました。ダムができれば、貯水池から水が浸透してくるため、地層の脆弱さが顕在化する可能性があります。追加の代替地安全対策でも地すべり等の危険性は解消されていないと専門家は指摘しています。