八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダムの便益計算の欺瞞

八ッ場ダム事業の問題点

ダム計画の迷走

(更新日:2014年6月9日)

八ッ場ダムの便益計算の欺瞞

嶋津暉之(八ッ場あしたの会運営委員)

2014年6月1日に群馬県前橋市にて学習会と写真展が開催されました。» 開催内容はこちら

〈配布資料〉 [ » 「八ッ場ダムによる吾妻渓谷の景観改善効果の欺瞞」 ]

〈スライド1~3〉

 八ッ場ダム事業のような公共事業は、事業を続けるか否か、定期的に再評価を行うことになっています。国直轄のダムは三年おき、あるいは社会情勢の変化に応じて、目的ごとに事業評価を行います。
 八ッ場ダムの目的のうち、国交省が「洪水調節」と「流水の正常な機能の維持」について事業評価を行い、「都市用水の開発」については、各水道事業者、工業用水道事業者が事業評価を行うことになっています。
 国交省は最近では、2007年12月、2009年2月、2011年11月、2013年12月に再評価を行いました。計画変更やダム検証の際にも事業評価が行われました。

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〈スライド4~6〉

 再評価の一番のポイントは、B/C、いわゆる費用便益比です。B/Cが1を超えればオーケー、下回れば事業中止と判断されますが、ほとんどのダム事業でB/Cが1を超えるのは、B(便益)が大きく膨らまされているからです。
 八ッ場ダム事業でも同様です。八ッ場ダムの最新の事業評価は、2013年12月に行われました。
これは前月に八ッ場ダムの基本計画の四度目の変更が行われたことによるものです。
「(再評価)八ッ場ダム事業 平成25年12月9日 国土交通省関東地方整備局」
 この時の再評価の数字を見てみましょう。「洪水調節便益」が2兆3.926億円と圧倒的に多いのですが、「流水の正常な機能の維持」も139億円と算出され、その結果、B/Cが6.5となり、「事業継続」となりました。
 最近4回行った事業評価を見ると、B/Cの数字は2.9→3.4→6.3→6.5と、回を追うごとに大きくなっています。数字がこんなに変わることはないはずで、いかにいい加減な計算をしているかを示しているといえるでしょう。

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〈スライド7~9〉

 「洪水調節便益」の計算は、利根川の本川と江戸川を含めて12ブロックに分け、小さな洪水から大きな洪水まで洪水規模を色々に変えて、八ッ場ダムがある場合とない場合とに分けて氾濫計算をします。
 この計算で注目すべきことは、八ッ場ダムがある場合もない場合も、もの凄く大きな被害額が想定されていることです。たとえば10年に一回の洪水では、八ッ場ダムがない場合の年平均被害額は1.724億円、八ッ場ダムがある場合も1.534億円です。もっと大規模な、50年に一回の洪水を想定すると、八ッ場ダムがない場合は4.863億円、ある場合は4.169億円と、ものすごい被害額が毎年発生するという計算です。

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〈スライド10~13〉
 実際にどの程度の被害が発生しているのか、国交省が水害統計をまとめていますので見てみましょう。利根川の水害統計から、過去50年間の年平均被害額は179億円となります。過去に大きな洪水被害がありましたが、河川改修が進み、最近20年間の年平均被害額は78億円にまで下がっています。「洪水調節便益」で想定されている1.000億円以上の被害額など発生していないわけです。しかも、この被害額は、本川以外のものです。水害統計には、内水氾濫、土石流などの被害も含まれますし、支川の被害も含まれます。
 本川はどうかというと、1947年のカスリーン台風では、利根川本川が破堤して、当時の貨幣価値で約70億円という被害が発生しました。1949年のキティ台風では、旧江戸川で破堤していますが、カスリーン台風のような大きな被害はありませんでした。
 その後は河川改修が進んだため、1950年から昨年までの64年間、利根川本川からの越水による被害はゼロです。事業評価では、八ッ場ダムの効果を大きくするために年平均洪水被害額を膨らませていますが、実際の八ッ場ダムの「洪水調節便益」はゼロです。

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〈スライド14~15〉

 次に、「流水の正常な機能の維持」について説明します。
 2004年、八ッ場ダムの事業目的に新たに「流水の正常な機能の維持」が加わりました。八ッ場ダムのダムサイト予定地のある現在の吾妻渓谷は、流量が落ち込むことがあるため、ダムから放流することによって、吾妻渓谷の流量を毎秒2.4m3以上確保するというものです。
 ところが、この目的は近いうちに消えてしまいます。東京電力の松谷発電所の水利権が近々更新されると、ダムがなくとも毎秒2.4m3以上の流量が確保されるようになるのです。このことについて、もう少し詳しく説明します。
 これは吾妻川と水力発電の図です。点線は発電所に川の水を送っている送水管です。
 吾妻川には大正、昭和の初めから流れ込み式の水力発電所が数多く設置されてきました。
吾妻川流域は新しい地層(新生代)で、雨水が浸透しやすく、蓄えた水をゆっくりと流出するため、吾妻川は本来は雨が降らなくても流量の豊富な川です。
 吾妻川の水の多くは水力発電に使われてきました。八ッ場ダム予定地でも、吾妻川の水の大半は吾妻渓谷下流にある東京電力・松谷発電所に送水管によって送られています。

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 これまでは、発電水利権は“根こそぎ取水”が認められていました。ところが、1988年、建設省と通産省の通達「発電ガイドライン」によって、それ以降更新される発電水利権は「河川維持流量」の放流が義務づけられることになりました。
 水利権の更新は30年に一回行われます。松谷発電所の水利権は2012年3月に更新期限を迎え、現在、国交省関東地方整備局が許可申請書を審査中です。
 東京電力(株)は2012年2月24日に松谷発電所(長野原取水堰と白砂取水堰)の水利権許可申請書を関東地方整備局河川部水政課に提出しました。東電が2013年4月に提出した文書「松谷発電所水利権更新申請における河川維持流量の再検討について」を読むと、長野原取水堰から毎秒1.727m3を放流し、八ッ場ダムまでの残流域からの流入量0.673m3/秒を合わせて、ダムサイト予定地点で毎秒2.4m3を確保することになっています。
 ということは、松谷発電所の水利権更新が終われば、八ッ場ダムがなくとも吾妻渓谷で毎秒2.4m3の流量が確保され、八ッ場ダムの建設目的の一つは消えることになります。

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 しかし八ッ場ダム事業では、国と群馬県が事業費4600億円の2.1%(96.6憶円)をこの「流水の正常な機能の維持」という目的のために負担することになっています。国が2/3、群馬県が1/3の割合です。目的がなくなっても事業費はかかりますので、宙に浮く96.6億円をどこかが負担しなければなりません。新たな負担を決めるために、また基本計画の変更が必要になります。
 「流水の正常な機能の維持」が八ッ場ダムの目的に後から加わったのは、第二回計画変更(2004年)の時です。当時、群馬県営水道が(水需要の低迷により)こんなに水利権はいらないと、それまでもっていた水利権を一部返上しました(「通年1.02m3/秒、冬期手当2.00m3/秒」から「冬期手当2.00m3/秒」へ)。宙に浮いた事業費2.1%の負担先をつくるために、その場しのぎで付け加えられた目的が「流水の正常な機能の維持」でした。

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 吾妻渓谷の流量を確保する「流水の正常な機能の維持」によって、年間8億円の便益が生まれるとされています。便益の算出法は仮想的市場評価法(CVM:Contingent Valuation Method)です。CVMとは、「環境改善の取り組みが仮に税金ではなく、各世帯から負担金を集めて行われるような仕組みで実施される場合」、いくら支払う意思があるかを市民にアンケートで質問して、その結果から便益を算出するものです。

<スライド19~26>

 これが八ッ場ダムによる吾妻渓谷の景観改善効果は年間8億円以上になると算出した根拠となったアンケート調査です。
 吾妻渓谷に水が少ない時と、2.4m3/秒以上の水が流れている時の写真を並べて、「この景観改善に対して、あなたはいくら支払いますか?」と質問しています。調査は昨年11月から12月にかけて、吾妻渓谷から50キロ圏内の3500世帯を電話帳より無作為に抽出してアンケートを郵送するという形で実施されました。アンケート結果により、1世帯あたり月々の支払意思額は127円、1年では1.524円となりました。これに536.510世帯(吾妻渓谷から50キロ圏内の31市町村の世帯数)を掛けることによって、年間8億円以上という、無茶苦茶な金額が算出されました。

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<スライド27~30>

 支払意思額の選択肢は、「支払わない」から10円、20円、50円、100円、200円、5000円、1,000円まで並んでいます。
 このアンケートで問題なのは、八ッ場ダムができても渓谷が保全されるという錯覚を与えるように仕向けていることです。吾妻渓谷に致命的なダメージを与える八ッ場ダムによって、逆に景観改善の便益が年間8億円以上も発生するというのは、ブラックユーモアでしかありません。
 アンケート総数3.500票のうち、回収数はその半分にも満たない1.417票です。このうち有効回答は681で、1.417票の48%にすぎません。抵抗・無回答と未回答を合わせた無効回答は736で、52%を占めています。アンケートに回答した人ですら、過半数の人はアンケートに対して拒否反応を示したのです。

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 この表が今回のアンケート結果です。この結果から「推定賛成曲線」をつくって、その曲線から平均値127円が導かれています。しかし、このような場合に注意を要するのは、オーダーの大きい支払い意思額の数字が大きな影響を与えることです。1000円の人は50円の人の20人分、500円の人は50円の人の10人分の影響を持ち、平均値を大きく引き上げます。この二つがなければ平均値は6割程度に下がります。
 実際に吾妻渓谷の流況改善のために毎月1000~500円を支払い続ける人など、存在するはずがありません。ありえない支払い意思額を設けることによって、深く考えずにその金額で答えた人の人数が利用され、便益が大きく膨らまされているのです。

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 このように「流水の正常な機能の維持」の便益は、かなり無理をして膨らませた数字ですが、それでもB/C(費用便益比)を求めてみると0.23となり、1を大きく下回ります。
洪水調節の便益が架空の氾濫被害額から算出され、きわめて大きい数字になっているので、その陰に隠れてしまっていますが、「流水の正常な機能の維持」のB/Cを見れば、継続してはいけない事業ということになります。