解決の糸口
(更新日:2012年4月11日)
特措法案の仕組みと問題点:
「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」の仕組みと問題点
1 特別措置法案の仕組み
(1) 特別措置法による事業の実施まで
① ダム事業の廃止等
当該ダム計画の廃止を含む河川整備計画の策定(変更)及び特定多目的ダム法によるダム基本計画(水資源機構法による事業実施計画)の変更(廃止に向けて手続きを取るという意思決定)※1
※1 特定多目的ダム法によるダム基本計画
特定多目的ダム法によるダム基本計画は残事業がすべて終わって、事業費が確定し、費用清算が決まらないと、廃止できないので、廃止までは年数が必要である。それゆえ、廃止まで待っていると、ダム事業で行われてきた事業を特別措置法の事業として継続することができなくなるし、ダム予定地が長期間据え置かれてしまう。そこで、当該ダム計画の廃止を含む河川整備計画の策定(変更)がされた段階で、特ダム法の基本計画については廃止に向けて手続きをとるという意思決定(計画変更)を行い、そのことをもって特別措置法の対象とすることになっている。
② 都道府県の申出により、特定地域を国交大臣が指定
③ 都道府県が特定地域振興協議会※2を組織※3
④ 都道府県が特定地域振興協議会と協議して、特定地域振興計画※4を作成
※2 特定地域振興協議会の構成
都道府県、関係市町村、特定地域振興計画による事業の実施見込み者、ダム事業者、地域振興計画に密接な関係を有する者ほか
※3 特定地域振興協議会の組織
条文では「都道府県が特定地域振興協議会※1を組織することができる。」であるが、通常は組織されるものと考えられる。
※4 特定地域振興計画が定める事項
(国土交通大臣が特定地域振興計画の枠組みとして特定地域振興基本方針(共通)を示し、それに基づいて計画が作成される。)
- 公共施設及び公益的施設の整備
(ダム事業の損失補償事業及び水特法の水源地域整備事業のうち、ダム事業の廃止後も継続する事業を含む)
- 農林水産業その他の産業の振興
- 既買収地の利用
- その他
⑤ 特定地域振興計画の作成で必要な手順
- 国土交通大臣への協議とその同意取得
(関係行政機関の長への協議とその同意取得は国土交通大臣が行う。)
- 公聴会の開催その他の住民の意見を反映させるために必要な措置
⑥ 特定地域振興計画に基づく事業の実施
(2) 財源
① 国の補助(事業実施の費用の一部を補助、事業が円滑に実施されるよう適切な配慮)
② 地方債への特別の配慮
(3) 既買収地の利用
① 譲与
既買収地は当該ダム事業に要した費用を負担した地方公共団体に、負担した費用の範囲内で譲与される※1。
譲与されるのは、ダム事業の費用を負担した地方公共団体、すなわち、治水負担金を支払ってきた都道府県※2であって、水道事業者等の利水予定者(ダム使用権設定予定者)は譲与の対象にならない。また、ダム事業の費用の負担者ではない地元市町村も譲与の対象にならない。
なお、譲与も②の売却も特定地域振興計画に基づいて用途と場所を決めた上で、行われると考えられる。
※1 既買収地の譲与は、譲与しようとする土地の価格の総和が当該地方公共団体の負担した費用の額の範囲内で行われる。その際に用いる土地の価格は、譲与に係る合意が行われる時点における正常な取引価格によるとされている。
※2 川辺川ダムの場合は熊本県のみであり、地元の五木村、相良村には譲与されない。
ただし、熊本県が五木村等に対して、国から譲与された土地を貸与または譲与することは地方自治法その他の関係法令の定めるところにより可能とされているから、五木村等は熊本県を通して、既買収地を利用することができる。
② 売却
既買収地のうち、上述の譲与がされる土地以外は、売却の対象になるが、売却は地元市町村、地元住民に対して優先的に行われる※1 ※2。
※1 売却先の優先対象者は、①特定地域振興計画に基づく事業の用に供する地方公共団体、特定地域の住民その他の者 ②既買収地に特別の縁故がある者であって国土交通省令で定めるものである。②は既買収地の元の所有者等を意味する。
※2 売却の価格は、会計法その他の関係法令の定めるところにより設定するとされているだけであるが、既買収地の譲与に関しては、「その際に用いる土地の価格は、譲与に係る合意が行われる時点における正常な取引価格による」とされている。したがって、売却価格は周辺の実勢地価より高い買収時の買収地価ではなく、周辺の実勢地価であると考えられる。
(4)地元住民の意見反映
特定地域振興計画への地元住民の意見反映については次の条項が設けられている。
- 「都道府県は、特定地域振興計画を作成するときは、あらかじめ、公聴会の開催その他の住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるように努めなければならない。」※1
- 「特定地域振興計画及びその実施に関し密接な関係を有する者」として、特定地域振興協議会の「構成員として加えるよう申し出ることができる。」※2
※1 具体的な措置の内容及び方法は、特定地域振興計画を作成する都道府県において適切に判断するとされている。
※2 特定地域振興協議会の構成員への参加を地元住民も申立てることができる。都道府県は正当な理由がない限り、その申立てに応じなければならないので、地元住民は特定地域振興協議会に参加し、協議会の構成員として特定地域振興計画について意見を述べることができる。
(5)手続きの簡略化の特例
特定地域振興計画の事業に関して手続きを簡略化させる特例が設けられている。
① ダム事業等による事業を地域振興事業として継続する際に伴う補助金の清算問題は特例により、処理される
② ダム事業の地すべり防止対策は新たな手続きをすることなく、地域振興事業として引き継がれる。
③ ダム事業の急傾斜地崩壊防止対策は新たな手続きをすることなく、地域振興事業として引き継がれる。
2 特別措置法案の主な問題点
特別措置法案の仕組みは上記のとおりであって、ダム中止後にダム予定地の地域振興事業を進めていくために必要な条件は概ね盛り込まれているが、基本的な問題点がなお残されている。それを次に述べる。
(1) 非移転住民への生活再建支援金の支給及び家屋・営業用建物新改築への助成がない。
① ダム予定地の非移転者への生活再建支援金の支給及び家屋・営業用建物新改築への助成は、非移転住民がいるダム予定地では、必須の救済措置である。
生活再建支援金:ダム予定地の住民はダム事業により、地域の産業が衰退して多大な経済的損失を受けてきたので、非移転住民には生活再建支援金の支給が必要である。移転住民には基金事業により生活再建支援金と同様な助成金が支給されていることが多いので、公平性を保つためにも必要である。
家屋・営業用建物の新改築への助成:ダム予定地の住民は、移転を前提としていたため、家屋、営業用建物の改築ができず、著しく老朽化した家屋等で生活し、営業することを余儀なくされてきたので、家屋等の新改築費用の助成も必要である。
② 国土交通省は「専ら個人の資産を形成する措置は、自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた場合に限られており、財産を提供して移転した人や、他制度との不公平が生じる」として、上記の救済措置を条文化しなかった。
③ 民主党国土交通部門会議での議員からの要求により、次の条文が加えられただけとなった。
「(特定地域振興計画)
第五条
3 都道府県は特定地域振興計画の作成に当たっては、ダム事業の廃止に伴い水没しないこととなる土地の区域の住民の生活環境の整備に特に配慮しなければならない。」
④ しかし、この条文だけで、非移転住民に対してどれほどの救済措置がとられるのか不明である。都道府県の判断にかかっているので、当該の都道府県が可能な限り、非移転者の救済措置を特定地域振興計画に盛り込むことが望まれる。たとえば非移転者の居住営業地区を土地区画整理事業の対象として家屋等の建て替えができるようにすることも考えらる。
(2)地域振興計画の策定における地元住民の合意形成の規定が明記されていない。
① 地域振興計画の策定に地元住民の大多数の意見を反映できるように、地元住民の合意形成を図ることは当然必要なことであり、民主党議連〔注〕の法案では次のことが明記されていた。
〔注〕民主党「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」
「議連の法案 第六 住民の合意形成
一 協議会は、特定地域振興計画等の案について協議をするに当たっては、当該特定地域の住民の間において当該特定地域振興計画等の案について合意が形成され、これが十分に反映されるよう、適切な配慮をしなければならないこと。
二 協議会は、一のために必要な手続を定めなければならないこと。
三 二の手続は、1から3までを含むものでなければならないこと。
1 当該特定地域における住民の意向に関する調査
2 当該特定地域における住民間の意見交換会の実施
3 特定地域振興計画等の案の住民への説明 」
② ところが、特措法案では、1(4)で述べたとおり、「公聴会の開催その他の住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずる」という記述にとどまっている。
具体的な措置の内容及び方法は、特定地域振興計画を作成する都道府県において適切に判断するとされているだけで、専ら各都道府県の判断に委ねられている。
③ さらに、特措法案は地元住民は1(4)で述べたとおり、特定地域振興協議会の「構成員として加えるよう申し出ることができる」ので、協議会の構成員として意見を計画に反映する道もある。しかし、実際に一般住民がこの参加申立てをどこまできるのか、詳細は明らかではない。
(3)地元市町村への財政支援がない。
ダム予定地の地元市町村はダム中止に伴って財政が一層逼迫していくことが予想されるので、財政支援が必要であるが、今回の特措法では盛り込まれなかった。
ダム予定地の市町村の財政が一層逼迫していく理由は次のとおりである。
① ダム事業によって移転が急速に進行して人口が激減し、税収が落ち込んできている。
② ダム事業によって多くの施設(下水道や道路、学校、病院、清掃施設等)、しかも過大な施設がつくられてきているため、それらの維持管理費が膨らみ、市町村は一般会計からの補填を余儀なくされてきている。
〔補足〕ダム等国有固定資産交付金について
八ッ場ダムの場合はダム完成後に支払われるダム等国有固定資産交付金がある。これは、国有資産等所在市町村交付金法に基づき、ダム等の国有資産について固定資産税の代わりに市町村に交付されるものである。水道、工業用水道、発電のダム使用権設定者が国に納付し、国が地元市町村に交付する。川辺川ダムの場合はダム使用権設定者がいないので(発電の電源開発㈱は撤退)、五木村に対してはダム等国有固定資産交付金の交付はもともと予定されていない。
この交付金の交付対象はダム構築物、貯水池がある市町村であるから、八ッ場ダムの場合、長野原町のみであり、ダムサイトの直下にある東吾妻町は対象外である。法令の規定で毎年の交付金額が変化していく。八ッ場ダムができた場合の交付金額をざっと試算してみると、30~40間は毎年8~11億円程度で、将来的に次第に減額されていく。ただし、この交付金の収入があると、地方交付税が減らされてしまう。この交付金の75%は地方交付税を算出する際の基準財政収入額に算入されるので、長野原町の純収入は交付金額の25%、年間約2~3億円になると予想される。
3 川辺川ダムへの特別措置法の適用について
八ッ場ダムの本体工事予算案計上に際し、藤村官房長官が示した裁定の条件の一つは「ダム建設予定だった地域に対する生活再建の法律を、川辺川ダム建設予定地を一つのモデルとしてとりまとめ、次期通常国会への提出を目指す。」であった。そこに書かれているように、今回の特別措置法案は第一に川辺川ダムへの適用を念頭においたものであるので、その見通しを考えてみることにしたい。
(1)適用の前提条件
川辺川ダム予定地に特別措置法を適用する前提として次の手続きが必要である。
① 川辺川ダム計画がある球磨川は河川整備計画が未策定であるので、川辺川ダム計画の廃止を含む河川整備計画を策定する。
② 上記の球磨川水系河川整備計画が策定されれば、特ダム法による川辺川ダム基本計画※1について廃止に向けて手続きをとるという意思決定(計画変更)を行い、そのことをもって特別措置法の対象とする。
川辺川ダム基本計画の廃止は残事業の処理と費用の清算が終わってから、行う。
※1 川辺川ダム基本計画
川辺川ダムは電源開発㈱が撤退を2007年6月15日に表明している。発電という特定多目的ダム法の特定用途がなくなると、川辺川ダムは特定多目的ダム法の対象ではなくなり、治水目的がたとえあっても、ダム基本計画は廃止されることになる。電源開発の撤退表明の後、川辺川ダムそのものが中止の方針となったため、電源開発㈱の撤退に伴う費用清算の手続きがされず、ダム基本計画はそのままとなっている。
(2)球磨川水系河川整備計画の見通し
上述の球磨川水系河川整備計画に関しては国土交通省、熊本県、市町村による「ダムによらない治水を検討する場」が設置され、川辺川ダムの代替案が検討されてきており、代替案を仕上げて、2012年度中に河川整備計画を策定することが目標とされている。
しかし、今年3月29日の「検討の場」第3回幹事会で示された代替案はきわめて不十分なものであり、河川整備計画の策定の目処はまだ立っていないと言ってよい。
詳細は省略するが、川辺川ダムなしの河川整備計画が作るためには、その足枷となっている球磨川水系河川整備基本方針の見直しが必要であり、そのことを視野の外に置く限り、計画の策定は困難であると考えられる。
このように、特別措置法案が成立しても、法案の作成でモデルになった川辺川ダムにいつ適用できるか分からない状態になっている。