関東地方整備局は八ッ場ダムの検証(2011年)において、建設事業費4,600億円の増額が必要であることを示しました。検証報告による増額は合計約183億円で、その内訳は次のとおりです。
実際にはまだ他にも大きな増額要因があります。
それぞれについて説明していきます。
水没予定地や道路予定地の住民が移転する代替地の整備費用は、現在は事業費の枠外で、2009年度までに約95億円が投じられています。(別紙Ⅰ-1) 八ッ場ダムの場合は谷の大規模な埋め立てや山の斜面への造成など、地形条件の悪い中で代替地を無理をしてつくっていますので、整備費用がきわめて高額になっています。
代替地はいまだに造成中ですから、整備費用がさらに膨らんでいくことは確実です。
ア 代替地の分譲価格
宅地(一般的造成) 1坪当たり約11~15万円 (温泉街ゾーン 約14~17万円)。
農地 1坪当たり約5~6万円
ウ 分譲収益の試算
宅地 1世帯の宅地面積を平均で150坪、
分譲価格を平均で14万円/坪と仮定
農地 農家の割合を3割、1農家の農地面積を600坪
(分譲の上限)、
分譲価格を平均で5.5万円/坪と仮定。
エ 分譲収益の試算結果
宅地 90世帯×150坪×14万円/坪 = 約19億円
農地 27世帯×600坪×5.5万円/坪 = 約9億円
計 約28億円
代替地整備費用が最終的に110億円近くまで増加した場合は(2009年度までで95億円)、代替地整備の費用収支は80億円度の赤字になり、これが八ッ場ダム事業費に上乗せされることになります。
吾妻川の水力発電の問題について、詳しくはこちらをご参照ください。
八ッ場ダムと発電
国土交通省関東地方整備局は八ッ場ダム検証報告書(2011年11月)において、八ッ場ダムによる東京電力の減電量はわずかであるとする試算を公表しました。
〔注〕八ッ場ダムに設置される群馬県営八ッ場発電所の発電量として群馬県が設置計画を発表した時の数字。
この試算に関して関東地方整備局が情報開示した計算資料を検討したところ、減電量が極力小さくなるように計算の前提条件が設定されていることが明らかになりました。さらに、計算が正しく行われたかどうかについても疑問があります。
関東地方整備局は減電量を計算するために、平成10~19年度の流量データ及び発電実績データを使っています。しかし、この計算期間において、八ッ場ダムの補償工事として発電用導水管の補強工事(鋼板の内張り工事)が行われたため、松谷発電所や原町発電所が休止または発電量をわずかにしていた期間が延べ約2年間に及びました。このため、減電量の計算結果は通常時に比べて非常に小さくなっています。
②の運用が行われれば、(実際にそのような運用が可能かどうかの問題は別にして)八ッ場ダムの放流量が減少しますので、群馬県営八ッ場発電所の発電量も少なからず減るはずです。しかし、関東地方整備局は八ッ場発電所に関しては群馬県が以前に発表した発電量の数字4100 万kwhをそのまま使っています。これでは②の運用と矛盾します。
八ッ場ダムに設置される群馬県営八ッ場発電所の放流水を東電の原町発電所まで導水することになっていますが、この導水管の設置はまだ具体化していません。
八ッ場発電所の直下には約2km下流に松谷発電所がありますが、八ッ場発電所は地下に設置され、その放流口の標高は松谷発電所より低いため、導水するとすれば、松谷発電所の下流にある原町発電所まで導水管を設置しなければなりません。その距離は約9kmありますので、原町発電所まで導水管を設置するとすれば、数十億円以上の工事費が必要になると予想されます。しかし、その工事費は八ッ場ダム事業費には入っていません。
導水管の構想はもともと東吾妻町に固定資産税が入るということから、東吾妻町から浮上してきた話であって、事業主体も費用負担も何も決まっていません。
開示された減電量計算の手順と流量データを用いて、減電量を計算すると、以下のとおり、関東地方整備局が示した減電量よりはるかに大きくなりました。関東地方整備局による減電量計算の過程が明らかにされていませんので、恣意的な計算を行ったところを具体的に指摘することは困難ですが、減電量が小さくなるように関東地方整備局が恣意的な計算を行った可能性が高いと考えられます。
関東地方整備局が開示した減電量計算の手順と流量データを用いて減電量を計算した結果を次に示します。計算は次の2通りについて行いました。なお、発電量は八ッ場ダムがない場合もある場合も実績発電量とは無関係に、流量の範囲で可能な発電量としました(稼働率90%)。
ⅰ 国交省試算の条件設定(八ッ場ダム放流状況に合わせた長野原取水堰の取水量調整あり、八ッ場発電所から原町発電所までの導水あり)
(上記(2)の②、④で述べたとおり、これらの設定条件には疑問がありますが,あえて国交省の条件設定をそのまま採用した場合)
ⅱ 国交省試算の条件設定を採用しない場合
八ッ場ダムがない場合 | 八ッ場ダムがある場合 | |||
i 国交省試算の 条件設定 (八ッ場ダム放流状況に合わせた長野原取水堰の取水量調整あり、八ッ場発電所から原町発電所までの導水あり) |
ii 国交省試算の条件設定なし | |||
松谷・原町・ 箱島・金井・ 渋川・佐久 発電所の計 |
発電量(万Wh/年) | 64,527 | 53,404 | 47,043 |
減電量(万Wh/年) | — | 14,123 | 20,484 | |
減電補償額(億円) | — | 159 | 231 |
減電量はⅰのケースが1億4100万kwh、ⅱのケースが2億500kwhであり、関東地方整備局が示した試算結果1400万kwhに対して10倍から15倍の減電量になりました。
関東地方整備局の試算は明らかにおかしいと考えます。
当会で試算した減電量から減電補償額が求めると、160~230億円になります。
〔補足〕松谷発電所の水利権更新を考慮した場合
松谷発電所は水利権の許可期間が2011年度末までであるため、現在、更新手続き中です。
(この問題についての説明は、4の「吾妻川の流量維持」の目的喪失による97億円の負担問題をご覧ください。)
東京電力による松谷発電所の水利権更新申請書を確認したところ、更新後はガイドラインに則り、八ッ場ダム予定地点で毎秒2.4m3の流量を確保するように下流責任放流を行うことになっています。
松谷発電所水利権更新申請書の下流責任放流量を前提として、東電発電所の減電量を計算すると、下表のとおり、減電量はⅰのケースが1億1300万kwh、ⅱのケースが1億7700万kwhとなり、減電補償額は130~200億円となります。
八ッ場ダムがない場合 | 八ッ場ダムがある場合 | |||
i 国交省試算の 条件設定 (八ッ場ダム放流状況に合わせた長野原取水堰の取水量調整あり、八ッ場発電所から原町発電所までの導水あり) |
ii 国交省試算の条件設定なし | |||
松谷・原町・ 箱島・金井・ 渋川・佐久 発電所の計 |
発電量(万Wh/年) | 64,732 | 53,404 | 47,043 |
減電量(万Wh/年) | — | 11,328 | 17,689 | |
減電補償額(億円) | — | 128 | 199 |
八ッ場ダム事業の地すべり対策は迷走しています。
2004年の八ッ場ダム基本計画変更により、総事業費は2倍以上に膨らみましたが、地すべり対策は極端なコスト縮減が図られました。
わずか3地区のみの地すべり対策でよいとし、さらに、その対策費用は当時の試算で必要とされた49.17憶円が8分の1以下の5.82憶円に圧縮されました。
そのうち、横壁地区・小倉は対策実施済みということで、新たな対策費用は残り2地区の1.9億円だけとなっていました。
コスト縮減前 | コスト縮減後 | |
横壁地区小倉(実施済み) | 鋼管抗・耕土工・押さえ盛土 3.95億円 | |
川原畑地区二社平 | 鋼管抗 9.69億円 | 押さえ盛土 0.87億円 |
林地区勝沼 | 鋼管抗 35.64億円 | 押さえ盛土 1.00億円 |
3地区の計 | 49.17億円 | 5.82億円 |
しかし、地すべりの危険性がマスコミ等で指摘されてきたことにより、八ッ場ダムの検証(2011年)の中で地すべり対策の見直しが行われ、次の対策案が示されました。
国交省関東地方整備局は、2004年の基本計画変更時点では5.8億円の対策費用だけでよいとしていましたが、見直した結果、149億円の対策費が必要だということになったのです。対策費用は26倍にも跳ね上がったことになります。2004年の計画変更時点で、地すべり対策についてきわめて杜撰な検討しか行わなかったことを如実に物語っています。
この杜撰さはダム検証の地すべり対策案の検討でも見ることができます。地すべり対策案の元資料「八ッ場ダム周辺地状況検討業務報告書(平成24年2月)日本工営(株)」を応用地質の専門家が検討したところ、かなり不十分なものであって、詳細な検証を行えば、地すべり対策費の大幅増額は避けられないことが分かりました。
ダム事業ではダム本体工事完了後、試験湛水を行い、最終的な安全確認を行ってからダムを運用することになっています。実際に水を貯め、水位を上下させてみなければ、ダム湖周辺に地すべり等が発生しないかどうか、わからないからです。
奈良県の大滝ダム(近畿地方整備局)や埼玉県の滝沢ダム(水資源機構)ではダム本体完成後の試験湛水で深刻な地すべりが発生してその防止対策が延々と行われ、地すべり対策工事費がそれぞれ約308億円、約145億円にもなっています(内閣参質171第186号の政府答弁書)。
同様に、貯水池予定地周辺の地質がきわめて脆弱な八ッ場ダムでは、試験湛水で深刻な地すべりが発生して追加対策が必要となる事態が予想されます。地すべり対策費がダム検証で示された約149億円より大きく膨れ上がり、さらに100億円規模の増額が必要となる可能性が十分にあります。
1988年に建設省と通産省から通達「発電用水利権の期間更新時における河川維持流量の確保について」(発電ガイドライン)が出されました。
それまでは、発電水利権は根こそぎ取水が認められていましたが、このガイドラインにより、1988年以降に更新される発電水利権は下流への河川維持流量の放流が義務づけられるようになりました。
発電水利権の許可期間は30年です。東京電力㈱は松谷発電所(長野原取水堰と須川取水堰)の許可期限が近づいてきましたので、2012年2月24日に水利権許可申請書を関東地方整備局河川部水政課に提出しました。
そのあと、関東地方整備局と東電の間でやり取りがあり、現在は関東地方整備局で審査中です。
東電は2013年4月26日に別紙III「松谷発電所水利権更新申請における河川維持流量の再検討について」を提出しました。
それを読むと、八ッ場ダム予定地の上流に位置する吾妻川取水ダム(長野原取水堰)から毎秒1.727m3を放流し、八ッ場ダムまでの残流域からの流入量0.673m3/秒を合わせて、八ッ場ダム予定地で毎秒2.4m3を確保することになっています。
このように、松谷発電所の水利権更新が完了すれば、八ッ場ダムなしで、毎秒2.4m3の流量がダム予定地点で確保されることになり、八ッ場ダムの目的の一つ、「吾妻川の流量維持」はなくなることになります。
それに伴って、八ッ場ダム事業費4600億円のうち、「吾妻川の流量維持」の負担額97億円が宙に浮くことになり、97億円を国と各都県、利水予定者が分担して負担しなければならなくなります。この問題では、総事業費は増額にはなりませんが、群馬県を除く各都県、利水予定者にとっては実質的な増額になります。
〈注〉「吾妻川の流量維持」の目的がなくなるのですから、本来ならば、その分だけ八ッ場ダムの規模を小さくし、総事業費を4600億円から97億円減額して4503億円に落とすべきです。
しかし、すでに現事業費の8割以上を支出し、この目的も含めた規模で八ッ場ダム事業を進めていますので、今の段階で規模の縮小はできず、余分にかかった97億円をダム事業参画者が分担して受け持たざるを得ません。そのため、群馬県を除く各都県、利水予定者にとっては実質的な増額になります。