八ッ場ダムの不要性―東京の水あまり
苗村洋子(小平市議会議員、生活者ネットワーク)
八ッ場ダム計画を止めたいと、流域都県で多くの市民が声をあげました。最下流に位置する東京に住むわたしたちにとって、八ッ場ダム問題は、まずは飲み水、身近な水道水の問題です。東京都は、水道水源確保のために八ッ場ダムが必要であるとしています。そのため、事業費が2倍以上の4,600億円に引き上げられたときも、あっさりこの基本計画変更に同意してしまいました。
しかし、東京の水源を確保するために、ほんとうに八ッ場ダムが必要なのでしょうか。実は、東京都はすでに充分な水源を持っています。今後の需要を考えると、今以上に水源を開発する必要はありません。東京都がダムの必要性の根拠としているものに対して、わたしたちの主張を要約してレポートします。
1.東京都の水需要予測が過大であること
東京都は、2003年12月に、それまでの過大な水需要予測を下方修正し、2013年度の1日最大給水量を600万m3としました。ところが、この数字さえ過大です。都内の水の使用量は、この10年あまり着実に減ってきています。近年東京都の人口が増加しているにもかかわらず、減少しているのです。これは、節水機器の開発・普及や雨水利用、水のリサイクル、水道局の漏水対策などの効果によるものです。多くの人の知恵や努力によって減ってきた1人あたりの水の使用量は、今後も減ることはあっても増えることは考えられません。これからの水需要を考えると、東京ではしばらく人口増加が予想されるので、仮に給水人口がピークで1300万人になったとしても、2005年の1人あたり1日最大給水量(406リットル)を前提にすれば、1日最大給水量は、「406リットル×1,300万人」で、528万m3、猛暑であった2004年度の1人1日最大給水量420リットルを使ったとしても、420リットル×1,300万人で546万m3となります。これが需要の上限であると考えます。その後人口が減少に転じるからです。東京都の予測600万m3とは、実に50万m3以上の差があります。
2.東京都の保有水源量を少なく見ていること
東京都は、保有する水源量は日量623万m3(未完成のため暫定水利権である霞ヶ浦導水も含めて)であり、うち取水の安定性に問題がある「課題を抱える水源」が日量82万m3含まれると言っています。しかし、わたしたちの調査では、東京都の保有水源量は日量701万m3(霞ヶ浦導水を除いて)になります。わたしたちは、次の3つの観点から、東京都の主張はおかしいと考えています。
(1)原水の水利権量と給水量換算した数字の差が大きい。
東京都は、浄水場で蒸発するなどのロスを過大に見積もり、平均6~7%の消失があるとして給水(可能)量を計算しています。浄水場でのロス率は、過去の実績に基づけば1%程度であり、安全側に厳しく見ても2%ですから、ロスを想定した修正率は98%となります。実態に合わない計算方法をとっているため、それだけで日量31万m3の違いが出てきます。
(2)多摩地域の地下水が保有水源に入っていない。
大切な水源である多摩地域の地下水が保有水源に含まれていません。現在、未統合市も含めると、揚水量は1日平均約37万m3、多摩地域全体で水道水源の約3割を地下水が占めています。ところが、東京都は、水源である地下水を認可水源でなく予備水源として扱い、国の指導によって認可水源となった2004年3月以降も、依然として保有水源量に入れていません。地盤沈下は沈静化しており、現在汲み上げている量は安定的に使用できるのです。
(3)「課題を抱える水源」が日量82万m3とあるが、課題の内容は手続き上の問題である。
「中川・江戸川緊急導水」など課題があるとしている水源について調べてみると、都がいう課題というのは、水資源の枯渇とか、取水を困難にする客観的な事情が存在するというものではなく、手続きの問題であったり認可権の問題であったりするだけです。これは、単なる行政手続き上の障害であり、事実としては、安定的に使える水源です。
3.東京都の渇水対策は進んでいる
1964年のいわゆるオリンピック渇水時には、断水し給水車が出動するなどの事態となりました。そして、渇水というと、このときの状況がことさら例に挙げられます。しかし、東京都は、その後多くの水源開発に参画し、水源確保に努めてきました。1990年代には、保有水源が増え、水の使用量が減りはじめたことで、1日最大給水量を保有水源量が上回り、今では1日最大給水量508万m3(2005年)に対して水源量701万m3と、1.4倍もの水源があるのです。このため、渇水時も含めて、もう何十年も断水には至っていません。取水制限・給水制限が実施され、一部で減圧給水が実施されたこともありますが、近年最も渇水が厳しかったとされる1994年の渇水時も含め、生活への実際の影響はほとんど出ていません。実績として、この年も含めてここ20年以上問題なく推移しているのです。これは、どう少なく見積もっても、10年に1回、20年に1回程度の渇水に対応することが十分可能であることを示しています。
「利水安全度」という言葉が使われて、「もしも水が足りなくなったらどうするんだ」「水源は多いに越したことはない」と言われます。下流の東京ではどんな気象状況でも水をジャブジャブ使い、そのために川の上流で山を切り開き、巨大なコンクリートの塊を次々と造ってきました。けれども、そんな時代はもう終わりました。
わたしたちは、どんな東京に暮らしたいのでしょうか。魅力的なまちの姿を考えると、節水型のエコロジカルなまちがこれからのトレンドになるはずです。そうでなければ、財政面から見ても環境面から見ても、破滅への道をまっしぐらに進むしかありません。
これまで述べてきたとおり、データにもとづく検証から、東京にとって八ッ場ダムの不要性は明らかです。さらに、「利水安全度」という強迫観念から脱するのは、検証の根底に脈打っている意志です。それは、ダムがもたらすさまざまな弊害に対する怒りや悲しみから発しているのかもしれません。わたしたちは、現地の山や川、森、そこに暮らす人たちに思いを馳せながら、自分たちの暮らしを見つめなおし、八ッ場ダム計画の中止を訴えています。「ダムはもういらない」。