本書は、当会のアドヴァイザーであった宇沢弘文氏が生前にとりまとめた最後の本として、宇沢氏逝去後に刊行されました。社会的共通資本をキーワードとしたシリーズでは、「医療」、「川」に続く三冊目となります。
『社会的共通資本としての森』(宇沢弘文、関良基編、東京大学出版会)
出版社のサイトに、詳しい目次が掲載されています。
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-030252-4.html
本書の共同編集者である関良基氏は、八ッ場ダム住民訴訟において、住民側の証人として、戦後の利根川流域の森林再生による保水機能の回復を取り上げました。また、2012年から2013年にかけて、国交省関東地方整備局が開催した利根川江戸川有識者会議の委員を務めました。八ッ場ダム計画を利根川の河川整備計画に組み込むことを目的として設置されたこの有識者会議では、国交省が委員を選出する為、委員長をはじめ八ッ場ダム事業を支持する委員が大勢を占めましたが、民主党が推薦した関委員らが反対の論陣をはりました。関氏が住民訴訟や有識者会議で取り上げた、利根川流域の森林再生による保水機能の回復は、八ッ場ダム計画における「治水」目的に疑問を投げかけるものでした。
利根川流域では戦後、森林の生長や造林事業によって、森林の保水機能が大きく向上していますが、国交省はいわゆる「緑のダム」機能を認めず、利根川流域の森林が過剰に伐採されていた1950年代当時の森林の保水機能をもとに利根川の洪水計算を行い、八ッ場ダムの必要性を正当化してきました。「緑のダム」問題は、利根川に限らず、熊本県の川辺川や徳島県の吉野川など、治水目的の巨大公共事業が計画された河川で大きな議論を巻き起こしてきました。ダムなどの公共事業は「緑のダム」による保水機能を評価すれば治水上の必要性が失われるからです。
民主党政権から自民党政権に戻った2013年、国交省関東地方整備局は有識者会議を打ち切り、関氏ら八ッ場ダム事業に反対する有識者の意見を封じて八ッ場ダム計画を位置付けた利根川の河川整備計画を策定しました。このことによって、八ッ場ダムの本体工事にゴーサインが出され、2014年度の予算に八ッ場ダムの本体工事費が組み込まれました。
本書の第2章「森林回復による治水機能の向上はダムに優る」では、八ッ場ダムを巡るこの間の経緯と解説が詳述されており、「緑のダム」に関する学術上の最新の成果や森林環境と人間活動が相互に作用する中で育まれてきた思想と文化にも焦点を当てています。
関連記事を転載します。
◆2015年5月5日 東京新聞 話題の発掘
ー経済学者・故宇沢弘文氏 晩年の思い込め 編集本 共通資本の森守って 金もうけ開発ダメー
昨年9月に亡くなった経済学者の宇沢弘文氏が、最晩年に編集した「社会的共通資本としての森」(東京大学出版会)が先月出版された。ノーベル経済学賞候補として名前が挙がり、環境問題でも積極的に発言した宇沢氏。森が育むさまざまな価値が、公正に配分される社会の実現を目指して同書を編んだ。
二〇一〇年十二月に編集作業が始まった。宇沢氏は会議に先立ち、共同編者の拓殖大の関良基准教授(森林政策)に向かい、「いよいよ人生の最後の局面に入ったとの感が否めない。森の中にあるさまざまな資源や、森の果たす宗教的、歴史的な役割まで、できるだけ広範に盛り込みたい」と編集の意図を伝えている。
その言葉通り、同書では、森の保水・治水機能や地域住民の森利用の可能性、森が育んできた思想や文化といった多様な側面について、各分野の専門家による分析が行われている。
宇沢氏は論文で、森や大気、河川の自然環境と、教育や医療サービスなどを、社会の共通資本と位置付けている。その上で、森の長期安定化のための国際的な枠組みを提案する。
木の伐採や二酸化炭素排出に「炭素税」をかけ、各国は一定比率を「大気安定化国際基金」に拠出する。基金を国民所得などに応じて各国に分配し、それぞれが森育成や再生可能エネルギー開発を進める構想だ。
宇沢氏は一一年の東日本大震災直後に脳梗塞で倒れた。そのため論文は、書きかけの原稿に、発表済みの論文の主要部分を盛り込む形でまとめていった。
関氏は、宇沢氏の思いをこう語る。「森の保水力を無視してダム建設を強行しようとする国土交通省の姿勢に対する憤りが、編集の直接のきっかけだった。森や川は国有、私有を問わず、自然の機能を損なってまで金もうけのために開発してはならない。これがこの本に込めたメッセージだ」