2009年8月4日
八ッ場ダム建設の二大目的の一つ、「治水」についてわかりにくいという声が多く寄せられていますので、八ッ場ダム事業における治水問題を整理したものを掲載します。
利根川の治水対策として八ッ場ダムは必要か
―八ッ場ダムは治水効果が希薄で、真の治水対策を遅らせている―
1 カスリーン台風再来時の八ッ場ダムの治水効果はゼロ
利根川の治水計画のベースになっているのは1947年のカスリーン台風洪水です。八ッ場ダムの計画が1952年に最初に浮上した理由も、カスリーン台風の再来に備えるためということでした。
ところが、このカスリーン台風の再来に対して八ッ場ダムの治水効果がゼロであることが国土交通省の計算によって明らかになっています。2008年6月6日の政府答弁書は、カスリーン台風再来時の八斗島(やったじま)地点(群馬県伊勢崎市にある利根川の治水基準点)の洪水ピーク流量が、八ッ場ダムがある場合もない場合も同じであり、八ッ場ダムによる削減効果がまったくないことを明らかにしました。これは八ッ場ダム予定地上流域の雨の降り方が利根川本川流域と異なっていたからですが、他の大きな洪水でもよく見られる現象です。
最も重要な洪水であるカスリーン台風の再来に対して八ッ場ダムの治水効果がゼロであることは、利根川の治水ダムとして致命的な問題です。
2 国土交通省は最近30年間の洪水については八ッ場ダムの治水効果を計算せず
では、最近の洪水に対して八ッ場ダムはどの程度の治水効果があるのでしょうか。この点について上記の政府答弁書は次のように述べています。
「最近30年間の洪水について八ッ場ダムがあった場合の八斗島地点および八斗島地点以外での治水効果を計算したものは、国土交通省が現時点で把握している限りでは存在しない。」
国土交通省は八ッ場ダムが利根川の治水対策として必要だと宣伝しておきながら、最近30年間の洪水について治水効果を計算したことがないというのです。
3 過去約50年間で最大の洪水における八ッ場ダムの治水効果はわずかなもの
説明責任を果たしていない国土交通省に代わって、最近で最大の洪水について八ッ場ダムの治水効果を検証してみましょう。
最近で最大の洪水は1998年9月洪水で、八斗島地点のピーク流量は9,220㎥/秒でした。これは1949年のキティ台風のあとでは最も大きい洪水ですから、最近約50年間で最大規模の洪水ということになります。
1981年から八ッ場ダム予定地に近い岩島地点で流量観測が行われるようになっていますので、机上の流量計算モデルではなく、岩島地点の観測値から八ッ場ダムの治水効果を求めることができます。八ッ場ダムの効果が最も大きくなる条件で求めた結果は図1のとおりです。八斗島地点における八ッ場ダムの水位低減効果は最大で13cm程度で、そのときの水位は堤防の天端から4m以上も下になります。八ッ場ダムがあったとしても、この洪水では何の意味もなかったことがわかります。
この計算は、八ッ場ダム地点での削減効果がそのまま八斗島地点に反映されるという前提で行ったものです。実際には下流への流下に伴ってその効果は小さくなりますので、八斗島地点における八ッ場ダムの水位低減効果は7~8cm程度と推測されます。
また、図2は堤防の天端と同洪水の痕跡水位(最高水位の痕跡)を八斗島地点から栗橋地点(埼玉県)までの区間について示したものです。どの地点とも痕跡水位は堤防天端から約4m下にありますので、八ッ場ダムによるわずかな水位の低下が意味のないものであることは明らかです。
過去約50年間で最大の洪水で、この程度の効果しかないという事実から、八ッ場ダムは利根川の治水対策として不要不急の事業であると判断されます。
4 ダム建設のために後回しにされる河川改修
治水対策の王道は河川改修であって、利根川も治水効果が希薄な八ッ場ダムなどのダム建設ではなく、河川改修に力が注がれなければなりません。ところが、利根川の河川予算の推移を見ると、図3のとおり、八ッ場ダム等のダム建設費が増加してきているのに対して、河川改修の事業費は年々急速に減少してきています。次に述べるように、洪水に対する安全性を高めるためには堤防の強化対策が急がれているのですが、それを含む河川改修の事業費がダム事業のために年々削減され、河川改修が後回しにされてきているのです。
5 破堤の危険性をはらむ利根川の堤防
河川改修には二つの課題があります。一つは河道整備(堤防の嵩上げや河床の掘削等)を行って流下能力を高めること、もう一つは堤防の強化を進めることです。図2でわかるように、利根川は流下能力の面では整備がそれなりに進んでいますが、後者の対策がひどく遅れています。堤防は何度も改修を重ねてきたため、十分な強度が確保されているとは限りません。洪水時に河川の水位が高い状態が維持されると、水の浸透で堤体がゆるんで堤防が崩れたり(すべり破壊)、あるいは堤防にみず道が形成されて堤防が崩壊したりする(パイピング破壊)危険性があります。2004年7月の豪雨で新潟県の五十嵐川(信濃川の支流)の堤防が100mにわたり決壊して、凄まじい被害をもたらしました。堤防というものは場所によっては予想外に脆弱なものなのです。
国土交通省が利根川の堤防の安全度を調査した結果を情報公開請求で入手して、整理した結果の一例を図4、図5図5に示します。利根川中上流部(群馬県伊勢崎市付近から茨城県取手市付近まで)の左岸と右岸とも、すべり破壊・パイピング破壊の安全度が1を大きく下回って破堤の危険性がある堤防が随所にあることがわかります。利根川の他の区間も同じような状況です。
利根川では危ない堤防がこれほどあるにもかかわらず、堤防の強化対策を後回しにして、治水効果が希薄な八ッ場ダム等のダム建設に河川予算の大半が注ぎこまれているのです。ダム建設を自己目的化している現在の利根川の河川行政を、流域住民の安全の確保を目的とした本来の河川行政へ、すみやかに転換することが求められています。
〔補足〕首都圏氾濫区域堤防強化対策事業について
利根川の堤防強化は緊急に取り組まなければならないことですが、それは利根川と江戸川で始まっている首都圏氾濫区域堤防強化対策事業ではありません。これは、利根川は熊谷市(埼玉県)から五霞町(茨城県)まで、江戸川は五霞町から吉川市(埼玉県)までの右岸側の堤防の裾野を大きく拡幅する事業です。首都圏対策ということで右岸側のみの計画です。この事業は堤防の裾野を大きく拡げるため、一千戸を超える家屋の移転が必要ですし、事業費も数千億円規模になると予想されます。堤防の強化対策はもっと経済的で、家屋の移転を必要としない方法を選択すべきであって、この事業もダム建設と同様に、大規模土木事業をつくるために考案されたものと思われます。