2012年10月26日
八ッ場ダム本体着工の是非が問われる利根川・江戸川有識者会議では、国交省が八ッ場ダム計画を組み込んだ利根川の河川整備計画の策定を強引に進めようとしています。
河川の問題は、治水、利水、環境など多岐にわたりますが、国交省は利根川の治水基準点における「目標流量」というテーマ一点に絞って有識者会議に意見を求めています。
目標流量を先に決めることと、目標流量そのものの科学的な根拠について多くの委員から異論が噴出していますが、国交省はそれらの意見には耳を傾ける気配がなく、国交省の操り人形となっている宮村忠座長は、議論を早々に打ち切りたいとしています。
この有識者会議で、カスリーン台風洪水の氾濫図として国交省が配布した資料が問題となっています。氾濫が実態の八倍の広さに及ぶように描かれているためです。10月19日の東京新聞が、氾濫図は捏造の疑いがあると大きく報じました。これに対して国交省関東地方整備局は、氾濫図は会議のテーマとなっている目標流量の計算には使っていないので問題ない、と説明しています。
東京新聞の記事
https://yamba-net.org/wp/modules/news/index.php?page=article&storyid=1750
しかし、八ッ場ダム計画が構想されたきっかけとなったカスリーン台風の氾濫図と目標流量の計算には密接なつながりがあります。
以下に解説を掲載します。
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第5回~7回の利根川・江戸川有識者会議では、基本高水流量の検証で使用された新・洪水流出モデルの科学性の有無、および国交省によるカスリーン台風の推定氾濫図の真偽が重要な争点になりました。
これらの争点と、関東地方整備局が示す治水目標流量との関係を解説します。
1 治水目標流量17,000?/秒と、基本高水流量に関する争点との関係
関東地方整備局の案
「利根川河川整備計画の治水安全度1/70~1/80、治水目標流量17,000?/秒(八斗島)」は、
国交省が利根川の基本高水流量の検証に使用した新・洪水流出モデルと総合確率法で求めたものです。
新モデルによる基本高水流量(八斗島)の検証
① 昭和22年のカスリーン台風の再来計算流量 21,100?/秒
② 治水安全度1/200の洪水流量22,200m3/秒(総合確率法による)
国交省は①、②で従来からの基本高水流量22,000?/秒とほぼ同じ値が得られたとし、日本学術会議はその計算結果を妥当と評価しました。
しかし、2~4で述べるように、①、②とも現実から遊離した過大な値です。
①は17,000?/秒以下が真値と考えられますので、そのことを踏まえれば、
利根川河川整備計画の治水安全度の案 1/70~1/80に対応する治水目標流量も大幅に下がります。
仮に比例して小さくなるとすれば、
17,000?/秒×(17,000?/秒÷21,100?/秒)=13,700?/秒 になります。
このように、新・洪水流出モデルは現実と乖離していますので、治水安全度1/70~1/80を前提としても、利根川河川整備計画の治水目標流量を正しく求めれば、17,000?/秒より大幅に小さい値、余裕を見ても14,000~15,000?/秒になります。
2 カスリーン台風の再来計算流量 21,100?/秒の虚構
―偽りの氾濫図で現実との乖離を説明しようとした国交省―-
昭和22年カスリーン台風の八斗島の実績最大流量は17,000?/秒とされています。
これは、当時、八斗島の観測機器が流出したため、その上流3地点の観測値から推定した値です。その推定の方法に誤りがありますので、八斗島に到達した最大実績流量は正しくは約15,000?/秒です。当時、安芸皎一東大教授が指摘したことです〔注〕。
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〔注〕昭和22年カスリーン台風の実績流量
安芸皎一東京大学教授(群馬県「カスリン颱風の研究」昭和25年)
「(三河川の合流点において)約1時間位16,900m3/sの最大洪水量が続いた計算になる。しかし之は合流点で各支川の流量曲線は変形されないで算術的に重ね合わさったものとして計算したのであるが、之は起こり得る最大であり、実際は合流点で調整されて10%~20%は之より少くなるものと思われる。川俣の実測値から推定し、洪水流の流下による変形から生ずる最大洪水量の減少から考えると此の程度のものと思われる。」(288頁)
安芸教授は合流点での調整を考えれば、16,900?/秒ではなく、16,900?/秒より10~20%小さい値が妥当だと判断しています。
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百歩譲って、実績流量が17,000?/秒であるとしても、国交省の新モデルによるカスリーン台風の再来計算流量 21,100?/秒とは約4,000?/秒の差があります。
国交省は、この差のほとんどは、カスリーン台風当時、八斗島より上流で氾濫したものだとして、2011年6月8日の日本学術会議の基本高水検証分科会に、推定氾濫図を提出し、その図から最大で7,700万?の洪水が溢れたという試算結果を示しました。
国交省が学術会議に提出したカスリーン台風時の推定氾濫図
〔注〕図中の「玉度町」は「玉村町」の誤り
しかし、この推定氾濫図は単に机上で作成した架空のものであって、きわめて大きな氾濫区域になっています。
大熊孝委員(新潟大学名誉教授)は昭和40年代の東京大学大学院時代に現地を丹念に調査して、カスリーン台風当時の氾濫は一部の地域に過ぎないことを明らかにしています。
国交省の推定氾濫図の現実との乖離は現地を見ればすぐにわかります。例えば、高崎市街地を含む高崎台地も氾濫区域になっていますが、周辺より高さ十数m以上もある台地に洪水が押し寄せるはずがありません。 高崎市の南八幡地区(旧八幡村)は、洪水が高さ100m以上もある丘陵を駆け上るような氾濫域になっています。
高崎台地 城址公園南の下和田町
大熊委員は、実際の氾濫量は大きく見ても,1,000万?に満たないとしています。国交省の試算結果の最大値の約1/8です。
以上のとおり、国交省の新モデルによるカスリーン台風の再来計算流量21,100?/秒と実績流量17,000?/秒(正しくは約15,000?/秒)との差、約4,000?/秒のうち、氾濫によって説明できるのはその一部でしかありません。
国交省は21,100?/秒の算出に上記の推定氾濫図を使用していないと答えていますが、21,100?/秒の裏付けになっており、氾濫区域の捏造により、21,100?/秒が虚構の数字であることが動かしがたい事実になりました。
3 21,100?/秒の算出方法の基本的な問題点
以上のとおり、カスリーン台風の再来計算流量 21,100?/秒は虚構のものです。その算出方法を点検すると、基本的な問題があることがわかります。
関良基委員(拓殖大学准教授)は次の問題点を指摘しています。
① 森林の生長による保水力の向上を無視
昭和22年のカスリーン台風当時は戦争直後のことで、利根川流域には多くのハゲ山がありました。その後、植林が行われて森林が生長したことにより、利根川流域の保水力が向上してきました。それにより、洪水ピークの出方が小さくなってきたことは日本学術会議の資料(国交省の計算結果、東大モデルの計算結果)でも明らかなのですが、国交省と学術会議は意図的に保水力の向上の影響を否定してきています。
② 洪水流出モデルの引き伸ばし計算の問題
洪水流出モデルは観測値がある実績洪水からつくられますが、そのモデルをカスリーン台風のようなもっと大きな洪水に当てはめると、過大な値が算出されます。その傾向があることは日本学術会議の資料でも示されているのですが、学術会議はこの問題を「世界的に未解決の問題」として棚上げにしてしまいました。
③ 利根川の地質構造を反映していない国交省の洪水流出モデル
国交省の新・洪水流出モデルでは吾妻川流域を除けば、雨が降り続くと、降雨のすべてが流出するという仮定がおかれています。しかし、利根川流域の地質構造は神流川流域以外は、新しい岩層である第三紀火山岩類と第四紀火山岩類、風化(マサ化)が進む花崗岩類ですので、浸透性が比較的高く、降雨のすべてが流出することはありません。そのことは学術会議の委員報告でも示唆されていることです。このことによっても、国交省の新モデルは過大な流量を算出しています。
関委員は③を考慮した計算を行うだけで、カスリーン台風の再来計算流量が16,663?/秒になるという計算結果を示しています。
4 総合確率法の計算結果の問題
治水安全度と洪水流量との関係を求める総合確率法(1の②参照)は学術会議の議論で「科学的に明らかになっていない仮定を前提とした手法である。」と指摘されており、科学的な根拠が危ぶまれる手法です。この問題を一応おくとしても、総合確率法の計算に使用された洪水流出モデルは、カスリーン台風の再来計算と同じものが使われています。
この洪水流出モデルは2、3で述べたように、現実と遊離したものなのですから、総合確率法の計算結果もまた、現実と遊離した過大な値が算出されていることは明らかです。
したがって、治水安全度1/70~1/80に対応する洪水流量の真値は、総合確率法で求めた17,000?/秒よりかなり小さい値になります。
5 まとめ
以上のように、基本高水流量の検証に使用された国交省の新モデルは、きわめて過大な流量を計算することが明らかになっています。
したがって、同じモデルで算出した「治水安全度1/70~1/80、治水目標流量17,000?/秒」も同様に、かなり過大に算出されたものであることは間違いありません。
現実に合わせて、科学的な洪水流出モデルを構築すれば、利根川河川整備計画の治水安全度1/70~1/80を前提としても、治水目標流量17,000?/秒は大幅に下がり、14,000~15,000?/秒になると考えられます。
治水目標流量が14,000~15,000?/秒であれば、関東地方整備局の計画案では河道整備と既設ダム群だけで対応できることになり、八ッ場ダム等の新規の洪水調節施設は無用のものになります。
基本高水流量22,000?/秒の誤りが明らかなのですから、基本高水流量を決定した利根川水系河川整備基本方針(現在検討中の河川整備計画の上位計画)から策定し直すことが必要です。
なお、利根川の堤防を強化して堤防の天端まで洪水を流せるようにすれば、20,000?/秒程度の洪水にも対応できますので、その取組みが今後の重要な課題です。