八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

「加古川の堤防強化(アーマー・レビー)は健在だった」

 わが国では八ッ場ダムをはじめとする巨大ダム事業が「治水(洪水調節)」という大義名分のもと、巨額の税金を投じて進められています。
 しかし、ダムは上流の雨を貯水できますが、ダム下流の大雨には無力です。また、ダムの治水効果はダムから遠ざかるほど減少します。洪水が襲う平野部から遠い山間地にダムを造っても、その効果は限定的です。
 洪水被害を防ぐためには堤防強化が最も効果的で、建設省はすでに耐越水堤防の技術を確立することに成功しているのですが、ダム事業を推進するためにこの技術を封印してしまいました。

 2004年に始まった八ッ場ダムの住民訴訟では、原告の市民や学識者が利根川水系の堤防にはすべり破壊やパイピング破壊の安全度が1を大きく下回っている箇所が随所にあることを資料と現地調査で示し、治水効果に科学的根拠のない八ッ場ダム建設より堤防強化が喫緊の課題であると訴えましたが、司法はこの問題を取り上げず、住民訴訟は2015年に原告敗訴で終わりました。ところが一年後の2016年9月、利根川水系の鬼怒川で堤防が決壊しました。皮肉なことですが、甚大な被害が発生したことで八ッ場ダム住民訴訟における原告の主張が正しかったことが証明されることになりました。

 水害のあった鬼怒川流域の茨城県では、「八ッ場ダムをストップさせる茨城の会」が活動を続けています。同会が4月20日に発行した通信134号では、建設省OBの石崎勝義さんが堤防強化工法について投稿されています。石崎さんは執筆にあたり、実際に国が約30年前に堤防を強化する目的でアーマー・レビー工法を実施した兵庫県の加古川を視察されたということです。大変興味深いご論考ですので、石崎さんと茨城の会にご許可をいただき、転載させていただきます。

 加古川堤防強化(アーマー・レビー)は健在だった
           石崎勝義(旧建設省土木研究所次長、八ッ場ダムをストップさせる茨城の会会員)

1 堤防強化の現場を見てきた
 前号では会計検査院の指摘で明らかになった堤防の弱点を補う方法として、アーマー・レビー工法による欠陥箇所の堤防強化を提案しました。  
 アーマー・レビーの施工例として、ほぼ30年前に実施されたという加古川の事例を土木研究所の報告書に基づいて説明しました。書きながら、いくつか知りたいことが出てきて是非現場をみたいと思うようになりました。
 幸い堤防の専門家である宇野尚雄先生が国土交通省近畿地方整備局に相談してくださり、本局や姫路河川事務所の皆様が二人を案内してくださることとなり、3月13日午後加古川の現地を調査してきました。 
 その結果ですが、加古川・高砂両市の市街地を控えた堤防7.2キロにわたって本格的な堤防強化が実施されたことが確認されました。
 この間、加古川は多くの洪水に見舞われました。堤防を越える出水こそありませんでしたが、平成16年の出水は計画洪水位を超え、流量は整備計画流量5700トン/秒を超える大洪水でした。
 しかし堤防の被災は皆無で、対策工事や補修はなかったそうです。

2 なぜ加古川で堤防強化アーマー・レビーが実施されたか
 加古川でアーマー・レビーによる堤防強化がおこなわれた契機としては 
       
① 1983(昭和58)年、台風10号により下流部(市街地)の堤防のいたるところで漏水・法崩れ(堤防の傾斜部分=法面が崩れる)が発生したこと、
② すぐ上流で加古川大堰が建設された
③ 上流部で改修が進み下流部の安全率が相対的に低下したこと、

等の理由で下流部の治水安全度の向上が喫緊の課題となっていました。
 しかし下流部は橋梁や堰(せき)などの横断構造物が多数存在し、流下能力の向上を図るには多大な時間と費用が生じます。特にJR山陽本線の橋梁は、橋脚の根入れが浅く掘削による河積確保も不可能でした。よって橋梁の架け替えや掘削が実施可能となる時期までの暫定措置として緊急的に実施されました。

3 堤防強化の検討委員会
 堤防強化の検討にあたっては、耐浸透及び対越水の模型実験を行ったうえで昭和61(1986)年に「加古川堤防強化対策検討委員会」を設置しました。
 素晴らしい人達が網羅されていますので少し紹介します。(右=委員名簿) 
 委員長の山村和也さんは土木研究所出身の方で堤防を含めた土質工学の専門家です。
 土木研究所の福岡所長がのちにアーマーレビーと呼ばれる堤防強化の開発研究を提案した時、最初に加わったメンバー3人のうちのひとりです。<久楽(くたら)勝行さんはその部下です。(故人)  事務局の中島秀雄さんはコンサルタント(応用地質(株))の方ですが、堤防設計に関してはすでに建設省の知恵袋となっていました。私も木曽川の堤防沈下問題でお世話になりました。 この後2000年、建設省はアーマーレビーを発展させてフロンティア堤防事業を全国で展開します。しかし2年後の2002年に堤防強化事業は川辺川ダム建設に差しさわりがあると考えて強引にこの事業を中止してしまいます。
 その翌年、中島さんは著書「図説河川堤防」(技報堂出版)の中でアーマー・レビーにケチをつけようとします。しかし大した理由も見つけられないので、「アーマー・レビーという名前が誤解を招く。すなわち鎧(アーマー)という言葉から河川が軍事拠点だという印象を与える」という主張をされます。その中島さんもすでに鬼籍に入っておられます。
 幹事の吉川勝秀さんは治水課長補佐として参加しています。吉川さんは建設省を辞めるにあたって天下りを良しとせず、日大教授を選択しました。たくさんの著書を著しましたが、亡くなる直前に出版された「河川堤防学―新しい河川工学」(技報堂出版)はアーマー・レビーのことを好意的に書いています。副題にあるようにアーマー・レビーが新しい河川工学を開くという考えを予感したのではないかと思います。
 藤田光一さんは現役の国土総技術政策研究所の所長です。河川工学が専門です。アーマー・レビー研究にはご自身が直接担当され、大型の水理実験を通して洪水時に現れる現象をよく把握され、アーマー・レビー研究を成功に導かれました。幻の「河川堤防設計指針第3稿」の第3章「越水にたいする難破堤堤防の設計」の執筆も藤田さんが中心ではないかと推察します。

4 加古川が貢献したアーマー・レビー 
 加古川の堤防強化では裏法尻にドレーン工と吸出し防止材が施工されています。
 土木研究所で開発されたそれまでのアーマー・レビーでは、裏法尻の洗堀防止対策の必要を指摘していましたが具体的な提案はありません。
 なぜ加古川で本格的なドレーンが加わったのでしょうか。
 右図は加古川の治水地形分類図です。堤防強化区間は自然堤防(微高地)に分類されています。旧河道が堤防付近にも見られ 洪水時には地盤を通じての河川からの浸透が心配されるところです。
 裏法尻のドレーン工と吸出し防止剤は①越流水からの保護と②河川からの浸透による決壊防止の二つの意味をもっています。
 この考えはアーマー・レビー工法に取り入れられるとともに 2000年から始まるフロンティア堤防事業の骨格を形成することになります。

5 アーマー・レビーは公開されていた
 加古川に出かける前に心配したことは もしやアーマー・レビーが隠されていて外見上わからなくなっているのではないかという危惧です。
 鬼怒川河川事務所某所長は住民からの「復旧は決壊しない堤防アーマー・レビーを検討してほしい」という要望に対し、「壊れない堤防などない。神話だ。」と言い切りました。難破堤堤防の設計法を記述した「河川堤防設計指針」は全て廃棄されていて、国交省の人は誰も持っていません。局長ですら「見たことがない」というのです。
 しかし近畿地方整備局の若い技術者の方が案内して下さった最初の場所には案内表示板がありました。写真のように堂々とアーマー・レビーと書かれています。「アーマー・レビーは生きている。」と実感しました。

6 これからの治水
 3月に「河川工学者三代は川をどう見てきたのか…安芸 皎一、高橋裕、大熊孝と近代河川行政150年」(農文協)が発刊されました。著者の篠原修さんはデザインなどの分野で実績のある東大名誉教授です。
 一読して驚いたのはわかり易い語り口です。三人の碩学の口を借りて 主に戦後の行政の変遷を語っていますが、具体的な材料をふんだんに紹介しています。わたしが知らなかったこともたくさんありますが、一番大きい驚きは、越水氾濫を許す治水方式の提案が大蔵省からあったという事実です。1995年に出版された鹿野義夫編「公共事業―戦後の予算と事業の全貌」では、大蔵省主計局が戦後の建設省河川局の治水行政を正面切って批判しているそうです。
 具体的には堤防を越流させない高水は10年に1度から20年に1度程度の確率とし、それ以上は越流させて遊水地で対処するという方式です。
 この時期は建設省が壊滅的な水害を防ぐための方策を真剣に考えて、遂にフロンティア堤防事業を開始する時期と重なります。しかし建設省はダム建設の障害になるのを恐れて、フロンティア事業の発足2年後、生まれて間もない赤子を殺すごとく廃止に追い込んでしまうのです。
 著者の篠原修さんは随所で自身の見解を述べていますが、耐越水堤防についても大熊孝氏・今本博健氏を引き合いに出して何度もその必要性を強調しています。素直に共感できます。

 おわりに
 アーマー・レビーは今の国土交通省の計画からは意図的に外されているように見えますが、現実には全国10ヶ所以上で建設され、機能し、住民の安全を守っているのです。一例を加古川で確認いたしました。耐越水堤防(アーマー・レビー)は洪水対策の切り札だと思います。
 住民・市民のみなさんの声が大きくなってで1日も早く復活することを希望します。