八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

太田国交大臣会見要旨より(1/22)

2013年1月25日

 国土交通省のホームページに1月22日に行われた太田国交大臣の会見要旨が掲載されました。その中に、八ッ場ダム事業に関連して国交省が策定しようとしている利根川の河川整備計画に関する質疑がありました。
 大臣に質問しているのは、ダム問題を追ってきたジャーナリストのまさのあつこさんです。

◆太田昭宏大臣会見要旨 
http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin130122.html

 国交省は、利根川の河川整備計画について審議する有識者会議を10月からこれまで、連続9回延期してきました。このことについて尋ねた質問に対して、太田大臣は、「(その理由を)承知しておりません」と答えています。

 9月、10月に開かれた有識者会議では、八ッ場ダム事業の根拠とされる利根川の治水について、有識者委員の大熊孝新潟大名誉教授(河川工学・当会代表世話人)らから根本的な疑問が呈され、それに対する国交省側の委員の反論は、「決定権は国交省にあり、ここでどれが正しいかを議論する必要はない」という、行政に追従するものでしかありませんでした。

 この有識者会議での議論を通じて、国交省が利権を守るために強権的な手法で河川行政を進めてきたことが浮き彫りになりました。有識者会議の模様を伝えるマスコミの論調は、国交省が予定している通り議論が終了するというものが多かったのですが、東京新聞など議論の中身に踏み込む記事もあり、その後、国交省は立ち往生した形でその後の会議を延期せざるをえなくなりました。国交省がホームページに公開している昨年9月、10月の有識者会議の議事録を読めば、そのことがよくわかるはずですが、太田大臣は会見で「議事録は見ておりません」と答えています。

 延期される前の最後の会議の議事録などの資料(国交省関東地方整備局のホームページ)
http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000207.html

 またこの会見では、八ッ場ダムが計画されてから61年がたち、社会状況が変化したことから、当初予想された都市用水の開発が必要なくなり、利根川の治水と共に八ッ場ダム事業推進の理由とされる「利水」の根拠法である水資源開発促進法についても時代の変化に即した見直しが求められるとの趣旨の質問がありましたが、太田大臣は国交省がこれまで繰り返してきた曖昧な説明に終始しました。

 大臣会見の中から、該当個所を転載します。
 

2013年1月22日(火) 11:06 ~ 11:29 国土交通省会見室

(問)利根川・江戸川有識者委員会に関してなのですが、利根川水系河川整備計画を策定するために、国土交通省関東地方整備局が設置していますが、過去8回、予定が入れられてはキャンセルされているということなのですが、昨年9月と10月にかけて、連続して3回程開催されたのですが、いずれも個々の事業に批判的な、つまり目標流量1万7千トンに対して懐疑的な委員が、いろいろな質問をして、それに対して今、回答を含めて待っているような状態なのですが、その状態で、次回の利根川・江戸川有識者委員会が開かれる予定が8回入ったのですが、11月、12月、そして今月もそうなのですが、それが過去8回、直前になって中止されるということになっているのですが、その理由は何か大臣は聞いていらっしゃいますでしょうか。

(答)何らかの事情があろうかと思いますが、詳細は私は承知しておりません。

(問)それに関してなのですが、先日東京新聞の一面で、昭和22年に開かれた審議会では、治水の流量目標が1万5千トンであるということが議論されていたのが、今2万2千トンまで引き上げられているのですが、その当時、理由もわからず、その当時1万5千トンと言われていたのが1万7千トンに引き上げられたということが、一面トップで取り上げられていました。それについては、当時の議事録は、大臣は見られましたでしょうか。

(答)議事録は見ておりません。新聞記事は見させて頂きました。

(問)見られると、内容が裏付けられるものが書いていますので、御覧になるとよろしいかと思います。
質問ですが、この治水もそうなのですが、利水の根拠となっている水資源開発促進法の目的には、都市人口の増加ということが入っています。
その状況は今変わっていますので、こうした開発法についての、廃止の方向性が打ち出されるべき時代ではないかと思いますが、この点についてはいかがでしょうか。

(答)この辺は、気候の変化や人口の動向とか様々な変化もあり、雨の降り方ということや、利水という観点での使用ということについては、様々な変化があるものですから、そうしたことは十分踏まえていかなければならないと思っています。