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「高まる豪雨災害リスク 今こそ野放図な宅地開発に歯止めを」(Wedge)

 豪雨災害に対応するためには、まずは、野放図な宅地開発に歯止めをかけることが必要です。この問題を取り上げた論考記事を紹介します。
なお、文中で、「滋賀県では14年に全国に先駆けて、浸水警戒区域内に住宅を建てる際に建築規制をする「流域治水に関する条例」を定めた。しかし20年までに地区指定ができたのは2カ所にとどまった。」とありますが、今年8月に3カ所になりました。

◆2020年10月15日 Wedge
https://news.yahoo.co.jp/articles/9cf8521fe28766020227123f776ca76e23ea1804?page=1
ー高まる豪雨災害リスク 今こそ野放図な宅地開発に歯止めをー

 2018年7月の豪雨災害で5700棟の住宅が浸水して54人以上が犠牲となった岡山県倉敷市真備町。浸水した住宅のほとんどが氾濫した小田川沿いの低い土地に建てられていた。同町は1980年ごろに倉敷市のベッドタウンとして、1万1000人から2万人まで人口が急増した。通勤に便利で、手ごろな価格で、空気もきれいな場所のため、多くの若い世代が移ってきた。当時はハザードマップはなかったが、住宅を購入した人は川べりの低い土地ということは認識していた。

 自宅が流される被害に遭った真備地区まちづくり推進協議会連絡会の中尾研一会長に聞くと「真備地区は120年前の明治時代に床上まで浸水する大水害があった。私は1975年からここに住んでいるが、台風により床下浸水は何度も経験したが、2階まで浸水することになろうとは想像もしてなかった。住んでいる人の多くは少々の雨が降っても床下浸水ぐらいで、それ以上にはならないと思っていた。住宅の購入にあたっては、通勤に便利だということを重視して、値段の割安なこの地域の住宅を購入したようだ。浸水リスクは認識していたが、それほど気にはしていなかったのではないか」と話す。

 いつ来るか分からない豪雨災害リスクよりも、経済的な理由を優先して購入した住民が多かったようで、同県が行った被災住民アンケート(19年3月)によると「ハザードマップ(水害)を見て、内容も覚えていた」と答えたのは23.4%しかいなかった。日本の住宅政策は、戦後一貫して「持ち家推進」を続けており、結果として世帯数を上回る住宅戸数が存在することになった。毎年のように見られるようになった住宅の浸水、土砂災害の被害は、無秩序な住宅拡張政策の結果ともいえる。

 それを浮き彫りにした数字が明らかになった。95年から2015年までの20年間に、ハザードマップの浸水想定区域内の世帯数が47都道府県すべてで増加、その数は約306万世帯になり、15年には全世帯数の28.3%に当たる1522万世帯が浸水想定区域内に住んでいる─という山梨大学の秦康範准教授の論文が今年1月に発表されたのだ。

 この傾向は大都市を抱えた東京都や神奈川県だけでなく、人口が減少している県でもみられ、秦准教授は「災害リスクの高い地域に住んでいる住民の啓発や人口減少社会にあった災害リスクを踏まえた土地利用を推進する必要がある」と訴えている。

 人口が減少し、世帯数も間もなく減少に向かう日本では、経済成長を促すとみられていた新築住宅を奨励する政策を転換する必要性が生まれている。

 そればかりではない。危険なエリアには高齢者福祉施設も多く建てられている。国土交通省によれば、20年8月現在、ハザードマップ内に建てられ、水防法に基づき、市町村が避難の際に配慮が必要としている施設(病院や高齢者、障がい者施設)が全国に7万7964カ所あり、うち特別養護老人ホームなど社会福祉施設が6万1754カ所だ。

 7月の豪雨で近くを流れる球磨川が氾濫したことにより14人もの犠牲者が出た熊本県球磨村にある特別養護老人ホーム「千寿園」の場合は、施設が建てられた当時は浸水想定区域に含まれていなかったが、その後の法律改正により、浸水想定区域に含まれていた。

国交省が新方針 規制強化に舵を切るが……
 河川が氾濫して浸水の恐れのある地域は黄色や赤色などで表示され、住民が浸水時に避難する目安になっているハザードマップは、対象となる全国の自治体のうち全体の98%が作成して公表している(20年1月現在)。しかし、危ない地域だという指定はあっても、ハザードマップの浸水想定区域内に家を建てないようにする規制はない。

 このため国交省は土地利用方策として都市計画法を改正して、土砂災害特別警戒区域などのいわゆる「災害レッドゾーン」において、病院、社会福祉施設等の開発を原則禁止し、浸水ハザードエリア等についても、市街化調整区域(開発を抑制する区域)における開発許可を厳格化するなど新たな制度を導入する方針だ。

 水災害対策を担当する同省の五道仁実前水管理・国土保全局長は「(雨量など)気候変動による外力の増大に対し、堤防やダム、遊水池などの整備を加速・充実することに加え、氾濫した場合を想定して、水害リスクの高い地域の土地利用規制や、より水害リスクの低い地域への誘導といったまちづくりや、土地の嵩上げやピロティ構造(一階部分が柱のみ)といった住まい方の工夫など、避難体制の強化や早期復旧・復興、といった観点から、総合的かつ多層的に対策を講じることが重要だ」と述べ、流域全体での水害対策を強調する。

 これを受けて各自治体でも動きがありそうだ。岡山県の有森達也・建築指導課長は「これまではハザードマップの浸水想定区域の建築を規制する法律がなかったが、国の方針に沿った形で2年後をめどに条例を定めることになるだろう」と話す。

 しかし、各自治体が個人の土地利用を制限するべく条例を制定しても、実際に地区を指定するとなると、私有権を盾に地主の反対も予想されて、簡単には進まない。東京都庁の技術者として、都内ゼロメートル地帯の浸水対策、区画整理事業など多くの対策に取り組んできた公益財団法人リバーフロント研究所の土屋信行・技術審議役は、「私有地という考え方があまりにも強固な個人的権利になってしまったことが、災害を予防するための限界になっている」と指摘する。行政側も公のために私権を譲ってもらうという観点から地道な説得が必要になる。

 滋賀県では14年に全国に先駆けて、浸水警戒区域(建築基準法による災害危険区域)内に住宅を建てる際に建築規制をする「流域治水に関する条例」を定めた。しかし20年までに地区指定ができたのは2カ所にとどまった。

 同県の速水茂喜・流域治水政策室長は「条例により200年に一度の降雨によりおおむね3メートル以上浸水予想がある区域で浸水警戒区域を指定し、安全な避難空間を確保することを許可基準として建築を制限している。新築や建て替え時に宅地を嵩上げするなどして、想定水位以上に避難空間(2階以上に居住区間や屋上など)がある場合は、建築の許可を申請できる。浸水警戒区域の候補地では、自治会や住民の避難計画の作成を支援するなど、安全な住まい方についての取り組みを5年程度かけて実施したうえで、浸水警戒区域を順次指定している。本年度に3カ所増えて5カ所になる」と、指定には時間がかかることを強調する。

 建築制限は私権の制限につながるため、拙速に進めることはできないハードルがある。土地が狭く災害の多い日本で安全な住まいを求めるには、公共の命の安全と土地の私有権とのせめぎあいが課題になる。

安全なエリアに誘導 するための具体策とは
 都市政策に詳しい明治大学政治経済学部の野澤千絵教授は「日本では約4世帯に1世帯程度が何らかの災害リスク(土砂、浸水、津波など)がある地域に居住している。自然災害は想像を超えるほど多発しており、人口減少、財政難、復旧担い手不足の中で、これまで同様に復旧・復興コストをかけられるとは思えない。重要なのは、住宅などの新規立地を、特に甚大な被害が想定される災害ハザードエリアで抑制し、安心安全なエリアへどのように立地誘導していくかだ」と指摘する。

 野澤教授が特に問題視するのが、大都市郊外や地方都市の中には、開発可能な市街化区域と開発を抑制する市街化調整区域に区分されておらず、土地利用規制が緩い非線引き区域が存在しており、全体的な人口は減少していても、河川沿いの農地エリアなど明らかに浸水リスクが高いエリアで、若い世帯が購入したと思われる新築住宅が建ちならび、局所的に人口が増えている点だ。

 ではどう誘導するのか。「過疎に悩む地方では少しでも人口を増やしたいために、現行の緩いままの土地利用規制を市町村が自主的に見直す方向には動きにくい。このため、国は、市町村に対して現行の緩い土地利用規制の見直しを促すことに加え、固定資産税の軽減や住宅ローン減税といった住宅の取得や改修に対する補助制度を、甚大な被害が想定されるハザードエリアの内と外で差をつけるなど、立地を重視した住宅政策に変更すべきだ。そうすることで、ハザードエリアに住宅がつくり続けられるという悪循環を断ち切らなければならない」と訴える。

 だが、ある大手ハウスメーカーの社員は、分譲地を購入する際の基準をこう明かす。「ハザードマップ上で建物の半分が浸水するエリアや、分譲地のすべてに浸水の恐れがある場合は避けるが、ハザードマップ内だからといって開発しないわけではない」。こうした供給が続く背景には、持ち家優遇政策や、持ち家信仰がある。

 年々災害が増加するなかで、その都度、巨額の復旧予算を充てていくことには限界がある。住宅火災保険の保険料も値上がり傾向にあり、これが災害危険地域での新築抑制につながることも期待されるが、対処療法は限界に近づいている。野放図な新築建設に歯止めをかけなければならない。