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治水対策が脆弱な球磨川流域、「命を守るためにいかに逃げるか」

 2020年7月の熊本豪雨で、50人が犠牲になった球磨川流域の防災関係者が異口同音に語るのが、「命を守るためにいかに逃げるか」です。

 国は球磨川水系の具体的な治水対策を決定する「球磨川水系河川整備計画」を策定中ですが、この計画のメインとなっているのは、一旦は中止方針を決定した川辺川ダムの復活です。
 球磨川水系では熊本県が川辺川ダム計画の白紙撤回を表明した2008年以降、ダムによらない治水対策を国と熊本県が検討することになっていましたが、川辺川ダム計画に固執する国交省は会議を重ねるばかりで、ダム建設以外の治水対策を怠ってきました。

 球磨川水害を引き起こした2020年7月の線状降水帯は、球磨川下流の西から上流の東の方へ移動し、球磨川中下流の支流が速い時間帯に氾濫しました。このような水害では、上流のダムの治水効果は限定的です。50人の水害犠牲者の死因を現地で分析した専門家や市民団体は、たとえ川辺川ダムがあったとしても犠牲者のほとんどが助からなかったとの調査結果を公表しています。また、森林の過伐による土砂や流木の流出が支流の氾濫の大きな引き金になったとの指摘もあります。
 
 いずれにしても、川辺川ダムの完成予定は今から13年後の2035年度です。たとえ川辺川ダムが国土交通省の主張するように治水効果が高かったとしても、ダムが完成するまでは流域住民は洪水がきたら「逃げる」しかありません。

◆2022年6月22日 朝日新聞
ー「命守るために、逃げる」 50人犠牲の球磨川流域で続く試行錯誤ー

 治水対策が脆弱(ぜいじゃく)な中、命を守るためにいかに逃げるか――。2020年7月の熊本豪雨で、50人が犠牲になった球磨川流域の防災関係者は異口同音に語る。熊本県は新たな川辺川ダム建設を対策の柱に見込むが、目標通りに進んでも完成は35年度。その間も常に大雨の危険はあり、流域自治体は住民避難について試行錯誤を続けている。

 球磨川は流域自治体と国土交通省、気象庁などが加わる「流域タイムライン(TL)」の先進地として知られる。

 「大雨警報が出たら高齢者等避難情報を出す」「水位が3メートルを超えたら避難指示を出す」など気象や河川の情報に応じて、自治体や関係機関が時系列の対応策をあらかじめ決めておくのがTLだ。

「全国の模範となる流域タイムラインめざす」
 今年5月、流域自治体の首長らが集まった球磨川流域TL検討会で、座長の松尾一郎・東大大学院客員教授は「適切に逃げるには仕組みが必要。全国の模範となる流域TLをめざしたい」と力を込めた。

 市町村ごとにTLを作ることが多い中、人吉市、球磨村、八代市は熊本豪雨前から連携。それでも、球磨川が氾濫(はんらん)する前から支流で水があふれ被害を拡大させた教訓から、今年から支流を管理する熊本県がTLに加わった。上流から下流まで流域全12市町村がそろい、一体となってTLの充実に取り組む。

 国交省は流域TLについて、今年度中に全国に109ある1級水系での導入をめざす。国交省河川環境課の木村勲企画専門官は「災害は自治体の枠を超えて広域で起こる。自治体同士での危機感の共有が必要」と話し、球磨川流域の取り組みに期待を寄せる。

 だが、関係機関が多岐にわたれば情報量も増え、その分、TLも複雑になる。自治体の防災担当者からは「この情報量をどう役場内で共有するか」「やりながら理解するしかない」と戸惑いの声も聞かれる。

想定を超える雨量、実際の避難行動 課題山積
 そもそも熊本豪雨でもTLに取り組んだが、雨量が想定を上回り、甚大な被害を防げなかった。

 球磨村では、土砂災害警戒情報が出た7月3日夜に避難勧告を出すなど、TL通りに対応した。だが、4日未明にわずか1時間20分で球磨川の水位が2・7メートル上昇するなど、予想を超えた速度で悪化した天気に現場は混乱。25人の犠牲者を出した。

 球磨川流域TLでは、急激に天候が悪化した場合、前倒しで対応する「非常対応モード」の導入も検討する。迅速な避難情報につなげる狙いだが、何をきっかけにモードを切り替えるのかなど課題は多い。

 村は「大雨が予想される時は、早く避難してもらうに尽きる」(中渡徹防災管理官)とし、今年度、地域防災計画を改定した。これまで「高齢者等避難」の発令は、村に大雨警報や洪水警報が出た場合としてきた。これを、警報が出る可能性を事前に示す「早期注意情報(警報級の可能性)」が出て、夜間に警報が出る可能性があれば、夕方までに高齢者らに避難を求めることを明記した。

 それでも難しいのは、いかに実際の避難行動に移させるかだ。

 今年4月26日、九州南部は夕方から夜にかけて各地で断続的に雷雨に見舞われた。夜に大雨、洪水警報が出たが、球磨村では午後5時半に高齢者等避難を出すなど前倒しで動いた。

 だが、避難したのは4世帯5人のみ。新たに始まった線状降水帯予測も含めると気象情報は多岐にわたるが、村民からは「どの情報を参考にすればよいのか」との戸惑いも聞かれた。

「警報で準備が基本」と専門家

 球磨川流域TLにアドバイザーとして参加する元気象庁予報課長の村中明さんは「基本は警報」と指摘する。

 球磨川周辺は、全国的にも大雨、洪水警報が出やすい地域だが、多くても年7、8回程度。裏山が近い、川が近いなど自身の状況を踏まえた避難パターンをいくつか考えた上で、「警報が出たら荷物を玄関に置く、車をいつでも出せるようにする、といった具体的な準備を始める。そうしておけば、雷雨が激しくなるなど『危ない』と感じた時に実際の避難行動に移せる。年に数回、意識すればよい」と呼びかける。(今村建二)