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肱川水害訴訟、一審の松山地裁、遺族住民らの請求棄却

 毎年、治水対策のために多額の税金が投入され、全国の川に2500基を超える巨大ダムが建設されてきましたが、水害による犠牲は近年、むしろ増えています。
 237人もの犠牲者を出した2018年の西日本豪雨の後、当時の水害を巡って岡山県でも集団訴訟が続いていますが、愛媛県における水害訴訟ではこのほど一審判決が出されました。水害訴訟では国の勝訴が続いていますが、今回も住民らの請求が棄却されました。原告側は控訴する方針とのことです。
(参考➡「西日本豪雨の河川氾濫訴訟、住民ら岡山県と市への請求取り下げ 国のみ相手に訴訟継続」

 西日本豪雨では、愛媛県の犠牲者は岡山県より少なかったものの(岡山県66名、愛媛県31名)、県内を大きく蛇行する肱川上流の二つのダムが緊急放流を実施した直後、8人の住民が犠牲になりました。これらのダムでは、中小洪水に対応する操作規則が定められており、大洪水に対応できなかったとされます。当時ダムを操作していた国交省の職員は、操作規則にのっとって豪雨の最中に緊急放流を実施すれば、ただでさえ氾濫している肱川に更なる水位の急上昇をもたらし、水害拡大が避けられないことはわかっていた筈ですが、規則に逆らうことはできませんでした。豪雨の最中、流域住民への夜中の避難勧告も周知されない中、濁流が住民を襲いました。緊急放流による水位の上昇は、住宅の二階にまで達したとのことです。

 わが国の水害訴訟では、行政裁量が重視され、水害犠牲者の訴えが認められることは殆どありません。ダム事業者である国の勝訴が続いていることがコンクリートダムに過度に頼る治水計画を後押しし、河川行政の改革を阻む要因となっています。水害で大きな犠牲を出した肱川では、治水対策の要である河川改修がなおざりにされる一方で、三番目の国直轄の巨大ダム事業が利権の後押しで進められています。

◆2026年3月18日 毎日新聞
ー西日本豪雨のダム緊急放流訴訟 国などの賠償認めず 松山地裁ー

 2018年の西日本豪雨で愛媛県内の二つのダムの緊急放流後に肱川(ひじかわ)が氾濫して被災した住民ら31人が、国と地元自治体の大洲市、西予市に約5億4000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、松山地裁(古市文孝裁判長)は18日、住民側の請求を棄却した。

 西日本豪雨では18年7月7日朝、国土交通省四国地方整備局が管理する鹿野川ダム(大洲市)と野村ダム(西予市)で貯水が限界に達し、両ダムは午前6時20分以降に緊急放流を実施。鹿野川ダムでは最大で毎秒約3700トン、野村ダムでは約1800トンの水が流された。いずれも当時の肱川の整備状況を基に取り決めていた、大雨時の放流基準のおよそ6倍の量だった。

 緊急放流はその日の午後1時までに終了したが、肱川は氾濫。両市によると、9人が死亡し、約3500戸の住宅に被害が出た。住民側は国と両市に責任があったとして訴訟を起こした。

 訴訟では主に緊急放流の是非が争われた。
 住民側は、ダムに備えられた雨量や雨の流入量の予測システムのデータに基づけば、国は少なくとも緊急放流の約2時間前に急激な放流をせざるを得なくなることを予見できたと主張。雨が降ることを見越し、雨量に応じてダムから徐々に水を流していれば、緊急放流は回避でき、被害を防げたと主張した。

 これに対し国側は、二つのダムには事前に取り決めていた規則があり、それに従ってダムを操作したと主張。規則を逸脱した操作は許されなかったと反論した。

 地元の大洲市、西予市は、両ダムから緊急放流を実施すると連絡を受け、住民に避難指示を出していた。訴訟では地元自治体の対応が妥当だったかも争われた。
 住民側は、国から過去の水害を超える放流量になると知らされた大洲市が緊急放流の約15分後まで避難指示を出さなかったとし、家屋が流されるほどの大量の放流量になると分かっていた西予市もその危険性を具体的に伝えていなかったと訴えた。

 西日本豪雨を巡っては、国や自治体、電力会社に賠償を求める集団訴訟が岡山地裁でも起こされている。【岩崎歩】

◆2026年3月19日 讀賣新聞
ー肱川氾濫の集団損賠訴訟の請求棄却で遺族らに憤りと落胆…義母を亡くした男性、「もっと人間味のある対応ができていれば、命を失うことはなかった」ー

 2018年の西日本豪雨で行われた肱川の野村ダム(愛媛県西予市)と鹿野川ダム(同県大洲市)の緊急放流を巡り、犠牲者の遺族ら31人が損害賠償を求めた集団訴訟で、松山地裁が請求を棄却した18日、原告側は憤りと落胆をあらわにした。

 この日、午後2時30分から法廷で古市文孝裁判長が主文を読み上げると、傍聴席の原告らは静かにうなだれた。地裁前で報道陣に囲まれた弁護団の山中真人弁護士は、「判決には、情報伝達について『事後的に見れば遅かった』『改善の余地があった』との表現がある。そこを違法と判断するのが裁判所の仕事ではないか」と不満を述べた。

 原告団は松山市内で記者会見を行い、義母のユリ子さん(当時81歳)を亡くした西予市野村町の小玉恵二さん(67)は、「(国や市が)もっと人間味のある対応ができていれば、命を失うことはなかったのではないか」と話した。

 肱川の氾濫で妻(67)と避難したが、近くに住むユリ子さんを助けることはできなかった。引き継いだ畳店を守るため、避難所から店に通い、地元の再建に向けて畳を作り続けた。判決について「義母の無念を晴らせなかった。控訴となれば頑張らなければいけない」と述べた。

 判決を受け、両ダムを管理する国土交通省四国地方整備局は、ウェブサイトに「国の主張が認められたと認識している。引き続き、適正な河川の管理を行っていく」とのコメントを掲載。西予市の管家一夫市長は市役所での記者会見で、「市の主張について、裁判所の理解が示された」と評価しつつ、「教訓を胸に刻み、さらなる防災・減災体制の強化に全力を尽くす」と述べた。大洲市の二宮隆久市長は「市の主張が認められたものと受け止める。今後も防災・減災対策に取り組み、市民が安全に暮らせる町づくりを進める」とのコメントを出した。

北九州市立大の近藤卓也准教授(行政法)の話「災害では臨機応変な対応が求められるが、豪雨の予測が困難だとした上で、災害現場における(行政の)裁量をかなり重視した判決。西予、大洲両市の避難指示について、『事後的に見れば、改善の余地がある』と言及したのは、責任を認めなかったものの、対応に問題があったと指摘したかったからではないか」

元東京高裁判事の升田純弁護士の話「過去の水害訴訟では『自然災害だから仕方がない』として、住民側の訴えが退けられる判決が多いが、今回は、8人が亡くなったことを重く受け止め、原告の主張を一つずつ丁寧に判断した印象を受けた。ダム管理を巡る訴訟は珍しく、管理責任のあり方について一つの参考になる」

◆2026年3月18日 朝日新聞
ーダム緊急放流と水害めぐる訴訟、住民の請求棄却 周知不十分の指摘もー

 2018年の西日本豪雨で、愛媛県内の肱川(ひじかわ)流域で浸水被害が広がったのは二つのダムによる「緊急放流」が原因だとして、遺族や被災住民ら31人が、国や自治体に計約5億4千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が18日、松山地裁であった。古市文孝裁判長は、ダムの放流操作に過失はなかったなどとして、請求を棄却した。原告側は控訴する方針。

  18年7月7日朝、国が管理する野村ダム(愛媛県西予市)と鹿野川ダム(同県大洲市)は満水に近づいたため「緊急放流」を実施した。その後、ダム下流域で氾濫(はんらん)が起きて両市で計約3500戸が浸水し、8人が亡くなった。

 放流は各ダムにある操作規則に基づいて行われている。原告側は、当時の操作規則は大規模洪水には対応できない「致命的な欠陥」があり、緊急放流に至ったと指摘。また、豪雨のような非常時には、規則にしばられずに臨機応変に対応すべきだったとも主張した。

 判決は、洪水被害を受けやすい肱川流域において、操作規則が西日本豪雨までは中小規模の洪水に対し相応の効果を上げていたと指摘。「社会通念に照らして、安全性を欠いていたものとは認められない」と判断した。規則を柔軟に運用して操作すべき特段の事情があったとも認めなかった。

 原告側は、国や西予、大洲両市による緊急放流の周知が不十分だったなどとも主張した。判決は「著しく不合理であったとはいえない」などと判断した。ただ、周知の方法などで西予市については「事後的に見れば、改善の余地や不十分さがあった」、大洲市については「やや遅いとの批判を免れない」と指摘した。(以下略)