八ッ場ダム事業の問題点

ダム計画の迷走

(更新日:2013年10月20日)

八ッ場ダム計画は1952年に最初の構想が発表されましたが、ダム予定地を流れる吾妻川が強酸性であり、鉄やコンクリートのダムを造ることは不可能であることから、一旦は計画が断念されました。
そのダム計画が13年後の1965年に息を吹き返したのは、ダム予定地の上流で中和事業が始まったためでした。

しかし、ダム予定地は吾妻川中流域の、300世帯以上の住民の居住地域であり、由緒ある川原湯温泉、国の名勝・吾妻渓谷の上流部までも沈めるダム計画であったことから、地元の反発は激しく、1974年にはダム反対期成同盟の委員長であった樋田富治郎氏(山木館先代当主)が町長に当選するなど、反対運動が大きな社会問題となるほどでした。

国と県の切り崩し、住民の疲弊により反対運動が弱まり、群馬県の提示した“現地再建ずり上がり方式”による生活再建案を地元が受け入れ(1985年)、国が八ッ場ダムの基本計画を告示したのは1986年のことです。
最初の基本計画ではダム完成が2000年度、ダム建設事業費2110億円とされましたが、1994年に道路などの関連事業が始まると、地形、地質を無視して机上で作られた計画は矛盾が露呈することとなり、21世紀に入ると八ッ場ダム計画はさらに迷走するようになりました。

これまでの計画変更のおおよその経過は、以下の通りです。

2001年 工期を2000年度→2010年度に延長する第1回計画変更
2004年 事業費を2110億円→4600億円に増額する第2回計画変更
(付随目的として「吾妻川の流量維持」を追加)
2008年 工期を2010年度→2015年度に延長する第3回計画変更
(付随目的として群馬県営発電所による「従属発電」を追加)
2013年8月 工期を2015年度→2019年度に延長する第4回計画変更案を提示
(「洪水調節ルールの変更」を盛り込む)

八ッ場ダムの事業費は全国トップですが、ダムそのものは全国一規模が大きいわけではありません。八ッ場ダム事業では事業費の大半が関連事業に充てられてきました。2013年度までの執行予定額は3922億円と、総事業費の85%以上の予算が使われることになりますが、本体工事着手は2014年度に予定されており、2013年現在、本体未着手です。
これまでの事業費の増額、工期の延長は肥大した関連事業の遅れが原因です。国交省の試算、ダム事業の進捗状況から見ると、今後、事業費の2度目の増額は必至であり、ダム予定地の軟弱な地盤などを考えると4度目の工期延長の可能性もあります。

ここでは、八ッ場ダム計画の迷走ぶりを示す事業費、工期、洪水調節ルールの変更、そして八ッ場ダムの前提である吾妻川の中和事業について説明します。いずれも八ッ場ダム事業のこれからを考える上で、避けては通れない問題です。

過大な財政負担  事業費の増額  工期の延長  死の川だった吾妻川

八ッ場ダムの便益計算の欺瞞 洪水調節ルールの変更