2013年3月19日
昨日開かれた利根川・江戸川有識者会議において、有識者会議の大熊孝委員(新潟大学名誉教授・河川工学、当会代表世話人)、関良基委員(拓殖大学准教授・森林政策学、当会会員)が以下の意見書を提出しました。
国交省関東地方整備局が利根川水系の河川整備計画を策定するために開いてきた有識者会議は、八ッ場ダム河川整備計画に位置づけることを最優先としてきました。大熊、関委員らは、関東地方整備局が八ッ場ダムを位置づけた河川整備計画の原案には、科学的な裏付けがないこと、民主的手続きをないがしろにするものであることを指摘してきました。今回提出された意見書でも、利根川の原案が非科学的で前時代的であることを豊富なデータをもとに解説しています。
けれども、昨日の有識者会議では、国交省関東地方整備局も御用学者の座長らもこれらの意見を取り上げず、議論の打ち切りを決定してしまいました。八ッ場ダムの本体工事に着工するために、民主的な手続きも、環境や財政、流域住民の安全性への配慮もないがしろにして策定作業が進められている河川整備計画は、今後30年間の利根川流域の住民に大きな影響を及ぼすことになります。
以下の各意見書のURLをクリックしていただくと、本文と資料をご覧いただけます。本文の一部を転載します。
★「利根川・江戸川治水計画に関する意見書」(大熊孝)
https://yamba-net.org/wp/doc/2013/20130318-ikensho2.pdf
(一部転載)
2012年9月からの利根川・江戸川有識者会議では利根川・江戸川河川整備計画の治水目標流量が主に議論されてきましたが、関東地方整備局の治水目標流量案17,000 m3/s(八斗島地点)とその計算方法については疑問が深まるばかりです。
このことに関して、改めて意見書を提出しますので、委員の皆様におかれましてはこの意見書を踏まえて利根川水系治水計画の根本についてお考えくださるよう、お願いいたします。
1. 利根川治水計画と八ッ場ダムに関する基本的な考え方
八斗島地点(流域面積5,150km2)における基本高水を22,000m3/sとする利根川治水計画は、その上流域における洪水調節流量を5,500m3/sとするもので、現存するダムだけでは到底足りず、今後相当数のダム建設を前提としています。しかし、これを完成することは社会的・財政的に不可能であり、仮に完成させるとなると利根川流域の自然環境は壊滅的な破壊を受けることになります。その観点からこの基本方針には根本的に反対であり、基本高水を見直すべきであると考えています。
私の考える利根川治水は、現況堤防高を前提として、堤防が急激に破堤すると壊滅的被害が発生しますので、越流しても破堤しないように堤防強化を行い、河道の流下能力を超える超過洪水に対しては氾濫量を極力抑え、被害を最小限に抑える方策を採ることです。
現在検討されている利根川・江戸川河川整備計画は、目標流量を17,000m3/s(八斗島地点)として、八ッ場ダム建設を前提としていますが、その八ッ場ダム建設に下記の理由で反対します。
① 八ッ場ダムによって、川の連続性が遮断されること。
② 八ッ場ダムの洪水調節効果は、限られた降雨パターンの場合にしか効果がなく、実績最大洪水のカスリーン台風豪雨には効果が0であること。
③ 八ッ場ダムは排砂機能を備えておらず、いずれ貯水池は土砂で満杯となり、治水・利水機能を消失すること。
④ 八ッ場ダムの上流域には高原野菜の産地があり、土壌の流失と共に、肥料・農薬の流失があり、それが八ッ場ダムの貯水池に堆積して、水質が悪化し、利水や観光面に悪影響を及ぼすこと。
⑤ 草津での酸性水中和によってコンクリートダムの建設が可能になっていますが、この酸性水中和を永遠に続けることは不可能であり、酸性水中和を中止すれば、コンクリートダムは崩壊を免れないこと。
⑥ 八ッ場ダム貯水池周辺は、多くの住民が住むところであると共に地すべりを起こしやすい地質であり、今後、ダム操作による水位変動で大規模崩壊が起こる可能性が高いこと。
以上のように八ッ場ダムは建設されると維持管理の極めて難しいダムであり、このようなダムは建設しない方が地域振興の観点からも得策であると考えます。
2・貯留関数法新モデルの問題点
利根川・江戸川河川整備計画の治水目標流量17,000 m3/s(八斗島地点)は、八斗島地点における基本高水を計算した貯留関数法新モデルの流出解析を前提として、年超過確率1/70~1/80として求められたものですが、その貯留関数法新モデルには以下のようなさまざまな問題点があり、それから求められた基本高水流量と目標流量には疑義があります。
①貯留関数法新モデルは昭和22 年カスリーン台風洪水を再現できていないこと。
昭和22 年9月のカスリーン台風における八斗島地点の実績最大洪水流量は、第9 回有識者会議で配布された「治水調査会利根川小委員会議事録」(昭和22 年11 月25 日~昭和23 年9 月24 日)によれば、おおむね15,000m3/sであることは明らかになったといえます。
ところが、新モデルによるカスリーン台風洪水の再現ピーク流量は約21,100 m3/s(八斗島地点)であり、この約6,000 m3/sの乖離は、どのようにしても説明できないことに問題があります。
従来、建設省ないし国土交通省はこの乖離に関して、昭和22 年当時八斗島上流域で大規模な氾濫があったとして、今後その氾濫が許されなくなり、その氾濫水が八斗島地点に全量流れてくるので、八斗島地点ピーク流量が増大するのだと説明してきました。しかし、昭和22 年当時、八斗島上流域にはそのような大規模な氾濫はなく、この乖離を検証することはできていません。・・・(以下略)
★「利根川の自然の回復を目指した河川整備計画を! ―円山川水系河川整備計画原案を良き例として―」 (大熊孝、関良基)
https://yamba-net.org/wp/doc/2013/20130318-ikensho1.pdf
(一部転載)
国土交通省関東地方整備局の利根川・江戸川河川整備計画原案を見ると、過去の開発事業や河川改修等で失われた利根川の自然を回復していくという視点がほとんどありません。
しかし、現在、河川整備計画の策定作業が進められている円山川水系(兵庫県)の場合はそうではありません。円山川は一級水系で、近畿地方整備局がその策定作業に取り組んでいます。
円山川水系の円山川下流域・周辺水田は昨年7月にルーマニアで開催されたラムサール条約第11 回締約国会議(COP11)でラムサール条約登録地に指定されました。ラムサール条約登録地になったことを受けて、円山川水系は自然に優しい、自然の回復を目指した河川整備計画がつくられようとしています。その整備計画原案には、次のようなことが書かれており、自然の回復が河川整備計画の柱の一つになっています。
「川の営力による自然の復元力を活かしつつ、河川環境の整備を行い、過去に損なわれた湿地や環境遷移帯等の良好な河川環境の保全・再生を図る」、
「水域から山裾までの河床形状をなだらかにして、山から河川の連続性を保全する」、
「本川と支川・水路との間の落差を解消し、生物の移動可能範囲の拡大を図る」
詳しくは別紙の円山川水系河川整備計画原案(「河川環境の保全と整備に関する事項」を抜粋)をお読みいただきたいと存じます。
利根川水系でも渡良瀬遊水地が昨年7 月にラムサール条約登録地に指定されましたが、その理念を利根川全体に適用していこうという姿勢はまったく見られません。今後30年間の河川整備の内容を定める利根川水系河川整備計画は、利根川の自然をどのように回復させていくかという理念のもとに策定されるべきです。
本有識者会議の委員の皆様におかれては、円山川水系河川整備計画原案を良き例として、利根川の自然の回復を目指した利根川水系河川整備計画の内容をお考えくださるよう、お願いいたします。・・・(以下略)
★「貯留関数法の次元問題に関する意見書 -国土交通省の貯留関数法の新モデルでは運動式の両辺の次元が異なるという基本的問題が解消されていない―」(大熊孝、関良基)
https://yamba-net.org/wp/doc/2013/20130318-ikensho3.pdf
前回、3 月8 日の本有識者会議で、冨永靖徳・お茶の水女子大学名誉教授の論考「貯留関数法の魔術」(科学2013 年3 月号岩波書店)を配布しました。この論考は国土交通省の貯留関数法モデルの運動式は両辺の次元が合っておらず、科学的にナンセンスな式で洪水流量の計算が行われていることを指摘したものです。この論考に対して小池俊雄委員から反論がありましたので、この問題に関する意見書をあらためて提出します。
貯留関数法の問題は河川水文学の専門的な事柄ではありますが、この問題は利根川・江戸川河川整備計画原案の治水目標流量17,000 ㎥/秒に科学的な根拠があるかどうかに直結することですので、本有識者会議の委員の皆様におかれましては、本意見書をお読みいただき、治水目標流量17,000 ㎥/秒の是非を一緒にお考えくださるよう、お願いいたします。 ・・・(以下略)