八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

「八ッ場に生かせるか 長良川の教訓」

 長良川河口堰の運用から丸10年。
 激しい反対運動によって、河川行政はようやく高度成長時代の呪縛から開放されたかに見えましたが、本物の環境の世紀への道筋は未だに不透明です。八ッ場ダム問題は、河川行政の新たなターニングポイントのきっかけとなりうるのでしょうか?

2005年5月23日 朝日新聞より転載
「変わるか ダムの国」

 河川行政は、変わったのかー。長良川河口堰(三重県)が23日、運用開始から丸10年を迎える。水の需要予測や住民の声の反映方法を巡って起こった論争は、今も全国のダム計画に舞台を移して続く。大型ダム一辺倒から、森の保水力を高めたり、遊水地を確保したりする総合治水へ。住民の意見を生かす組織がつくられ、変化の芽も出てきた。治水、利水対策は曲がり角に立っている。(小渋晴子、杉山裕明)

●水余り
「ダムが必要な最大の理由は都市での水需要。だが水不足の時代は終わりました」
 今年2月、さいたま地裁。元東京都環境科学研究所研究員の嶋津暉之さん(61)は、需要を示す右肩下がりのグラフを掲げ、水事情を説明した。90年代半ばから需要が減少傾向に転じていた。
 首都圏の「水がめ」として利根川上流で計画される八ッ場ダム(群馬県)に反対し、6都県の住民が公金支出の差し止めを求めて起こした住民訴訟の原告代表。ダム計画では、利水と治水目的で事業費4600億円、最大毎秒22トンの水を確保する。07年度に本体着工する予定だ。
 実際、東京都の水道水の一日最大給水量は、ピークの92年度に比べ、03年度は2割近く減った。今の供給能力でも供給量を23%上回る。ダムができるとその差は34%に広がり、地下水を足すと41%に上る。
 都は供給力オーバーを認めながら、「渇水で困った時に役に立つ」(都市整備局)と反論。水掛け論が続いている。
 嶋津さんは、長良川河口堰問題にも、約20年前からかかわった。水利用の合理化や水質の専門家として、木曽川水系の水は足り、供給先はほとんどないと指摘した。国は否定した。
 運用から10年後の今、使われているのは一割強で水道水のみ。水利権の3分の2を占める工業用水は全く使われていない。愛知県と三重県が工業用水分に支払う建設負担金は、利子も含め計1千億円を超える。
 両県は昨年、需要予測を下方修正した。三重県は、10年後も工業用水の利用のめどは立たなかった。
 ダムで万一の水不足に備えたい行政とそのためだけの必要性を感じない住民。伊藤達也金城学院大教授(地理学)は「渇水時でも、比較的余裕のある農業用水を水道水に回せる制度をつくればいい」と提案している。

●限界論も
 長良川河口堰での対応を教訓に、国土交通省(当時、建設省)は97年に河川法を改正。ダムや堤防などをつくる前に、識者や住民の声を生かそうとする流域委員会が設置できるようになった。
 「環境への配慮がない」「反対派住民らの声も聴かない」。数十年前につくった計画をただ進めるだけだった国の姿勢に、批判が絶えなかったからだ。
 「原則ダムなし」と方針を出し、丹生ダム(滋賀県)など5計画の見直しを求めた近畿の淀川水系流域委員会などが注目された。
 だがすべてうまくいっているわけではない。改正時、流域委員会の設置は「5年で地方に浸透する」(旧建設省幹部)と期待されたが、8年後の今、1級河川では3分の1の36水系のみ。計画を巡って国と住民が鋭く対立する水系で設置が少ない。
 愛媛県の山鳥坂ダム建設問題をとりあげた肱川流域委員会(愛媛県)では、住民代表は委員に選ばれなかった。「肱川・水と緑の会」の菊田亀菊さん(68)は「どこで公正な議論ができるのか」と不信感を抱く。

●役所の壁
 国交省の社会資本整備審議会河川分科会は4月、ダムや堤防だけに頼らない「総合治水」の考え方を打ち出した。川から水があふれる前提で遊水地などを整備▽洪水情報や危険度を住民に周知▽地域の水防活動を支援ーなどが柱だ。
 市民側からも、流域の自然を利用した治水が提言されている。そのひとつが「緑のダム」だ。
 吉野川可動堰計画に反対する徳島県の市民グループは、徳島市からの資金も得て、識者の協力で流域にある森林の保水力を試算した。広葉樹も交じり手入れされた森林は、荒れた森林より毎秒5千トンも水を含む力の高い「ダム」になるとはじいた。
 試算通りなら、可動堰や4つのダムなどで計約4千トンの洪水を安全に流す計画を、上回る。熊本県で川辺川ダムに反対する住民団体も、同様の案を訴える。
 しかし、国交省は批判的だ。洪水時に森林の保水力では、役に立たないとダムの代替効果を否定。治水課は「たとえ効果があるとしても、森林整備は農水省の権限。手が出せない」と話す。
 「緑のダム」構想の原動力となった吉野川シンポジウム実行委員会の代表世話人、姫野雅義さん(58)は言う。「治水対策は多くの省庁、関係者が横断的に取り組まないとできない。縦割りを破るための働きかけこそ市民の役割だ」