「ダムに沈みゆく温泉街」(朝日新聞群馬版)

2005年6月10日 朝日新聞群馬版より転載

わがふるさと遺産
「ダムに沈みゆく温泉街ー川原湯温泉(長野原町)」

「ようこそダムに沈む川原湯温泉」
 皮肉なのか、哀愁か。温泉街入り口の看板に、まず目を奪われる。
「首都圏の水がめ」とうたわれ、国内最高額の4660億円を投じる国交省の八ッ場ダム建設事業は、計画浮上から半世紀を経て、2年後に本体着工を迎える見通しだ。温泉街を含む川原湯地区は、全世帯が水没する。バブル期にも大きな設備投資はされず、一帯は鄙びた風情を残す。住み慣れた場所を離れた人たちも多く、一時200余りあった世帯数は3分の1に減った。住宅の土台だけが廃墟のように点在し、一層寂しさを誘う。
 
 やりきれぬ思いを抱えながら、13軒の旅館と民宿が客を迎え続ける。裏山で栽培するシイタケ、近くで採れた山菜のコゴミやコシアブラの天ぷら、手製の栗おこわ、田舎ならではの心づくしだ。
「私の、とっておきの場所、案内してあげる」。新緑の季節、民宿「雷五郎」のおかみ、豊田政子さん(69)に誘われ、吾妻渓谷わきの小道を歩いた。沢音とウグイスや山鳩の鳴き声をBGMに、薄緑の雑木林と濃い桃色のツツジの色彩を満喫した。この風景も、やがてダムに沈む。
「ダムができたらどうします?」
 豊田さんに問うた。「さあ、どうしようかしらね・・・」

 国交省は、地区の上部に代替地を造成し温泉街を設ける予定だ。分譲価格の交渉は一段落したが、高騰期の地価を基準とした高値で購入を強いられる不満も住民にくすぶり、跡取り不在の高齢経営者は、この先も宿を続けようか、と悩みを抱える。
 順調に進めば、ダムは5年後に完成する。代替地に生まれる「新川原湯温泉」は、観光客をどんな姿で出迎えてくれるのだろうか。