2005年10月23日 朝日新聞社説より転載
「河川計画 議論は地に足を着けて 」
日本の川の将来計画が次々と決まっている。8年前に改正された河川法に基づくもので、全国に109ある1級河川では、すでに31水系で基本方針が定められた。今月から利根川と淀川の計画の策定が始まり、07年度までに全水系での決定を目指している。
作業は、国土交通省に置かれた審議会の小委員会で進められている。審議の方向を決めるうえで、きわめて重要な意味を持つのが「基本高水(きほんこうすい)流量」だ。計画の前提となる最大の洪水規模を表す。80年に1度の洪水に備えるのか、200年に1度の大洪水まで考えるのかで、結論は大きく変わってくる。
基本高水が大きいほど水量を調節するダムや遊水池の規模や数も増える。安全度は高いに越したことはないが、事業費は膨らみ、環境への影響も大きくなってしまう。
80年に作られた利根川の現計画では、200年に1度の事態まで想定している。基本高水を毎秒2万2千トンとはじき、このうち6千トンを上流でカットすることにした。
しかし、現在ある六つのダムでは1千トンしか抑えられない。半世紀前に計画され、まだ本体の着工もできない八ツ場(やんば)ダム(群馬県)を合わせてもカット量は1600トン。残り4400トンを調節するには、あと20基ものダムが必要になる計算だ。淀川も同様で、目標の半分にも達していないことになる。
国はこうした実情を踏まえて、どのくらいの安全度をめざすのか、そのための治水プランや事業費はどれほどの規模になるのかを明示しなければならない。
大洪水はご免だが、限られた財源と環境への意識の高まりのなかで、ダムを次々と造るなど絵空事でしかない。実際に到達できる目標を掲げて、実現への道筋を描き、それで残ったリスクにはどう対応するのかを詰める。そうした足が地に着いた議論をしない限り、住民の理解に支えられた実効ある治水は望めない。
とりわけ1千万人を超える流域人口を抱える利根川、淀川では、さまざまな利害が絡み合う。何よりも情報開示が欠かせない。
開発に偏った行政への厳しい批判を受けて、河川法は97年の改正で、「住民参加」と「環境保全」の理念を入れた。だが、小委員会の顔ぶれを見ると、国交省の政策に肯定的な学者や元官僚らが委員に並ぶ。国にお墨付きを与えるのが役割と見られても仕方がない。
法改正の精神を生かし、治水だけでなく、生態系や法律、財政の専門家、流域住民らも加えるべきではないか。
そうした意味で、2級河川ではあるが兵庫県の武庫川(むこがわ)の計画作りは先進的だ。治水や環境の専門家のほか、公募で選ばれた住民10人を加えた流域委員会に実質的な基本方針づくりを委ねた。近く、基本高水を含む中間報告を出す。
官僚主導を弱め、流域の自治に任せることも一案だろう。