2007年6月13日 朝日新聞社説より転載
遅れ気味だが、南から梅雨が始まり、台風シーズンも近づいてきた。
地球温暖化の影響か。気になるのは、ここ数年、記録的な雨が降り、各地で水害が頻発していることだ。昨年の夏は、1時間に80ミリ以上の雨が19回降った。過去30年で最も多い。
大雨では、堤防の決壊がとくに怖い。濁流にのみこまれ10人以上が死亡した3年前の新潟水害が記憶に新しい。想定を超える豪雨に、なすすべがなかった。
国土交通省はいま、全国の1級河川の堤防の危険度を調べている。点検を6割余り終えた昨年末で、3分の1以上がもろい土質で、対策をとる必要があることがわかった。健康診断でいうなら「要観察」状態という。総延長は2400キロに及ぶというから、膨大だ。
そのうち55キロは「要治療」の診断だった。110億円かけて3年計画で補修するので、今年の雨期には間に合わない。こうした危険堤防は、都道府県が管理する河川でも105キロあるという。
対策を急ぐのはもちろんだが、危険堤防がどこにあるのか、詳細な情報が住民に伝わっていないのが気がかりだ。ネットという手段もある。工事の進み具合もあわせ、すぐ公開すべきだろう。
日本の治水政策はダム建設に重点を置いてきた。59年の伊勢湾台風をきっかけに計画された奈良県の大滝ダムは、総事業費が3500億円にもなる。だが、いまだに完成を見ない。4600億円をかける利根川の八ツ場(やんば)ダムも、40年たってもまだ本体に着工していない。
財源や環境問題のことも考えると、いつ完成するかわからないダムに巨費を投じるよりも、堤防の補強が現実的で有効な対策といえる。一方、ダムで安全度を高める政策に安心した結果、下流の洪水危険地帯では開発が進んだ。いまの日本の都市の弱点でもある。
最近は、ヒートアイランド現象の影響とみられる都市部の集中豪雨も目立つ。中小河川や下水から水があふれ、浸水被害が起きる。地下街を多く抱える大都市では、こうした被害も心配だ。
ここで発想を変えないと、異常豪雨が続く時代に対応できまい。
豪雨対策に特効薬はない。これからは水防活動や予報、避難など、被害を壊滅的なものにしないソフト面の取り組みに重点を置く。そして、流域全体で洪水をいなす総合治水への転換が必要だ。
水をあふれさせる遊水池を整備する。危ないところには住ませないような土地利用政策をとる。荒廃した人工林を間伐して保水力を高めることも大切だ。
いずれの場合も、住民を交え、地域に見合う処方箋(しょほうせん)づくりが欠かせない。いまのように国土交通省がトップダウンで河川整備基本方針をつくるのでは、住民から「自助」の思想をそぐだけだ。
自然を制圧する治水の限界を知り、危険堤防など現実のリスクを知る。豪雨への備えは、そこからしか始まらない。