2007年8月9日 朝日新聞・天声人語より転載
近ごろの漫才には、「もうええわ」という言葉が頻発するそうだ。2人が掛け合い、話がかみ合わないと「もうええわ」。捨てぜりふを放って打ち切る。ここで客席はどっと笑うのだろう。
こちらは笑ってもいられない。長野県に公共事業を評価監視する委員会がある。煙たい意見を述べる委員らに、県は「もう結構」とばかり、任期半ばで辞職を勧告したという。うち1人の有識者は、意思確認もないまま解任されてしまった。
長野は昨夏、「脱ダム」を掲げた前知事から、ダムを是とする現職に代わった。県側は否定するが、勧告された委員らは「邪魔者の一掃か」と不信を募らせている。行政と漫才は違う。異なる意見に根気よく耳を傾けるのが、治の王道ではなかったか。
「議論の必要なし、問答無用。こういう笑いに浸り続けるのは危険なことじゃないですかねえ」。落語の桂歌丸師匠が以前、本紙に意見を寄せていた。結びには「笑いに限った話ではありませんよ」。異質なものを排除しがちな時代への警鐘に、わが意を得たものだ。
似たことは、国政にもある。安倍首相肝いりの、集団的自衛権をめぐる懇談会もそうだろう。メンバー13人をぐるり見渡せば、行使の容認に前向きな人ばかりだ。世論を分かつ大テーマなのに、異なる声を聞く耳はないらしい。
論敵について、勝海舟が言ったそうだ。「敵がないと、事が出来ぬ。国家というものは、みンながワイワイ反対して、それでいいのだ」。おおらかさと懐の深さは、今は昔の無い物ねだりだろうか。
■長野県、脱ダム2委員に辞職勧告 「同意なき解任」騒然
(朝日新聞 2007年08月06日)
http://www.asahi.com/politics/update/0806/TKY200708060348.html
長野県公共事業評価監視委員会の委員を務める金子勝・慶応大学教授と保母
武彦・前島根大学副学長らに対し、県が任期半ばでの辞職を勧告したことから、
委員会がもめにもめている。2人は田中康夫・前知事時代に任命され、公共事業
には批判的。共に「多忙」「家が遠い」という勧告理由に反発、保母氏は勧告拒否
で留任が決まったが、金子氏は意思確認のないまま名簿から削除された。金子
氏は6日開催の委員会に乗り込み、会場は一時、騒然となった。
2人は田中参議院議員(新党日本)が県知事時代に委員に就任。任期は来年3
月末までの2年間だった。田中前知事の「脱ダム宣言」でいったん工事が中止され
た浅川ダムの建設に反対している。同ダムについては、1年前の8月6日、田中氏
を破って当選した村井仁・現知事が工事再開を決めている。
今年3月末、県は2人に土木部長名で「大変お忙しい」「大変遠路よりわざわざ時
間をかけ(出席)」を理由に「ご厚意にこれ以上甘えることは本意ではありません。
ご辞退についてお考えいただければ幸い」などとする文書を送った。県によれば、
保母氏には電話で意向が確認できたが、金子氏は連絡が取れず、返信もなかった
ため、「辞意」と判断、今年度の委員リストから削除した。
一方の金子氏は「同意もなしに解任するのは手続き違反。県に批判的な委員を
辞めさせたいのではないか」と納得していない。6日の委員会では「解任されたこと
をメディアの取材などで初めて知った。県からは通告もない」と述べ、「県の独断で
委員を辞めさせられるのなら、委員会の独立性は損なわれるのではないか」など
とする5項目の質問状を読み上げた。