八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダムによる吾妻渓谷の景観改善(事業評価の問題点)

2009年4月9日
 八ッ場あしたの会ではさる4月7日、八ッ場ダム計画の事業評価のあり方についての記者会見を行いました。当日公表した内容は以下の通りです。

ー八ッ場ダム建設事業の費用便益比計算の問題点について(その1)

 2月24日の関東地方整備局事業評価監視委員会で八ッ場ダム建設事業の再評価が行われ、継続妥当という結論になりました。その根拠となったのは、八ッ場ダムの費用便益比の新計算値が3.4となり、1を大きく上回っているということでした。2007年12月の評価監視委員会〔注〕で示された費用便益比は2.9でしたから、0.5も上がりました。再評価の資料はこちらをご覧下さい。↓
http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/office2/jigyohyoka/pdf/h20/03siryo/siryo1-2.pdf

〔注〕八ッ場ダム事業は2007年12月21日の委員会でも再評価が行われています。通常は5年おきの再評価なのですが、八ッ場ダム事業は昨年度は基本計画の変更(工期延長)があるということで、今回は来年度に本体工事に着工するという理由で再評価が行われました。

 この費用便益比は現実から遊離した計算によるものと考えられるので、大河原雅子参議院議員がその計算資料の提出を参議院予算委員会で求めました。その一部が国土交通省から提出されましたので、それによって明らかになったことを報告します。

 八ッ場ダムの便益は、洪水の氾濫が抑制される便益と、吾妻渓谷の流量不足が少なくなることによる景観改善(河川の水量確保)の便益の二つから構成されています。今回は主に、後者の「景観改善の便益計算」の問題点について述べ、前者の「洪水氾濫抑制の便益計算」の問題点については計算資料がすべて提出されてから、あらためて報告することにします。

◇八ッ場ダムの「景観改善の便益計算」の問題点

 前回の景観改善の便益計算は他のダムの調査データを使用し、しかも、吾妻渓谷の観光客として約740万人というひどく過大な数字を使ったものであったので、国会でもその計算手法に対して厳しい追及がありました。そこで、関東地方整備局(以下、関東地整)は今回の便益計算では吾妻渓谷の観光客のアンケート調査を行い、その結果から景観改善の便益計算を行いました。しかし、この便益計算は虚偽ともいえる、ひどく恣意的なものです。

1 観光客へのアンケートの内容
 観光客のアンケート結果から景観や自然の便益を求める方法は、観光客に対して「あなたはその自然、景観を守るためであったら、いくら支払うのか」というアンケートを行うもので、仮想市場評価法(CVM)と言われています。
 関東地整は「吾妻峡の景観改善への取り組みについて」を配布した上で、次の「状況A(整備なし、現状のまま)」を「状況B(整備あり)」に変えるためだったら、あなたはいくら支払うかという質問をしています。状況B(整備あり)が八ッ場ダム後を意味しています。

「状況A(整備なし、現状のまま) ●年間約100日間、川の水が少なくなります。 
 ●吾妻峡では、岩が露出し、渓谷らしい水の流れが見られなくなります。」

「状況B(整備あり) ●川の水が少なくなる日数が、年間約100日間解消されます。 ●吾妻峡では、渓谷らしい水の流れが見られます。」

2 八ッ場ダム建設のマイナス面に何も触れないアンケート用紙
 吾妻渓谷に八ッ場ダムが建設されれば、渓谷の上流部は破壊され、水没してしまいます。また、渓谷の前面に大きなダムが聳え立って渓谷の視野が遮られてしまいます。さらに、残る渓谷の中下流部も八ッ場ダムで洪水調節を行うようになると、下久保ダム直下にある三波石峡のように洪水が渓谷の岩肌を洗うことがなくなり、岩肌に草木やコケが生えて景観がひどく悪化します、
 このように八ッ場ダムの建設が吾妻渓谷に大きなダメージが与えることは確実に予想されるにもかかわらず、そのことに一切触れずに、八ッ場ダムができると吾妻渓谷の景観が改善されるかのようなアンケート用紙を配布するのはまさしく人を欺く行為です。

3 吾妻渓谷の流量補強は景観に関係なし
 吾妻渓谷は渇水時には流量が落ち込むことがあり、それを八ッ場ダムで補給することから、景観改善の便益が生まれると関東地整は主張しているのですが、吾妻渓谷はそれ自体の存在が素晴らしい自然美を生み出しているのであって、八ッ場ダムで流量を補強すれば景観が改善されるという考えそのものが誤っています。

4 吾妻渓谷の流量が少ないのは東電の発電所の大量取水が原因
 吾妻渓谷の晴天日の流量は多くはなく、渇水時の冬期には毎秒1m3前後まで流量が落ち込むことがあります。この原因は東京電力の水力発電所の大量取水にあります。吾妻川には多くの水力発電所が設置されていて、川に流れるべき水の大半が発電所への送水管の中を流れています。吾妻渓谷と並行して走っている松谷発電所の送水管には最大で25.6m3/秒の水が流れています。これは渓谷より上流側にある長野原取水堰と須川取水堰(白砂川)等で取水されていて、渇水のときは根こそぎ取水になっています。
 八ッ場ダムができた場合は、発電所への送水が現状のままではダムに水がたまらないので、巨額の減電補償金(恐らく数百億円)を東電に支払った上で、この発電用取水量の半分以上を八ッ場ダムの方に入れるようにします。したがって、八ッ場ダムで吾妻渓谷の流量を常時毎秒2.4m3確保することになっていますが、それは八ッ場ダムの効果と言えるものではなく、発電に取られている水の一部を吾妻渓谷に流すことによるものなのです。

5 発電の水利権更新で2012年度以降は解消される吾妻渓谷の流量減少
 さらに重要なことは現在の吾妻渓谷の減水状態は2012年度以降は解消されるということです。水力発電の水利権の更新期間は30年間で、2012年度に松谷発電所の水利権は更新を迎えます。かつては根こそぎ取水が認められましたが、現在は集水面積100km2あたり0.1~0.3m3/秒以上の下流放流が更新のときに義務づけられます(通常は0.3m3/秒以上)。仮に長野原取水堰と須川取水堰の集水面積を600km2とすれば(八ッ場ダムは708km2)、0.3×600/100=1.8m3/秒の放流が東電に対して義務付けられることになります。渇水時は現状では1m3/秒しかなくても、2012年度以降は1.8m3/秒がプラスされて、3m3/秒近くの流量が流れることになります。
このように、吾妻渓谷の減水は2012年度以降は解消されるのですから、それを八ッ場ダムの便益だとすること自体が事実を偽るものなのです。

6 八ッ場ダムによる吾妻渓谷の流量補強という名目に群馬県民が多額の費用負担
 八ッ場ダムの建設事業費4,600億円のうち、2.1%は吾妻川の流量補強のためのものであるとされ、97億円を国と群馬県が負担することになっています。そのうち、群馬県の負担割合は3割ですから、その負担額は29億円にもなります。2012年度以降は上述のように、発電用水利権の更新で自動的に減水が解消されるにもかかわらず、流量補強という名目で群馬県民に多額の費用(起債の利息も入れると、44億円程度)を負担させるのは、県民を欺くものです。

7 吾妻渓谷の観光客数を大きく水増しした景観の便益計算
 関東地整による今回の便益計算では、1のアンケートの結果から得た数字(景観改善に観光客が一人当たり年間1,560円払う)に観光客数をかけて、八ッ場ダムの景観改善の便益を計算しています。そこで使われた観光客数は約57万人です。この数字は11月初旬に行った延べ5日間のアンケート調査の対象677人のうち、5%が川原湯温泉の宿泊者であることから、川原湯温泉の宿泊者数28,760人を5%で割って求めたものです。約57万人は、前回の約740万人よりは一桁以上小さくなっているとはいえ、これも実際よりもかなり大きな数字です。吾妻渓谷の散策を楽しめる日数は、雨天、厳寒、酷暑の日を除くと、せいぜい年間の半分、180日程度だと思われます。57万人を180日で割ると、1日平均で3,000人になりますが、そんなに大勢の人が吾妻渓谷に来ているはずがありません。11月初旬の最もよい季節で延べ5日間、アンケート調査を行った対象が677人にとどまっていることから見ても、1日平均で3000人、5日間で15,000人という観光客数が現実離れした数字であることは明らかです。
このように、八ッ場ダムの景観改善の便益は、実際よりも大きく水増した観光客数から求めた架空の数字なのです。

8 関東地整のアンケートの結果でも八ッ場ダムへの批判的意見
 関東地整による吾妻渓谷観光客へのアンケートの結果でも、自由記述の欄で八ッ場ダムへの批判的意見が少なからず出されています。
「上流にダムを建設することで環境に対する悪影響の方が気になる。」
「八ッ場ダムの建設大反対。地域の人達の気持ちを考えてください。自然を大切」
「紅葉の素晴らしい景観の一部を壊してまで、ダム建設してほしくない。」
「ダムの影響により悪くなる方向性も含めてアンケートを作るべきだと思います。」
などの意見が出ています。
 このような意見を全く無視し、事実を偽って八ッ場ダムによって景観の便益が生まれるかのような結果をまとめる関東地整のやり方はあまりにも恣意的であり、私たちは怒りを禁じえません。