2010年10月24日 毎日新聞西部朝刊より転載
国交省:治水計画検証時の重要数値、「保水力」都合よく変更 表向き「不変」主張
◇元部長「全国の河川で通例」
国土交通省が川の治水計画の妥当性を検証する際、洪水ごとに実際の流量に合うよう流域の保水力を示す「飽和雨量」の値を恣意的に変えてつじつま合わせをしていたことが分かった。同省は山の木が成長しても保水力は変わらないとして「緑のダム」効果を否定してきたが、実際は保水力の変化を知りつつウソをついていた事になる。今後、全国の治水計画の全面的な見直しを迫られるのは必至だ。【福岡賢正】
飽和雨量とは、雨量の累計がそれを超えれば、土地が水で飽和し、以後降った雨が一定の割合で下流に流れ出す雨量。保水力を示す指標とされ、地形や土地の状態で決まる。
各地の住民団体は、戦後の拡大造林で山の多くがはげ山だった昭和30~40年代と比べ、木が成長した今は保水力が向上したとして、それを計画に反映させるよう主張。これに国交省は、計画策定時の計算式は近年の洪水に当てはめても実際に流れた量と合致するとして「保水力は不変」と反論してきた。
国交省のウソにほころびが出たのは12日の衆院予算委員会。河野太郎氏(自民)の質問に答え、馬淵澄夫国交相が八ッ場ダムで揺れる利根川の治水を検証する際に用いた飽和雨量の値を初めて公表した。それは昭和33年が31・77ミリ、34年65ミリ、57年115ミリ、平成10年125ミリ。数値が年々増え、平成10年は昭和33年の3倍の値を使っていた。利根川の治水計画は飽和雨量48ミリで求めたと国は説明してきたが、平成10年の値はその2・5倍。河川局から数値を示された馬淵国交相は、利根川治水計画の洗い直しを命じた。
同じことが全国の河川で行われてきたと証言するのは、国交省近畿地方整備局の元河川部長、宮本博司氏(57)。計画策定時の計算式が近年の洪水でも有効か検証する際、さまざまな定数など飽和雨量以外の要素はそのまま使うが、飽和雨量は実際の流量に合うよう洪水ごとに変えるのが通例だったという。
飽和雨量を変えればどんな流量でも導ける。計画策定時の飽和雨量を使うと近年の洪水の流量とかけ離れた値が出るため、飽和雨量を変えてつじつまを合わせたうえで、計算流量と実際の流量のグラフが重なることを示し、用いた定数が同じだから「数式は有効」と強弁してきたらしい。
保水力を示す値を変えて強引に合わせた検証結果を、保水力が変わっていない根拠にするというウソで、治水計画の有効性は担保されていたことになる。
宮本氏は「今の治水は、対応する洪水流量を決め、それに合わせる形になっている。説明不能なのはそのため。根拠のない洪水流量に頼らない治水計画に改める必要がある」と話す。
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■解説
◇治水政策、全面見直しを
今の治水計画は川ごとにどの程度の洪水に対応するか決める所から始まる。これを基本高水流量と呼び、流域の過去の雨量データを基に100年に1度などの確率で起きる大雨の量を求め、雨量から流量を導く数式にあてはめて算出する。それを川で流す量と、ダムや遊水地などで調節する量に割り振り、川の掘削や拡幅、ダム建設などの具体的な河川整備の計画を立てる流れになっている。
もしも基本高水が変われば、計画すべての根拠が揺らぐため、その見直しに直結する保水力の変化を国土交通省は認めるわけにいかない。保水力の指標である飽和雨量を変えてつじつまを合わせながら、保水力は不変と言い張ってきたのはそのためだ。
その虚構が暴かれた以上、計画立案の流れを含め治水政策を全面的に見直すべきだ。
まずは農林水産省と連携しながら森林管理を治水政策にくみ入れることが求められる。木の成長で戦後の一時期より保水力は高まったとは言え、人工林の管理が行き届かず、山が荒れ始めている現実もある。せっかく高まった保水力を維持、向上させる施策が早急に必要だ。それは土砂災害の防止にも直結する。
温暖化の影響などで季節外れの豪雨や狭い地域に短時間に集中して降る雨、都市化に伴う急激な増水など、確率論で説明できない洪水も増えつつある。
対応する流量をあらかじめ決め、それをもとに河川整備の計画を立てるのではなく、今後の治水はどんな洪水が来るか分からないことを前提に、それでも壊滅的な被害だけは回避することを目標とすべきだろう。
はんらん前の迅速な情報伝達と避難態勢の構築、越流してもすぐには決壊しない堤防への補強など、国交省が培ってきた技術の生かし場所もそこにある。【福岡賢正】