年末の東京新聞群馬版に八ッ場ダム問題の現状を詳しく報じる連載記事が掲載されていましたので転載します。
東京新聞群馬版より転載
◆2010年12月28日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20101228/CK2010122802000059.html
ー「八ッ場ダム」深まる混迷<上> 国交相発言に地元混乱ー
八ッ場ダム予定地を視察する馬淵国交相(前列中央)。「中止の方向に言及しない」という発言が、地元を混乱させた=11月6日、長野原町で
「今後は、『中止の方向性』に言及しない。一切の予断を持たずに(ダムの是非を)再検証する」。十一月六日に、八ッ場(やんば)ダム建設予定地を抱える長野原町を訪問した馬淵澄夫国土交通相。首長らとの意見交換の場で唐突に発した言葉が、地元を新たな混乱に陥れた。
首長らは当初、この発言をダム中止方針を「白紙」に戻す意味に受け止めた。大沢正明知事は「地元を安心させる前向きな言葉」と評価。長野原町の高山欣也町長も、過剰と思われるほどの喜びようを見せた。
だが、ダム問題打開への期待感は、政権内からの別の発言で一気に“暗転”した。
「(馬淵氏は)方針の大転換を言ったのではない」。同十四日に県内入りした民主党の岡田克也幹事長は、党のダム中止方針に変更はないと強調。津川祥吾国交政務官も、県関係の民主党国会議員に「政策転換」を否定していたことが判明し、対話ムードは一挙に冷え込んだ。地元住民は今月七日、馬淵氏からの意見交換会の要請を断ることを決めた。
地元住民らは、政権への不信感を増幅させる一方、本年度のダム事業負担金支払いを“拒否”し続ける流域六都県の知事にも疑心暗鬼を募らせた。
ダム本体工事が着工されていない現状で、都県の負担金はダム予定地の生活再建に充てられる。知事らの行動は、再建を遅らせ地元住民を苦しめる矛盾を引き起こしていた。
東京都の石原慎太郎知事の発言も、地元の切実な思いを逆なでした。「(ダムという)品物をもらわずに金を払うばかがいるか」
負担金支払いの可否が、政権との対決材料にされていると危機感を抱いた高山町長は、大沢知事に「支払い」を直訴。地元との“不協和音”を恐れた六都県知事は、結果的に負担金支払いに応じざるを得なくなった。
馬淵氏は譲歩の意味を込めて、六都県知事に対して「来年秋」としていた再検証の終了時期を可能な限り前倒しすると表明した。
だが、検証作業を担当する国交省関東地方整備局の「検討の場」は、十月と十一月に各一回、事務レベルの幹事会を開催したのみ。六都県知事らが参加する本会議は一度も開かれず、再検証の進行状況は今も明らかにされていない。
「国交相のあの発言は何だったのか。今も真意が分からない」。八ッ場ダムに関する民主党政権のあいまいで裏付けのない言葉が、地元住民を困惑させ、問題の真の解決をさらに遠ざけている。
◇ ◇
八ッ場ダムの建設中止が宣言されてから一年以上。国は治水や生活再建の代替案を提示できないまま、解決を先延ばしにした状態だ。今年も残りわずかとなった中、混迷が深まるダム問題の現状を問い直した。 (この企画は中根政人、山岸隆が担当します)
■ 八ッ場ダム問題・政権交代後の動き ■
2009 9・17 前原誠司国交相が建設中止を宣言
9・23 前原氏がダム予定地を視察し、大沢知事らと懇談。地元住民は意見交換を拒否
10・27 6都県知事との会談で、前原氏が「ダムの必要性を再検証する」と発言
10 1・24 長野原町で、前原氏と地元住民が初の意見交換会を開催。議論は平行線に
3・18 建設の是非が問題化していた「湖面1号橋」について、前原氏が建設継続を表明
7・27 6都県知事が、10年度のダム事業負担金について支払い留保を国に通告
9・17 菅改造内閣が発足。馬淵澄夫新国交相は「ダム中止の方向を持ちながら予断なく検証する」と強調
10・1 ダム再検証のための「検討の場」が正式発足。第1回幹事会を開催
11・6 馬淵氏がダム予定地を視察。「今後、中止の方向には言及しない」と発言し、「建設中止」の前提を事実上撤回
12・2 6都県が留保していた10年度のダム事業負担金の支払いを表明
12・7 馬淵氏による意見交換会の開催要望を地元側が拒否
◆2010年12月29日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20101229/CK2010122902000081.html
ー「八ッ場ダム」深まる混迷<中>地域再生の不安 住民議論 ゴール見えずー
「中ぶらりんの状態がこのまま続けば、議論が徒労に終わってしまう」。八ッ場ダム建設に伴う水没対象地区となっている長野原町の川原湯温泉で、十一月三十日に開かれた会合。出席した住民約二十人からは、ダム事業の是非が決まらない現状に不安と不満の声が相次いだ。
「川原湯地区地域振興施設検討ワークショップ」と名付けられた会合は、代替地への移転を想定した温泉街の新たな中核施設の内容を議論するのが目的だ。今月十六日に開かれた二回目の会合では地域再生に期待を込めて提案が飛び交った。
農産物の直売所、二人乗り自転車のサイクルセンター、陶芸やそば打ちの体験施設…。ダム計画で疲弊した温泉街を再興しようと、出席者はさまざまな“夢”を披露した。さらに、ダム湖観光に活路を見いだそうと、湖を動ける水陸両用バスの導入や、湖面1、2号橋のライトアップを求める意見も出た。
川原湯温泉の中核施設をめぐる議論は混迷が続いてきた。ダム流域都県が支出する「利根川・荒川水源地域対策基金」が財源となる施設整備事業には、健康増進をコンセプトとした“ダイエットバレー構想”が盛り込まれ、同温泉には、構想の核となる「エクササイズセンター」の建設が計画された。
だが、“山あいのフィットネスクラブ”の現実味は乏しく、計画は事実上頓挫。温泉街の関係者は、代替の中核施設の再検討を余儀なくされた。
ダム予定地の生活再建問題では、移転代替地の整備や付け替え国道、県道の建設などの公共事業が話題の中心となりがちだ。本質となるはずの街づくりの問題は、民主党政権の理解と関心が一向に深まらず、前提条件が「ダムあり」なのか「ダムなし」なのか、ゴールの見えないままの議論が現場で続いている。「観光の議論も大事だが、地元の定住人口を増やす努力の方が重要」と、前出のワークショップでは住民から指摘が飛んだ。過疎化は待ったなしで進んでいる。
ダム中止を想定した生活再建案を検討する「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」で会長を務める民主党の川内博史衆院議員は「生活再建という抽象的な言葉では不十分」と強調。「政府には、ダム予定地の地域振興にしっかり取り組むという明確な意思表示が必要」と与党内から現政権の対応を批判する。
将来への展望が見えず、“たなざらし”の状況に置かれた水没対象地区。川原湯地区の住民の一人は、こうつぶやいた。「努力をいくら積み重ねても、結局は『砂上の楼閣』ではないか」
◆2010年12月30日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20101230/CK2010123002000066.html
ー「八ッ場ダム」深まる混迷<下> 困難な問題決着 「中止」「継続」とも前途多難ー
ダム建設で一致する流域都県の知事ら。国が中止を決めた場合は訴訟も辞さない構えだ=10月25日、長野原町で
「もし国が一方的に建設中止を決めれば、裁判に打って出るのは仕方ない」
七日の県議会一般質問。大沢正明知事は、再検証で八ッ場(やんば)ダムの必要性が否定された場合の対応について“徹底抗戦”を強調した。
馬淵澄夫国土交通相が「来年秋」に目標を設定し「できる限り早期に終了させる」とした通りに検証作業が終われば、二〇一一年は、計画提示から半世紀以上にわたるダム事業の成否が決まる歴史的な節目となる。
だが、ダムの「中止」「継続」のどちらの結論を出しても、その後に起こる問題への対処は容易でない。
民主党が昨年の衆院選で掲げた公約通りに国がダム中止を決定しても、ダム事業自体を廃止できるめどは今も一切立たないままだ。
ダムを法的に中止するには、事業計画に相当する「基本計画」廃止などの手続きが必要となる。特定多目的ダム法は、基本計画の廃止や変更には「関係知事の意見を聞くことが必要」と定めている。
知事の「同意」の必要性は明記されていないが、前原誠司前国交相は「関係都県の理解を得るまで、法的な中止手続きはしない」と発言。馬淵氏がこの方針を踏襲した場合、ダム建設を求める流域六都県の同意を得るのは、現状では不可能だ。
六都県知事は「ダム建設が中止になれば、事業負担金の支払いの根拠がなくなる」とも主張。大沢知事の言葉が示すように、本年度は六都県で約八十八億円に上る負担金の返還などを求める訴訟を起こす可能性を示唆しており、負担金問題に対する国の見解を示すことも不可欠となる。
一方、国がこれまでの政策を百八十度転換し、ダム建設を決めた場合にも課題は山積だ。本来、昨年九月に入札予定だった本体工事は一年以上凍結されたまま。過去に完成時期が二度も延期されてきた経緯を考えると、早期完成を求める地元や六都県の思いとは裏腹に、計画で定めた一五年度の完成は極めて困難な情勢だ。
さらに、ダム湖に水をためた場合の周辺の土地の安全性も不透明だ。国交省は水没対象地区の住民の移転代替地の耐震性などを調査したが、あくまで「貯水なし」の状態が前提だ。県は地元住民の不安に配慮して、同省に貯水時の水圧などの影響も考慮に入れた再調査を求めている。
再検証の行方ばかりに注目が集まる八ッ場ダム問題。だが、ダム事業見直しを求める市民団体「八ッ場あしたの会」の渡辺洋子事務局長は「建設の是非を決めただけでは、ダム問題は決着しない」と訴え、こう警告する。「着地点の見えない地元の生活再建も含めて、国が問題解決の困難さを正確に認識しない限り、現在の混迷から抜け出すことは絶対にできない」