八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダム建設根拠また疑問(東京新聞特報部)

2011年10月19日 

 さる10月3日に東京新聞の特報部記事で八ッ場ダム問題が取り上げられました。八ッ場あしたの会などが主催したシンポジウムのことも取り上げられていますので、以下に記事を転載します。

◆2011年10月3日 東京新聞「こちら特報部」

 -八ッ場ダム 判断時期迫る 利根川の最大流量 建設根拠また疑問 
 ちらつく「過大」志向 国交省、計算の定数値操作 拓殖大の准教授試算 国より20%以上減ー

 八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)本体工事着工の是非を判断する時期が迫っている。国の検証作業が進む中、在野から建設根拠である利根川の基本高水(洪水時に流れる最大水量)の信頼性に疑問を投げかける計算結果が出された。拓殖大の関良基准教授(森林政策)が国土交通省の新モデル(計算式)などに沿って算出したが、結果は国が主張する基本高水より20%以上、小さい値となった。 (篠ケ瀬祐司)

 国土交通省は1980年の利根川工事実施基本計画で、47年のカスリーン台風並みの雨(3日間で319ミリ)が降ると、利根川の治水基準点の八斗(やった)島(同県伊勢崎市)には、最大毎秒22000立方メートルの水が流れるとしてきた。これが基本高水と呼ばれる値だ。

 ところが、この値が過大ではないかという指摘が相次いだ。このため、同省は3月に新計算式を公表。しかし、これを基に再計算した「新基本高水」も従来値に近い21000立方メートルとなった。

 結局、同省の依頼で検証を行った日本学術会議「河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会」もこの値を追認した。

 これに対し、八ッ場ダム建設差し止め訴訟の原告側弁護団の依頼で、関准教授が計算した基本高水は毎秒16663立方メートルと、20%以上下回る数字になった。

 この数字のかけ離れ具合はダム建設の必要を左右する。なぜ、これだけの差が出たのか。

 関准教授も同じ国交省の新計算式にのっとった。差は計算で使う「流出率」が異なったためという。流出率は雨が川に流れ出す割合。降雨量を「1」とし、流出分を「1~0・1」で表す。

 同省は降り始めから一定量の雨では「一次流出率」を0・4~0・6とし、それを超えてからの「最終流出率」を一部流域を除き1とした。

 はじめは雨の半分程度が川に流れ、土壌が雨を吸収する限界以上の雨が降る(飽和雨量に達する)と、すべて川に流れるとの考え方だ。

◆「最終流出率」採用値で差

 関准教授は一次流出率は同じだが、最終流出率を0・7として計算した。これは同分科会での議論で登場した数字だ。

 メンバーの谷誠・京都大大学院教授(森林水文学)らの論文で、上流域で最も大きな面積を占める第三紀層(約7千万年前~100万年前にできた層)などでは「流出率0・7程度が妥当」とした見方を採用した。

 同論文は総降雨量が200ミリを超える洪水のデータが少ないことや、降雨量が増えると流出率が大きくなる点などを挙げて、最終的には「流出率を1にするのが適切」と事実上、国交省の考え方を支持している。

 だが、論文に添付されたグラフを見る限り、200ミリ以上の雨でも流出率は1を超えていないため、原告側弁護団は関准教授に最終流出率0・7での計算を依頼した。

 弁護団の高橋利明弁護士は「国交省が最終流出率を1にしたのは、基本高水を過大に計算したかったためではないか」といぶかっている。

 弁護団は先月30日、関准教授の計算結果を盛り込んだ準備書面を東京高裁に提出した。

 関准教授は原告団の依頼と別に、国交省が基本高水の計算で使った「貯留関数法」の定数にも問題があると説明する。

 やや専門的な話だが、この関数法では、雨量や土壌の状態に応じて変化する流出率や飽和雨量のほか、「k」「p」など計算上の流出量を調整する定数も使う。

 「こちら特報部」は昨年1月から、国交省が用いた飽和雨量48ミリは普通の森林土壌の飽和雨量100~150ミリと比べて過小で、基本高水が過大計算された可能性があると指摘してきた。

 同年10月、馬淵澄夫国交相(当時)は衆院予算委員会で、河野太郎議員(自民)の質問に対して近年の飽和雨量は100ミリ以上だと答弁。問題点を認め、国交省に基本高水再計算を指示した。

 同省は飽和雨量を引き上げても基本高水は毎秒21100立方メートルだとしたが、計算に使われた定数をチェックすると、飽和雨量は48ミリから130~200ミリ(一部流域は無限大)に引き上げる一方で、kの全流域平均値は旧計算式の半分ほどだった。kが小さいほど流出量は大きくなる。

 そこで関准教授は飽和雨量を新計算式のように引き上げた上で、k、pを従来の値に戻して計算したところ、基本高水は毎秒16142立方メートルにまで下がった。

 関准教授は「国交省は森林保水力を示す飽和雨量を修正しつつ、他の定数まで変え、全体として基本高水を元の過大値にとどまるよう操作した。これが許されるなら、どのような数字も同省の思いのままにできる」と同省の手法を批判する。

 国交省の関東地方整備局は、kを引き下げた理由について「時間がないので答えられない」(担当者)としている。

 基本高水をめぐっては別の疑問も残る。

 新たな基本高水は毎秒21100立方メートルなのに対し、カスリーン台風時に八斗島に流れたと推定されるのは毎秒17000立方メートル。なぜ4100立方メートルもの差が生じるかの明確な説明がないのだ。

 国交省は学術会議分科会に対し、カスリーン台風当時に上流で大規模氾濫があったとの資料を出した。大規模氾濫で約4000立方メートルの差を説明する意図がうかがえるが、同会議は「確かなデータがない中で、氾濫の議論は不可能」(9月28日の学術会議資料)と否定した。

 同会議は雨水が一時的に川幅内にとどまった可能性を挙げているが、これも「可能性のみの指摘」(同)で、理由は特定できていない。

◆批判の声ほかにも 水需要見込み 代替地の安全性

 基本高水以外でも、八ッ場ダム建設をめぐる疑問の声は在野の研究者らの間で高まっている。

 市民団体「八ッ場あしたの会」などは先月23日、前橋市で集会を開いた。この席上、市民団体「水源開発問題全国連絡会」の嶋津暉之共同代表は「首都圏の水道利用量は減少傾向なのに、国交省の検証では、将来の増加を前提にして、ダム建設の是非を議論している」と批判した。

◆最大30メートルの超高盛り土

 水没予定地住民が移転する代替地の安全性については、元東京都土木研究所主任研究員の中山俊雄氏(応用地質)が「最大30メートルも盛り土をしている。民間の造成地では例がない『超高盛り土』だ」と指摘、安全面への疑問を投げかけた。

 京都大防災研究所の元研究員で、地域環境研究所代表の中川鮮(あきら)氏(砂防工学)も、ダムが完成して水が張られた際に、火山性地盤の現場周辺では地滑りが起こりやすくなるという危険性に言及している。疑問は依然、山積している。

<デスクメモ>原稿をめくりつつ、不謹慎にも鼻歌。『何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬことばかり…』。沖縄や原発に先がけて八ッ場ダムもあった。政権交代といううたかたの夢を思う。ふと、暴力団排除条例が脳裏をよぎる。この歌も、もうテレビやラジオじゃNGだろう。ぼやきもままならぬ今の世の中。(牧)