2011年12月20日
八ッ場ダム計画は構想の発表から間もなく60年になろうとしています。
2009年の総選挙で民主党が政権公約(マニフェスト)に「八ッ場ダム中止」を掲げたのは、大型公共事業が利権温存のためにダラダラと続くことへの一般国民の批判を受けてのことでした。
2010年秋から一年かけて実施された検証作業では、「なぜ八ッ場ダム事業がこれほど長期間かかっているのか」、「なぜ事業費が膨れ上がっているのか」という重要な問題には一切メスが入りませんでした。検証作業を行ったのが、八ッ場ダム事業を推進してきた国交省関東地方整備局であり、自らの過ちを省みる自浄能力がこの組織にはなかったからです。
しかし、この検証によって公表された資料から、八ッ場ダム事業が抱える矛盾がある程度明らかになりました。マニフェストに八ッ場ダム中止を掲げた民主党政権は、こうした問題について、国民に説明する責任があります。利権構造を温存したい官僚体制が本来の検証作業を怠ったことについて、前田国交大臣は何ら問題意識を持っていないようです。民主党政権が国交大臣の判断にすべてを委ねるのであれば、国民はこの政権を見捨てるでしょう。
(1)八ッ場ダムの事業費増額
八ッ場ダム建設再開の場合、まず懸念されるのは、事業費のさらなる増額です。国交省が公表している資料は膨大であり、その中で重要な問題についての資料は特にわかりにくいようにされています。
事業費の増額は、以下の資料の2ページ目から読み取ることができます。
↓
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000050264.pdf
国土交通省関東地方整備局HPより「八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討報告書」-第4章4.1 総事業費、工期、堆砂、Data点検
国土国通省によるダム検証の点検で明らかになっていることを整理すると、次のようになります。
? 事業費減額分 契約実績や物価変動等による減額 -21.7億円
? 事業費増額分 工事中断と工期遅延(3年)に伴う増額 55.3億円
? 追加的な地すべり対策の必要性の点検による増額 109.7億円
? 代替地の安全対策の必要性の点検による増額 39.5億円
これらを合計すると、約183億円の増額となります。
今後のコスト縮減で対応すべきという意見もありますが、コスト縮減による減額は小さく、少なくとも上記程度の増額は避けられません。
さらに、事業費の枠外になっている代替地の整備費用があります。2009年度までの支出額は約95億円です。一般にダムの代替地の整備費用は分譲収益で賄うものですが、八ッ場ダムの代替地は山を切り開き、谷を埋め立てて造成しており、整備費用が著しく嵩み、分譲収益では到底足りず、整備費の大半をダム事業費で負担せざるを得ません。代替地はまだ造成中ですので、整備費用は今後増額され、分譲収益で対応できない100億円程度が事業費に上乗せされることは必至です。なお、分譲収益はせいぜい20億円(134世帯×100坪×15万円/坪≒20億円)です。
この他に、更なる地すべり対策などで、ダム事業費が大きく膨らむことも予想されます。
これに対して、関係都県は「検討の場」幹事会で事業費の増額による負担増を拒否することを明言しています。関係都県、利水予定者が負担増を拒否した場合は、八ッ場ダム事業はどうなるのでしょうか。その増額分を国費で持つことは特定多目的ダム法では許されないことですから、関東地方整備局は負担増について関係都県等から同意を取り付けないと、ダム事業を再開することが困難となります。
(2)八ッ場ダムの工期延長
工期の延長についても、以下の国交省の報告書の6ページに示されています。↓
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000050264.pdf
国土交通省関東地方整備局HPより「八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討報告書」-第4章4.1 総事業費、工期、堆砂、Data点検
工期の延長はダム予定地にとっては、事業費増額以上に大きな問題です。ダム事業に振り回される生活が延々と続く上、町にとってはダムが完成しないと交付金がおりず、交付金を見込んだ町財政の運営に支障をきたすからです。「八ッ場ダム中止」が政治課題になった2009年秋以降、地元では、「ダムが完成しなければ、長野原町は第二の夕張になってしまう」という言葉が繰り返され、八ッ場ダム推進署名が町ぐるみで実施されました。
「治水」、「利水」のために八ッ場ダムの負担金を払い続けている関係都県は、本当にダムが「治水」、「利水」上、必要であるなら、何十年も待たされては困るはずですが、実際には「治水」に八ッ場ダムは役に立たず、「利水」上、ダムが必要な時代は終わっていますから、工期の延長は事業費の増額ほど大きな問題としては扱われません。
ダム検証で明らかにされた工期は事業再開後87カ月です。仮に来年度から再開したとしても、完成時期は2019年6月です。
工期短縮に努めたとしても、現計画の2016年3月まで短縮することは到底できるはずがなく、実際に今年2月4日の衆議院予算委員会で、当時の大畠章宏国交大臣は再開した場合の完成時期は3年遅れになると答弁しています。
八ッ場ダム予定地は地質の脆弱なところであるために、今まで工事事故が続出しており、無理な工期短縮は取り返しがつかない事故を起こしかねませんから、工期短縮はそれほどできるものではありません。
工期延長の大きな要因は付替え鉄道の工事の遅れにあります。付替え鉄道は現計画では今年3月末完成の予定でしたが、いまだに川原湯温泉の新駅付近の用地買収の目処が立っていないとされており、大幅に遅れています。現在のJR吾妻線は、ダム本体の建設予定地を走っており、付替え鉄道が完成して現鉄道を廃止しないと、ダム本体の本格的な工事にかかれませんので、ダム事業を再開しても、ダムがいつ完成するか、分からない状況にあります。
(3)事業費増額と工期延長を認めない関係都県の自己矛盾
関係6都県は工期延長と事業費増額に対して拒絶反応を示し、現在の八ッ場ダムの基本計画の遵守を求めています。
しかし、八ッ場ダム事業を再開すれば、工期延長と事業費増額は避けられず、そのためには工期と事業費を明記する基本計画の変更を行わなければなりません。基本計画の変更を関係都県が頑なに拒否している状況では、事業を再開しても八ッ場ダム事業の先行きは混沌としたものにならざるをえません。
財務省が八ッ場ダム事業再開のために予算をつけるのであれば、こうした問題を放置することは許されることではありません。