八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

「八ッ場ダム事業継続」を表明した前田大臣会見

2012年1月4日

 昨年12月22日、前田国土交通大臣は「八ッ場ダム事業の継続」(ダム本体工事への予算計上。報道では「八ッ場ダム事業再開」とも)を表明しました。 
 その後、12月26日に野田首相が民主党の総会において、「藤村官房長官が八ッ場ダム本体工事予算計上の条件を完了しない限り、予算は執行しない」考えを明らかにしており、来年度の本体工事予算計上はいまだ不透明な状況です。官房長官が八ッ場ダム本体工事予算計上の二条件を提示した文書(官房長官裁定案)はこちらです。↓   
 https://yamba-net.org/wp/doc/201112/1222_saitei.pdf  

 国土交通省のホームページには、前田大臣が「八ッ場ダム事業の継続」を表明した昨年12月22日の会見要旨が掲載されています。
 http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin111222.html

 予算の執行について、前田大臣は次のように語っています。
 「予算を決めるのは国会です。
 来年の通常国会、予算国会が始まったときに、どうゆう御判断になるのか。
 しかし、あくまでも決まった予算を執行するのは政府の役割であって、その担務の大臣が国交大臣だということであります。」

 会見で前田大臣が「八ッ場ダム事業の継続」の理由として強調していたのは、利根川治水の重要性です。 
 利根川治水の重要性については、おおかたの国民に異論はないと思いますが、ここで問題となるのは利根川治水において本当に八ッ場ダムが必要か、ということです。この点についての前田大臣の説明は、国交省が検証を行い、関係都県の意見を聞き、有識者会議が検証結果を認めたというものです。 
 八ッ場ダム事業に反対している研究者や市民は、八ッ場ダム事業を推進してきた国交省と関係都県による検証に科学性・客観性がなく、有識者会議も御用委員会として行政にお墨付きを与えただけだと批判しているのですが、前田大臣はこれらの疑問には答えていません。延々と一般論を述べて煙に巻こうとしているようです。  

 八ッ場ダムについては、当会を含め、地すべりなどの「災害誘発の危険性」を指摘する声が多方面からあがっています。これに関する前田大臣の発言は、「浅間山噴火の際、八ッ場ダムは安全装置として働く」というものです。
 「浅間山噴火の際、八ッ場ダムは砂防ダムとしての役割を果たす」という見解は、これまでも国交省が広報紙などで地元周辺地域でPRしてきたことです。 
 八ッ場ダム予定地の上流に位置する浅間山はわが国有数の活火山であり、数百年に一度発生してきた過去の大噴火の際には、ダム予定地を大量の泥流が流れ下っています。国土交通省は江戸時代、天明年間の大噴火の際に流れ下った土砂の推定量の中で最低の数値を示し、八ッ場ダムの容量の範囲内であるから、八ッ場ダムが泥流を食い止めることができる、としています。 
 しかし、過去の大噴火では、八ッ場ダムの容量を超える泥流が流れ下ったこともあります。また、ダムには通常は水が溜まっていますが、噴火に先んじて一気に放流できるのか、という問題もあります。さらに、ダムは完成すると上流から流れ込む土砂が堆積し、堆砂によって容量は次第に減っていきます。
 「浅間山噴火の際、八ッ場ダムは砂防ダムとしての役割を果たす」という見解は、ダムが空であったり、流れ込む土砂量がダムの容量以下であることを前提としており、国交省の宿利正史事務次官をトップとした「タスクフォース」による検証を踏まえた見解です。 
 タスクフォースは前田大臣によって、東日本大震災を踏まえるとの鳴り物入りで設置されたのですが、12月7日に国交省の有識者会議で配布されたタスクフォースの資料は、ダム推進に都合の良い条件のみによって結論を導き出したものです。↓
 http://p.tl/2N3U
 「3.11震災を踏まえた今後の治水システムに関連する知見・情報の整理」

 タスクフォースが「ご意見をいただいた専門家」は、上記資料によれば以下の通りです。
 
 防災・危機管理 
 河田惠昭(関西大学教授)、志方俊之(帝京大学法学部教授)、畑村洋太郎(東京大学名誉教授)
 
 地震 
 阿部勝征(東京大学名誉教授)、入倉孝次郎(京都大学名誉教授)
 
 火山 
 荒牧重雄(東京大学名誉教授)、藤井敏嗣(東京大学名誉教授)
 
 地すべり 
 丸井 英明(新潟大学教授)

 
 前田大臣の会見要旨では、「治水」や「災害の危険性」以外にも矛盾点が少なくありません。ダム予定地の人々について前田大臣は、これまで長年犠牲になってきた地元の方々に申し訳ない、と語り、「生活再建については万全の対応が必要」としています。
 これまでも国交省は「生活再建について万全の対策をとる」と言ってきましたが、国交省による「万全の対策」はダム事業における生活再建関連事業を進めることでしかありません。生活再建関連事業を進めてきた結果、ダム予定地周辺では人口が減少し、地域が衰退してきました。
 また、前田国交大臣は会見で、川辺川ダム等をモデルとした生活再建に関する法案を通常国会に提出するとしています。八ッ場ダムは継続が決まったので、「ダム中止」を前提とした生活再建支援法の対象外ということです。八ッ場ダムの予定地には、ダム中止を願う人々もいます。「生活」が補償されるのであれば、ダム事業はどうでもいい、という住民はもっと多いでしょう。けれども、そうした地元の人々の願いは、国交省には届きません。地元住民のため、と言いながら、国交省の手法はダム予定地の人々に対してあくまでも冷酷です。 

 前田大臣は12月22日の会見に先立ち、12月16日、20日にも会見を行っています。12月16日の会見では、奈良県の大滝ダムが水害を防いだ、という奇妙な論理を展開して墓穴を掘っています。
 奈良県の大滝ダムは、ダム本体工事が1988年に始まり、2002年8月に完成した関西地方最大の国直轄のダムです。ダム完成後、貯水を始めたところ、ダム湖周辺で地すべりが発生し、地滑り対策と称して当初予定よりはるかに巨額の事業費を費やしたものの、いまだに運用には至っていません。地滑り地に住んでいた住民らは、移転を余儀なくされ、仮設住宅で命を縮めた住民もいました。
 昨夏の紀伊半島の水害では、この大滝ダムが下流の水害を防いだと前田大臣は語っているのですが、大滝ダムのダム事業としての失敗も、紀伊半島における治水対策の失敗も棚上げにしているところは、国交省らしい論理展開と言わざるをえません。

 前田大臣は12月16日の会見でも、22日の会見でも、「命が大事」であると強調しています。本当に「命が大事」であると国交省が考えたのなら、60年かかっても本体工事に着手できないダム事業に税金を投入し続けるわけがありません。八ッ場ダムは、「命を守る」ための「治水事業」が本来の目的であるからです。
 長年のダム事業によって、多くの地元住民が犠牲となり、命を縮めた人も少なくありませんでした。無辜の民を踏みにじり、自己保身に徹する国交省は、耳障りの良い「命」という言葉をしばしば使います。

 前田大臣の会見要旨が掲載されている国交省サイトのURLは以下の通りです。

■2011年12月22日 http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin111222.html

■2011年12月20日 http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin111220.html

■2011年12月16日 http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin111216.html